第33話




「チッ。こいつはなにやらキナ臭い事になってきたな」


水樹達と宇野の死闘が繰り広げられている頃、ディーネは魔獣達の群れに到着していた。


魔獣の群れには様々な種族が合流しており、先程のオークを始めディーネ子飼いの部隊でも苦戦するような強力な魔獣も紛れ込んでいる。日本的に言えばそう、正に『百鬼夜行』であった。


にも関わらず、まるで統率が取れているかのように、仲間割れを起こす事もせず一定の方向に進んでいく魔獣達。異常とも言えるその光景を見て、ディーネは冷静に分析する。


「……おかしい。こいつらを統率する頭が居ない」


魔獣が混成の団体を作る、その事例自体はこれまでにもいくつか確認されている。しかし、それには必ずその群れの『頭』が存在して居たのだ。強大な力然り、高度な頭脳然り。そういった何処か優れた魔獣が必ず存在する。


だが、この群れにはそれが存在しない。種族における力の差はあれど、決定的なまでに強力な魔獣はいない。少なくともディーネの目はそう判断していた。


(……ん? あれは……)


何かに気付いたディーネは、魔獣の胸元を注視する。するとどうだろう、なんと先程手に入れたアミュレットと同型の物が魔獣の首に掛かっているではないか。それも一匹だけではない。少なくとも目に届く範囲全ての魔獣に付いている。


流石にこれを偶然の一致で片付けるのは苦しい。となると、魔獣がこうなった原因は自然と絞られてくる。


(こいつらが大量に集まり一点を目指しているのも、このアミュレットのせいだろうな。こいつがどんな働きをしてるのかわからんが、まず間違い無い)


ディーネが握っているアミュレットからも何らかの魔力が発されているのが確認出来る。それも魔獣達と同種の物。無関係という方が無理があるだろう。


(……まあ、アミュレットに関しての考察は後でいい。今やるべき事は一つだけだ)


ディーネは自らの得物を、魔術を使い亜空間から取り出す。


無骨なしろがねの長剣。それが二振り。これといった特徴も無いが、扱いやすい武器であり、ディーネはこれを愛用している。ちなみに使い方が荒く、割とすぐに壊れてしまうので、亜空間には百本単位で保管してある。


刀身に魔力を通し、無造作に振り回して調子を確認する。


「……よし、こんなもんだろう」


ディーネ一つ頷くと、茂みから身を出し、軍勢の前に立つ。急に現れた異物に、魔獣達は唸りを上げた。


が、その程度で彼が怯む筈もない。むしろその表情を笑みに歪め、その手の剣を構えた。


「まずは先制の一発……食らいな!」


ガッ、と地面が抉れた次の瞬間、先頭に立っていたオークの前にディーネは立っていた。


もしオークに表情があれば、その顔は驚愕に歪んでいた事だろう。少なくともディーネから目を離してはいなかった筈なのに、気付けば敵は文字通り目の前にいる。


そして振るわれる剣。オークの胴体は水平に薙ぎ払われ、一刀の元に両断される。


それだけでは飽き足らず、剣の軌跡を追うように魔力の刃が形成。勢いのままに刃は飛び、そのまま魔獣の群れをも真っ二つに切り裂いた。


初撃のみで群れの八割を処分したディーネ。大量にドロップした触媒と量産された丸太の山を見て、彼は一言呟く。


「……あ、アミュレットの回収忘れてた」






◆◇◆






「これでラスト、っと」


逃げようとする魔獣の首筋に剣を突き立てるディーネ。兎型の魔獣は情けない鳴き声を上げ、地面に縫いとめられる。


「はいはい、ちょーっと失礼しますよっと」


未だもがく魔獣の首から、アミュレットを強引に毟り取る。すると元気だった魔獣は途端に目の光を無くし、ぐったりと横たわった。


ディーネはその様子を見て、アミュレットの効能を予測する。


「『身体能力のブースト』か?本来なら不可能な行動も、このアミュレットに蓄えられた魔力によりブーストされる……その代わり、ある程度アミュレットからの指示に従う必要があるってところか」


付与されている『魅了』の魔術と合わせると、比較的便利な兵器を量産できるということだ。実際、『魅了』で魔獣を操るという案はこれまでにもあった。帝国でも一時期そのアプローチをしてみようという計画が進んでいたのも事実である。


が、魔獣一体一体に『魅了』を掛けるというコスト。そして不安定な『魅了』を掛け続けることにより、いつ牙を向かれるかわからないというリスク。これらを総合的に考えた結果、廃案になったという経緯がある。


ただ、その『魅了』をこれほどの魔獣に掛け、なおかつ制御を失わないとなれば、この一件の黒幕は中々腕の高い術師だと言えるだろう。組織であれば話は別だが、個人だとすればディーネの部隊員より腕がいい。


そして、ディーネは一人だけこれが出来そうな人物に心当たりがある。


(……まさかとは思うが。いや、だが可能性は十分に……)


「ほう、これはこれは奇遇であるなぁ」


「ッ!?」


ディーネが考え込んでいたその時、頭上から声が掛けられる。慌てて距離を取り、剣を構え直す。


(迂闊だった! 黒幕が居るとわかっているなら、群れを殲滅した時点で気付かれる可能性も十分にあった筈だ!)


自らの迂闊さを呪いつつ、星明かりで逆光となっている黒いフード姿の人物を見上げる。


フードに包まれた顔は見えないが、声には何処か聞き覚えがある。それに手にしている禍々しい大剣ーー。


「久しいな。おおよそ五日ぶりか? 生憎、私の時間感覚は曖昧でね。多少のズレは多めに見てもらいたい。知人に秒単位で時間を測るやつはいるが、そこまで几帳面にはなれそうにないものでね」


(やはり、あの時の魔族か!)


そう、以前にディーネと僅かながら交戦した魔族である。何か企んでいるのは知っていたが、まさかここまで早く仕掛けてくるとは。


魔族と戦って勝負になるかというのは、正直な話未知数と言わざるを得ない。なにせ伝承上の存在だ。下手をすればディーネの攻撃が欠片も通じないという可能性もある。


ここは一度退き、体勢を整えるべきだとディーネの頭は訴えているが、目の前の存在がそれを許さない。逃走は一度使った手だ。目の前の相手に、恐らくそれは通用しない。


「……ふむ、また無言か。沈黙は金、雄弁は銀などというが、無口過ぎる男は好かれんぞ? 私が言うことではないが、もう少し会話を楽しむ余裕を持ちたまえ」


そんな戯言には耳を貸さず、ディーネは一方的に質問を投げかける。


「この魔獣の群れはお前の仕業か?」


「おお! 初めて口を開いたな。ふむ、中々良い声ではないか。不躾な質問だが、それに免じて許そう」


不敵な笑みを浮かべ、ディーネの質問になんの躊躇いもなく答える魔族。自分の実力に自信があるのか、それともディーネを警戒していないのか。少なくともディーネからしてみれば、舐められてるとしか思えない言動だ。


「あれを引き起こしたのはご想像の通り私だ。何、少々実験をしていただけさ。許せよ」


「実験だと?」


「残念ながら詳細は言えない。それを知りたければ、私を倒してみるが良いさ」


ニイ、と口の端を歪める魔族。



「なぁに、心配するな。貴様の懐に入っているアミュレットを取り戻すまで、貴様を逃がすつもりは無いからな?」


(チッ、やはりバレていたか)


心の中で舌打ちをしつつ、これ以上話をする気は無いとばかりに二刀を構える。


「……クク、やはり良いな。話し合うなら口ではなく拳で、か。ああ、やはりお前は最高だよ。私好みだ」


魔族はその背の羽を広げ、ゆったりと構える。そして生まれる、一瞬の緊迫。


一陣の風が、森の中を吹き抜けた。


「ーー行くぞ!!」


「ーー殺す」

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