第49話




所変わってディーネ達がやって来たのは近くにあった村、ヤクハ村。村唯一の憩いの場所と言ってもいい、中心部の酒場である。


が、いくら中心部と言えども田舎は田舎。太陽が中天に登る現在の時刻では、流石に数える程しか客はいない。多くの村人は畑を耕すなど、様々な仕事に出ている為当然と言えば当然だ。


では、こんな時間からいる客は果たして一体何をしているのか。


(……考える必要もないな)


即座にしようもない考えに至ってしまったディーネは、それを打ち消す為に首を振る。


因みに一応説明すると、要するに彼らは昼間から呑んだくれている暇人ということである。どこの世界でもそう言った人間は存在するのだ。


一同は店員に案内されるまま席へと座り、各々の注文を済ませる。一段落ついたところで水を一口含み、フィリスは口火を切る。


「……それで、何の為に私達を呼んだ? さっさと用件を話せ」


「その言い方ではまるで私に裏があるみたいでは無いですか……そんな意図はこれっぽっちも」


「惚けるな。貴様は博愛主義だが、用も無い人間を態々呼びつけるような非効率なことはしない筈だ。先程の魔獣討伐の件と合わせて、洗いざらい吐いてもらうぞ」


「……ふう、アメリアさんに隠し事は出来ないみたいですわね。分かりました。本当なら食事が終わってから改めて切り出そうと思ったのですが、こうなれば仕方ありません」


溜息をつき、降参の意を表すドローレン。彼女は魔力で亜空間を開放し、その中からある物を取り出してディーネ達が見やすいように机の中央へと置く。


白銀のチェーンに、シンプルな装飾の台座。そこにぴったりと嵌っているのは、怪しく輝く闇色の宝石。見ていると引き込まれそうになるような魅力を放つそれを、ディーネ達は一度見たことがあった。


「それは……!?」


「心当たりがお有りの様ですね。一応説明をしますと、これは先日に討伐した魔獣から確保した物です。余りに異常な変種の魔獣だった為、何かしら関係があるかと思って確保しました」


驚きの声を上げる水樹達。ドローレンは手に入れた経緯を説明すると、周囲の目を気にするように再びそのネックレスを亜空間へと収納する。宝石にはディーネ達が見た物と同様魅了の魔力が込められており、あまり長時間衆目に晒すのは得策ではない為だ。


「魔獣狩りを専門にしているアメリアさんならば何か知っているのではないかと思ったのですが……どうやら意外な所に情報は転がっていたみたいですわね」


「ああ、残念ながらそいつは私も見たことがない。まあその点で言えば、このタイミングで私達を引き留めたのは正解だったという事だろう」


ドローレンは真剣な表情をすると、水樹へと顔を向ける。


「ミズキさん。貴方達が見たというネックレスの事をお聞かせ願えますか?」


「ええ、あれは少し前の話なんですけど……」


そして、ネックレスを見かけた時の状況を、骸や奏の助けも借りながら事細かに伝える水樹。その話を腕組みしつつ、時折相槌を打って聞いていたドローレンだったが、彼女が話し終わると腕組みを解いて水樹へと頭を下げる。


「ありがとうございます、ミズキさん。お陰で詳細が随分と判明しました」


「いえ、こんな情報で良ければ……そう言えば薫、あれ持ってたんじゃ無かったっけ?」


「ああ、確かに僕が持ってたけど……危ないからって言われて城に着いたらメリエルさんに回収されちゃった」


「あの年増騎士……肝心な所で」


「……まあ、そういうキャラもいるよね」


軽く毒を吐く水樹に、フォローしているのかしていないのかよく分からない骸。そんな彼女らを見て、奏はあらあらとよく分からない笑みを浮かべる。何時もの光景だ。


因みに、ディーネがメリエルにネックレスを持っていかれたのは事実だ。流石の彼女と言えど、危険物を想い人が所持している状況は見逃せなかったのだろう。


ただ、現在のネックレスの所在については別の話である。ディーネの元には既に『ネックレスの奪取に成功した』という報告が上がってきており、おそらく現在では帝国の技術局で解析が行われている頃だろう。重要な証拠品を、彼らが指を咥えて見逃すはずが無い。


「魔獣の能力を強化するネックレス……こんなものが複数存在するとなると、何かしら意図的な物を感じざるを得ませんね。原因は色々と考えられますが、やはり何処かの誰かが作ったというのが最も可能性の高い物でしょう。魔獣自身が作ったという事も考えられますが……」


「まあ、想像もしたく無い話だな。奴らに知能が備わっても、ろくな結果にならないと決まっている」


フィリスは肩を竦め、ドローレンの言葉を否定するように首を振る。


真実を知っているディーネやフィリスは、相変わらずのドローレンの鋭さに内心で舌を巻いていた。いずれは辿り着く結論とは言え、その結論に辿り着くための情報を一気に手に入れらるというのは豪運という他無い。


「……当初は一人で情報を集めるつもりでしたが、少し気が変わりました」


ドローレンは笑みを浮かべると、自身の胸に手を当てる。禄でもないことを考えているな、とフィリスは顔を顰めた。


「これより私、ドローレン・フェミニウスは貴方達と行動を共にさせて頂きます。嫌だ、と言われても勝手に着いていきますので、どうか宜しくお願いしますね?」


「……そんなことになるんじゃないかと思っていたよ」


フィリスが頭を抱えるも、それを楽しむかのようにより一層彼女へと笑みを浮かべるドローレン。『聖女』と言われる割には、どうにも性格の悪い笑みだと言える。


「ふふ、よく考えたら魔獣を狩る冒険者に着いていけば、より魔獣と戦えるのは当たり前のことだと思いまして。餅は餅屋、ですわ」


「貴様に振り回される身にもなってみろ。ほら、ミズキ達も……」


そう言いつつフィリスは水樹達を見やるが……。


「ドローレンさんが着いてくるんですか? とても頼もしいです! ぜひ!」


「……イベント加入、とても歓迎」


「キャラが多少被っている事に目を瞑れば、確かに頼もしいですわね」


「うん、俺も賛成だ」


彼女の思いとは裏腹に、一同は歓迎ムードでドローレンの事を迎え入れる。これでは頼りにならないと感じたフィリスは、最後の砦とばかりにディーネへと目を向ける。


(……無理だ、諦めろ)


そんな意思を込めながら静かに首を振るディーネ。ついにフィリスはがっくりと肩を落としてしまった。


そしてこのタイミングで届けられる料理の数々。うな垂れたまま静かにスプーンを持ち、彼女は静かに料理を口に運び始めた。周囲に幻視出来る黒いオーラが、彼女の感情を如実に物語っている。


「では決まりですわね! 丁度料理も届いた事ですし、早速頂きましょうか」


そんなフィリスを放って話を進めるドローレン。彼女も大概変人であると、このタイミングで水樹達は実感出来た。

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