十一話 童貞の考えるデートプラン

 それより手付金のデートだ。

 俺は極上の女に童貞を捧げたいと思っている。それが人生の大目標だ。

 では恋人同士の甘い生活に興味がないかというと……ウソになる。

 せっかく極上の女とデートができるチャンスなのだ。たっぷりと堪能したかった。

 華子が机の上に両腕を置いて身を乗り出してくる。襟元からキャミらしきものが見えた。ブラは見えない。


「ちょうど明日は休みよ。デートのプラン、なにか考えてる?」


 意外だ。ちゃんと手付金を支払う気でいるらしい。

 相当ゴネると思ったんだけど。


「ちゃんと考えてるよ」


 昨日の夜、ベッドの上で知恵を絞っていた。


「へぇ、聞かせなさいよ」


 そういう華子は目が輝いているように見える。気のせい?


「クルーザーでディナー」


 途端に華子の視線がキツくなる。


「それは却下」

「え、なんで?」

「童貞のくせに背伸びしてお高いディナー? そんなの痛々しい結果しか生まないわよ。恥をかくのは私なんだから」


 そう言われると、ぐぅの音も出ない。

 いやいや、まだプランはある。


「山にある展望台から夜景を眺める」

「山ねぇ。そこまではどうやって行くの?」

「ロープウェイ。だからそんなに歩かなくていいよ」

「それでも歩くのね。ちんたら歩いてぼんやり突っ立つわけか……」

「え、なにその言い方?」

「虫に刺されそうね」

「虫除けのスプレーしていったらそれほど刺されないんじゃないかな?」

「それほど? あなた、この私が虫に刺されるなんて、あってはならないことだって分かってる?」

「え? え?」

「私はこの玉のお肌を維持するのに膨大な手間をかけてるの。虫刺されの跡なんてできたら今までの苦労は水の泡。あなた、そうなった時にどう賠償してくれるの?」

「賠償? 賠償なの?」

「当然よ。お金ごときには換算できないからね? 一生奴隷でも償えるかどうか」

「……山はやめておこうか」

「そうしてちょうだい」

「あれ~?」


 完璧なプランがふたつも潰れた。

 うなだれる俺。


「しょせん、童貞か」


 吐き捨てるように言う華子。


「いやいや、まだある。有名な画家の展覧会を美術館でしてるんだよ。そこは海辺にあるから夕日がきれいらしいよ?」

「へぇ、有名な画家って誰?」

「え? ええっとねぇ……」


 昨日スマホで調べておいたけど名前忘れた。慌てて検索する俺。


「いいわよいいわよ、どうせ私、絵なんて興味ないもの」

「……そうなんだ?」

「あなたは詳しいの? その、名前を覚えてすらいない画家のこと。言葉巧みに解説して、興味のない私でも楽しませてくれる?」

「……無理です」

「ダメじゃない」


 華子がため息をついてから言う。


「ていうか、とっくに気付いてるんだけど、あなたのプランは全部夜までかかるデートよね?」

「あ、うん……まぁね」

「下心、ありありよね?」

「え、ああ、うん」

「今度のデートでは、セックスなんてぜっっっったいに! しないわよ?」

「え? いや……でも、ムードが盛り上がったらさ……」

「はっ!」


 華子が蔑みの視線を向けてくる。

 ゾクゾクするけど、股間の息子はしおしおと萎んでいった。

 華子が続けて言う。


「童貞の分際で、この私をその気にさせたりできるつもりでいるの?」

「いや、そんなの分からないでしょ? 俺だって頑張れば……」

「絶対に不可能。もっと健全なデートにしなさいよ。遊園地とか」

「遊園地? そんな子供じゃあるまいし」

「あなたのエスコート能力はどうせ小学生以下でしょ?」

「うう……」

「遊園地デート。夕食前に解散。きーまりっ」


 イスに背を投げ出した華子が、ぱんっと手を叩いた。俺の計画が……先払いで童貞を捧げるという計画が……。




 とはいえデートはデートだ。夜になると俺は盛り上がってきた。

 華子はああ言っていたが、実際にデートとなるとどうなるか分からない。

 まず隣町のコンビニまで行ってコンドームをゲット。

 次に着ていく服だ。前に兄貴が買ってくれたとっておきのにするべきだな。

 ……というか、デートに着ていけそうなのはこれしかなかった。

 後は、清潔感を出すために入念に身体を洗う。大事な箇所は特に入念に洗っておく。

 おふぅ! いやいや、今晩は我慢だ……。

 次に眉毛。兄貴が持ってるツール一式を勝手に借りる。

 ん? 使い方? ……ググろう。

 では丁寧に整えてっと。……やりすぎた? 

 まぁ……大丈夫だろう。

 ムダ毛の処理はどうする?

 すね毛を剃るか剃らないか? ネットで調べたかぎり意見は対立していた。

 でも、相手はあの小うるさい華子なのだ。剃っておいた方がいいかもしれない。

 ツルツルに仕上げておく。

 ……ズボンを脱ぐシチュエーションにならないと、無駄な努力で終わるんだけど。

 ベッドの上に寝転がっても全然落ち着かない。意味もなく腹筋をする俺。

 と、スマホから着信音が。

 お? 華子からメッセージだ。


『私に着てほしい服を言いなさい?』


 俺はすかさず返す。


『ハイレグのボンテージ』


 すぐに返事。


『シネ』


 ええ? そもそも質問の意図が分からないんだけど。

 とにかく怒らせてしまった? デートはおじゃん?

 悶々とする俺。

 二時間くらいしてまたメッセージ。


『この中から選びなさい?』


 動画が送られてきた。

 モノトーンのシックな部屋の中。

 自転車が壁に立てかけられてある。

 水色をした膝下のワンピースを着た華子が写っていた。

 無表情でこっちを見ている。

 その場でちょこちょこ足を動かして時計回りに一回転。

 それでおしまい。

 意図が分からない。

 また動画。

 華子の服が変わっている。

 赤いチェック柄のシャツを腕まくりにして、オーバーオールを穿いていた。

 白いニット帽を被って。

 右足を軸にくるり一回転。

 さらにもう一回転。

 くらりとよろめいて照れ笑い。

 それでおしまい。

 またまた動画。

 今度は白い短パンに白いゆったりめの半袖のカットソー。

 麦わら帽子をかぶって焦げ茶の小さなリュックを背負っている。

 画面の端から端へと行進するみたいに両手を振って歩く。

 一回りした後、こっちを向く。

 その左手には、動画の最初からカエルのパペットが突っ込んであった。

 ドヤ顔でカエルの口をパクパクさせる。

 華子とカエル、口パクで激しく言い争いをしながら終了。 

 さらに動画。

 激しいロックが耳に飛び込んできた。

 華子はカーキ色をしたフライトジャケットを着ている。

 それに何ヶ所か破れのあるタイトなジーンズ。

 ノリノリでエアギターを弾いている。

 口パクで熱唱して。

 そのまま一回転。

 こっちをずばっと指差して終わり。

 さらにさらに動画。

 女性ヴォーカルが色っぽい、外国語の歌が聞こえてくる。

 華子は光沢のある黒いタイトなミニスカートを穿いていた。

 上は黒いチューブトップ。ヘソ出しだ。

 真っ白い肌とのコントラストが眩しい。

 こっちに向かって腰をくねらせながら歩く。

 視線はいつも以上に扇情的だ。

 画面いっぱいに顔が写ったところで熱く艶めかしい投げキッス。

 お尻を見せつけるように振りながら戻っていく。

 元の位置で立ち止まると上半身をひねって顔をこちらに向ける。

 爪先から頭のてっぺんまでの曲線を見せつけて終わり。

 ……この中から選ぶ?

 やっぱり最後だよな。

 いやいや、一番目の清楚なワンピースも。

 オーバーオールは色気がないし……

 というところで、またメッセージ。


『今のなし! 全部消しなさい!』 


 俺は即答する。


『イヤ』


 すぐに着信。


『消しなさい!』

『イヤ』

『消せ!』

『イヤ』

『消せ! 消せ! 消せ!』

『イヤ』

『消しなさいってば!』

『イヤ』

『消してください! お願いします!』

『イヤ』

『……じゃあ、他の誰にも見せちゃダメよ?』

『(OKというスタンプ)』


 それで華子からのメッセージは途絶えた。

 俺は送られてきた動画をもう一度見直す。

 どの華子もかわいかった。

 ただ見た目がきれいというだけではない。ひとつひとつの仕草をかわいらしく思う。

 わざわざこんな動画を作ってるところを想像すると笑えてくるし。

 最初はキツい性格の美人という印象しかなかった。

 でも数日過ごすうち、別の面も見えてきた。

 押しに弱い。

 友達には甘え倒す。

 意外にもよく隙を見せる。

 そして、笑うとすごくかわいい。

 無防備な笑顔を俺に向けてくれたことはまだなかった。いつか俺にも見せてくれないかな。

 なんだか胸の中がおかしなかんじだ。よく分からないが心地いい。

 繰り返し繰り返し見ているうちに、俺は寝落ちした。

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