第35話




魔人と化した宇野を中心として、暴虐の限りを尽くすかのような魔力の嵐が吹き荒れる。余りに激しい魔力は物理現象となって水樹達を襲い、苦悶の声を上げさせた。


「なっ、なによこれ……!?」


「体が、重く……」


「くっ……『詠唱:破軍鉄壁』!!」


メリエルが防御用の魔術を発動することで、ようやく拘束状態から解放される一同。短い間とはいえ、圧倒的な力の前に晒された彼らの様子は皆最悪だ。いずれも青い顔をして、肩で息をついている。


「なんてデタラメな魔力してやがる……!」


通常、魔力というものは物理的な現象を及ぼす事はない。基本的には空気中にも漂っている無害な存在である。


だが、それを濃縮させると話は別だ。ある一定のラインを超えると質量を持ち、その性質を自在に変える。それを利用したのが『魔法陣』や『呪文』と呼ばれる、いわゆる魔法だ。意図的に圧縮させることにより、攻撃性や属性を付与するという仕組みである。


そして現在、宇野がしている事はより単純である。圧倒的な魔力量に任せ、それを圧縮しながら全方位に撒き散らしているだけだ。言うは易しだが、それを実行するとなれば話は別。魔人となったことで人類という種を超越した彼にしか出来ない芸当だ。


「アレじゃ近づけない! 一体どうすれば……」


「……一つ考えがあります」


 と、それまで沈黙を守ってきたワルキューレが唐突に切り出す。


「ワルキューレ? 急にどうしたのよ」


「単純な話です。斥候として見回りに飛ばせた他のワルキューレを呼び戻し、奇襲を掛けさせます。幸いにして、私たちならばあの魔力にも耐えられます。その隙に攻撃を」


「だが、今のアイツは危険だぞ! むざむざ前に出たらやられるだけだ!」


「ならば、他に方法があるのですか?」


 異を唱える春斗だが、残念ながら彼女の提案を否定できるほどの材料は持っていない。自らの無力さに歯噛みしつつ、引き下がるしか無かった。


「では、そのように」


 ワルキューレは彼女らを一瞥すると、防御魔術の範囲を抜けて宇野の目前へと立ち塞がる。


『よお、無駄な話し合いは終わったか? じゃ、次は無駄な抵抗のお時間だな。無駄、無駄、無駄。俺のチカラの前には全部無駄。ハハハ!! 最高だろう?』


「……自我すらも曖昧ですか。哀れな」


 彼女が脳内で招集を掛けると、翼をはためかせながら散開していた他のワルキューレ達が集まってくる。各々が武器を構え、宇野へとその切っ先を向けた。


「魔に取り込まれた哀れな者よ。せめて私たちが引導を渡してあげましょう」


『ほざけ!!』


 目の前にいるワルキューレに対し、獣のように飛びかかる宇野。異形の物と化した右腕を振るい、彼女らを切り裂かんとする。


 だが、そのような単調な攻撃を食らってやる理由も無い。ワルキューレ達は一斉に散開すると、上空へと飛び上がり距離を取る。


「『詠唱:光輝之――」


『空にいれば追いつかないとでも思ったか?』


 常識外れの脚力で宇野。ワルキューレの詠唱は中断を余儀なくされ、無理矢理回避行動へと移行する。


 容赦無く振るわれる爪。大気を振るわせるほどの一撃を、ワルキューレは紙一重で避ける。


 そして、ワルキューレは一人では無い。


「『詠唱:光輝之鎖』」


『む?』


 他のワルキューレが発動した呪文に絡め取られる宇野。光り輝く鎖が、彼の四肢を空中に縛り付ける。


「『詠唱:光輝葬槍こうきそうそう


 そして他の八人が発動した攻撃魔法。一撃一撃が魔物への致死となり得る呪文が、合計八発。その全てが宇野の身へと降りかかった。


 魔人となった身を易々と貫いていく槍の嵐。だが、ワルキューレ達は宇野の生死を確認すること無く次の攻撃に移る。


「『詠唱:爆裂衝動』」


 瞬間、耳をつんざく爆発音が轟いた。思わず耳をふさぐ水樹達。身動きの取れない宇野へと直撃した呪文は、彼の身を地へと這わせる。


「仕上げです。『詠唱:光輝之鎖』」


 そして先ほどの拘束呪文が再び唱えられる。それも、九人分。宇野の体が光の鎖で雁字搦めに巻き取られる。


 宇野は、未だ動かない。


「さあ、機会ですよ皆様」


 ワルキューレ達の技量、そして呆気なくやられた宇野への驚愕で固まっていた水樹達だったが、彼女の言葉で一斉に我に返った。咄嗟に武器を構えると、スキルや魔法で攻撃を掛ける。


「え、『詠唱:夢幻水流』!」


「……開け、『闇の門』」


「特性の毒薬、食らいなさい!」


「聖剣よ!」


 一斉に飛んでいく攻撃の嵐。爆煙や土煙が舞い、一切の抵抗もなく宇野の身へと突き刺さる。


まるで先程までの迫力が嘘だったかのように。


やがて攻撃は止み、その跡地にはハリネズミの如く串刺しになった宇野の姿が晒されていた。春斗は肩で息をしつつ、ボソリと呟く。


「……やった、か?」


明らかなフラグ、などとその発言に突っ込む者は居ない。なぜなら、口には出さずとも全員が全く同じことを考えていたからだ。


あの反則級の強さがあの程度で倒れるとは到底思えない。しかし、だからといって己達の全力を尽くした結果、彼の生存を認める事もしたくない。そんな相反する感情が、彼らの心に渦巻いていた。



そして、そんな彼らの期待は。



『……クッ、クックック……』



容易く裏切られる。



『カカカ……ハァーッハッハッハッ!!! 温い、ヌルすぎる!! お前らの力はこんなもんか!? お前らの全力はこんなもんか!? なぁ、どうなんだ!! お前らの『力』って奴は、俺に一寸の傷もつけられない程度だったってことか!?』


宇野が全身に力を込めると、刺さっていた槍や武器が全て圧し折れる。魔の存在に対して有効な光の呪文も、抵抗を許されない。


そして残った傷跡すらも徐々に癒えていく。先程一戦交わしたオークと全く同じ現象だ。


「そんな……」


「振り出しに戻された、ということか……」


『振り出しィ? いや、違うなぁ』


耳聡くメリエルの呟きを聞きつけた宇野は、その高揚感から、もしくは魔人となった事による全能感からか。言わなくてもいい情報をペラペラと話し出す。


『俺様のスキル、『魔力統括』は魔人となった事により消えた。だが、新しく得た物はこの身体能力だけじゃない! 新しく付与された『強欲スナッチ』のスキル。こいつのおかげで、俺は無限の魔力と体力を手に入れた!』


試しとばかりに近くの木へ向かって腕を伸ばす。その手が触れた瞬間、木は真っ暗な渦に呑み込まれ消えていく。


『ふう……まあ、対象が対象だから微々たる魔力でしか無いが……お前らを食ってみたら、どうなんだろうなぁ?』


「ッ!!」


「ちょっと、春斗!?」


 唐突に駆け出し、宇野と切り結ぶ春斗。


「ここは俺が時間を稼ぐ! 全員撤退して、王国に状況を伝えろ!!」


『へえ……?』


 いきなりの撤退宣言。それも自分を見捨てろというオマケ付きだ。当然水樹達が納得できるはずも無く、反論を口にする。


「そんな! そんな軽々しく仲間を置いていける訳無いじゃ無い!」


「このままじゃ全員共倒れだ!! 他に方法は無い!!」


「……仲間置いて帰るのは、寝覚めが悪い……」


「そうですね。春斗君を信頼していない訳では無いですが、このままでは私たちの寝覚めが悪くなってしまいます」


「それに、奴がハルト殿を放って私たちの方に来る可能性もありますからな。用心に越したことは無いでしょう」


「……この分からず屋達が……」


 言って聞くような女性陣であれば、ディーネが苦労するはずも無い。その頑固さは誰の前だとしても健在のようだ。


 だが、窮地は依然として脱せていない。ギリギリと切り結んだ切っ先は揺れ、今にもはじき飛ばされそうだ。余裕のある宇野の表情からして、これでも手加減されているのだろうが。


(どうしたらいい……このピンチを、なんとか脱する方法は……ッ!!)



 ――そして、その瞬間は唐突に訪れた。



「――なるほど、立派な自己犠牲精神だ。少々短絡的に過ぎるのは難点だが」



 破壊されていなかった森の中から、何者かの声、そしてこちらへと向かってくる足音が聞こえてくる。決して静かとは言えなかったこの戦場で、それらの音はなぜかやけに大きく聞こえた。


『……ああ? 誰だお前』


「ふむ、誰だと問われて名前を返したとしても、キミが分かるとは限らないと思うのだがね」


 燃えるような赤髪に、動き安いようひとくくりにしたポニーテール。そして何より目立つのが、その体躯にはふさわしくない程の巨大な大剣。


「あ、貴女は……」


「む、貴女とは二回目だな。何日ぶりか……まあ詳しくは覚えていないが。おっと、他の者には自己紹介がまだだったな」


 メリエルが驚愕の表情で彼女を見る。なぜここにいるのか、そう思われても仕方の無い登場の仕方だった。


「――我が名はアメリア=ハートゴールド。一応、冒険者なんて職業をやらせて貰っている」


 世界最強の冒険者が、魔人に牙を剥く。

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