第47話




 お約束の如く魔物の討伐に来た一同。春斗は既に剣を携え、ディーネも鎧を展開している。いつ魔獣が出て来ても良いように、各々が戦闘準備を万端にしていた。


魔物の出現地域に設定されていたのは、アルテリア法国の首都からやや離れた、こじんまりとした村の郊外。辺り一面には草原が広がっており、いかにも長閑な田舎といった雰囲気を醸し出している。


辺りに群がる魔獣達の姿さえ無ければ、だが。


「なんだこの絵面は……」


魔獣から見つからない為、腰を落として草原の丘陵に隠れながらディーネ達は相手を観察する。


牧歌的な風景に突如現れる、禍々しい魔物の姿。これが見境なく暴れているといった雰囲気であれば納得行くが、やっていることはただ草を食む事だけだ。これでは危険かどうかすら判断出来ない。


「あれは……山羊をベースとした魔物か? 随分と呑気に草を食んでいるな」


「見た目は凄く禍々しいですけどね」


確かに、水樹の言う通り見た目からして草を食べるような存在には思えない。山羊としての原型を留めている部分は少なく、酷く捻じ曲がった角が元々は山羊だったのだと辛うじて主張している。


かつて蹄であっただろう部位には鋭い爪が生え、口の端からは草を食べるのには必要無いであろう鋭い牙がはみ出している。真っ黒な体表には所々赤のラインが入っており、ドクンドクンと血管のように脈動するそれが、より一層禍々しさを主張しているようだ。


だというのに食べているものは草。小動物でも捕らえて食いそうな見た目なのに、食べているのは草。


何とも言えないギャップに、一同は複雑な顔をする。例えるなら犬が「ニャー」と鳴いてるのを見てしまったような、そんな感じだ。


「……まあ、何はともあれ討伐対象なら倒さなきゃね。魔物である事には変わりないんだし……」


「あ、ウサギ」


ディーネが腰を上げて剣を抜こうとした時、骸の呟きが皆の耳に入る。


そう、ウサギだ。彼女の見ている方を向くと、真っ白な体毛と長い耳を持った紛う事なきウサギが跳ねていた。


ぴょんぴょん、と軽快に跳ねるウサギは徐々に魔物達へと近づいて行く。ディーネ達がそれを呆然と見送っていると、やがてウサギは魔獣の口元まで接近し……


パクリ、と目にも留まらぬ速度で食われた。


「……食われたな」


「……食われましたね」


まさに一瞬の早業である。完璧に丸呑みにしたのか、後には血の一片すら残されていない。そんな事をしておきながら、魔獣達は素知らぬ顔でその後もひたすらに草を食み続けている。大した演技力だと言えよう。


「無害な草食動物のフリをして、隙あらば他の動物を襲う……随分とけったいな生態をしていますね」


「まあ魔獣である以上仕方ないとも言えるな。さ、早速討伐に移るとしよう」


そう言ってフィリスは腰を上げ、背中のバスターソードに手を掛ける……が、ついぞその剣がヤギ型魔獣に振るわれることは無かった。


何故なら、その前に魔獣達が殲滅される事になるからだ。


「あら皆さん、こんな所で奇遇ですわね」


またもや掛けられた、聞き覚えのある声。良い加減うんざりとしながら、フィリスは彼女へと振り向く。


「……お前ならもうどこに居ても不思議には思わんぞドローレン。もう慣れた」


「あらあら、つれませんわね。以前は良く驚いてくれましたのに」


クスクスと笑うドローレン。彼女の神出鬼没さに幾度も悩まされていたフィリスとディーネは特に驚くことも無かったが、慣れていない水樹達はそうもいかない。先程別れたはずの彼女がここにいる事に対し、驚愕の表情を露わにする。


「え、ドローレンさん!? なんでこんな所に……」


「ふふふ、とても新鮮な反応ですわね。こんな良い反応をしてくれるお方は、もう私の周りには少なくなってしまいましたから」


ドローレンは頰に手を当て笑みを浮かべる。彼女が余りに神出鬼没過ぎるため、周りの人物はすっかり彼女の特性に慣れてしまっていたのだ。そんな中で新鮮な反応を返してくれる少年少女達、彼らの存在に嬉しくなるのも無理はない。


だが、一方のフィリスは慣れているとはいえストレスが溜まるのは避けられないようで、若干イライラしながら彼女へとここにいる理由を問いただす。


「それで、貴様は何故こんな所にいるのだ? ここは魔獣の集まる危険地帯、そして私達は依頼を受けとって此奴らを討伐する為に来ているのだぞ」


「あら、それはまた奇遇ですわね。私も村の教会に訪れた所、近くで魔獣が頻出していると聞いて伺ったまでですわ。せっかくなので、そのまま退治しておこうかと」


「……ほう? それは冒険者の仕事を奪いに来たという認識でいいのか?」


「いえいえ、とんでもございません。私は純粋に魔獣を討伐しようとしているだけですわ。本当ですわよ?」


ドローレンはしばし考え込んだ後、名案を思いついたと言うように手を打ち鳴らす。


「そうだ! それならば討伐証明の素材は全てそちらにお渡しする、というのは如何でしょう?」


「……何?」


冒険者が魔獣討伐の依頼を請け負った際、証明となるのは魔獣から出る触媒である。だが、そこらの商店に売ってもそれなりに高く買い取られる一品でもあり、彼女はそれを全てディーネ達に引き渡すというのだ。


つまる所、『自分の利益はいらないから魔獣を倒させろ』と言っているに等しい。言葉だけ見れば破格の提案ではあるが、同時に余りにも利益を省みない彼女のその姿勢は違和感を覚えさせる。


ドローレンは『聖女』と呼ばれる存在である故、それに相応しい精神性を所持している。が、この場合ならば普通は引き下がって討伐そのものを此方に譲ってくるであろう。無私をモットーとしていたとしても、効率を捨てる程彼女は愚かではない。


そこへ見ると、今回の提案は明らかに二度手間であり、見るからに不自然である。何か裏があるのではないか、とフィリスが疑うのも仕方の無い事であった。


「……貴様、一体何を企んでいる?」


「それはいくらアメリア様と言えども秘密ですわ。ただ、貴方達に害を及ぼすものでは無いとこの場で誓っておきましょう」


眼光鋭くしドローレンを睨み付けるフィリス。語尾も厳しく問い詰めるが、当の本人はどこ吹く風とニコニコしている。


やがてこれでは埒があかないと判断したのか、フィリスは舌打ちをしながらいつでも抜けるようにと構えていたバスターソードから手を離す。先程までの剣呑な雰囲気は霧散し、代わりに気怠げな表情が彼女の顔に現れた。


「……わかった、譲ってやろう。素材も要らん。ギルドには教会のシスターに横取りされたと伝えておくよ」


顎をしゃくってドローレンを魔獣達へと促す。言葉に若干の嫌味は混じっているが、結局は彼女へ譲る事に決定したようだ。


最も、これはドローレンの主張とぶつかり合うと大抵ろくな事にはならないという経験則から判断されている。彼女は主張が噛み合わなかった場合、のほほんとしつつも絶対に自らの主張を曲げることは無い。反対にじわじわと相手の主張を曲げていく為、結果望んだ通りの結末が得られないという事が以前にもあったからだ。


彼女のそういった言動には幾度も煮え湯を飲まされており、フィリスとディーネにとっては既に思い出したくない記憶となっている。とはいえ、彼女を見るたび否応無く思い出す訳だが。


「あらあら、良いのですか? 私は素材を必要とはしていないのですから、持っていかれても構いませんのに」


「棚ぼたは趣味じゃ無い。自身の食い扶持くらい自分達で稼がせてもらう」


「え、棚ぼた欲しい……ムグムグ」


「おっと、骸は話がややこしくなるから黙ってましょうねー」


何か言いかけた骸の口を塞ぐ水樹。まぁ実際にろくな事を言おうとはしていなかった為、正しい判断である。


「そうですか……それでは少しお待ちいただけますか? 今すぐ片付けますので」


「別に待つ必要は無いだろう? それとも私たちに何かさせる気か?」


「そんなことはございませんわ。ただ、少しばかりお礼をと思いまして。軽いお食事くらいならば私が持ちましょうかと」


「……私の食費は高いぞ」


「あらあら、仕方ありませんわね」


そう言うとドローレンはシスター服の何処から取り出したのか、白銀の戦場槌メイスを手に魔獣達へと向かう。


「十秒、待っていて下さい。その間にお掃除・・・を済ませますから」


何者かが接近している事に気付いたのか、それまで草を食んでいた顔を一斉に上げる魔獣の群れ。その近付く人物が自分達に害を成そうとわかっているのか、明らかな敵意をもってドローレンを迎える。


だが、ドローレンはその微笑みを崩さない。くるりとメイスを手の中で回転させると、先の部分を地へと突き刺す。確かな重量を以って、メイスは硬い地面へとめり込んだ。


「『ああ神よ。その大いなる威光を持って、侵されし者達に救いの手を差し伸べ給え』ーー」


顔の前で手を組み、神への聖句を唱える。彼女の周囲は白い光に包まれ、聖なる力を彼女へと与える。


魔の力を人間に扱える程度に落とし込んだ物が『詠唱』ならば、これは確かな神への信仰を持つ者だけが扱える『聖句詠唱』。魔には頼らない、神から授けられた強大な力。


「『聖句詠唱:絶対光輝ドミニオン・メタトロン』」


魔獣達は聖なる波動に怯え、慌てて逃げ出そうとするがもう遅い。完成した術式は起点となったメイスから発動され一気に四方へ拡散し、魔獣達を容赦なく飲み込む。


聖なる力は、魔の力に対して絶対の効力を発揮する。ドローレンが発動したのは『聖句詠唱』の中でも中位に位置する物であるが、それでも魔の塊である魔獣達には絶大な効力を発揮する。聖なる波動を直に受けた魔獣は、個体の差はあれど結末は皆同じ。


つまり、消滅だ。


後に触媒だけを残しつつ、無数にいた山羊型の魔獣達は全て、例外なくドローレンに消滅させられる事となった。

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