第16話
観衆は確信していた。ディーネがこの一撃で倒れたことを。
メリエルは嘆いていた。ディーネがボロボロに傷付いていることを。
水樹は祈っていた。ディーネが生きていることを。
宇野は嗤っていた。ディーネに当たった確かな手応えを感じた事を。
そしてディーネは―
◆◇◆
「…痛ってぇ」
若干焼けた肌を労るように撫でながら、ディーネは僅かに毒づく。砂煙に覆われ、クレーターとなった地面の中心に立ちながら、しかし彼は無傷であった。
彼は避けられた訳ではない。タイミング悪く訪れた宝具の不調により、完全に意識の空隙を付かれた形で宇野の魔法をダイレクトに食らってしまっていた。その証拠と言っては難だが、彼の肉体は若干煤けている。
では、何故彼は今だに立っているのか。
それは実に簡単な疑問だ。彼が倒れるほど威力がなかった。ただそれだけの話である。
彼の見立てでは、彼の魔法の威力は魔導師団の一隊長並。そう、たかが一隊長並である。帝国の《五剣》の一人として数えられるディーネからしてみれば、せいぜいが強い日差しに照らされたとしか感じない程度。
別に彼が弱かった訳ではない。ただ、相手が悪かったのである。一介の学生が相手取るには明らかに力不足。いくら勇者としての力を得ても無理のある話であった。
「くっそ、服も汚れちまった。最初ハナっからこのポンコツが動いてれば問題なかったって言うのに」
ディーネがゴツン、とやや強めに宝具を叩く。するとどうしたことだろうか、宝具の中心が輝き、空中に映像が投影され始めたてはないか。ディーネは思わず体をのけ反らせてしまう。
『もー、痛いですよマスター!! 上手く行かないからって物に当たるなんて最低です!! DVです!!』
キャピキャピとしたアニメ声がディーネの耳に響く。空中に投影されたのは、ディーネの知り合いをデフォルメして小さくしたようなキャラだ。背中に生えた小さな羽は妖精でも目指しているのだろうか。別にそれで浮いているわけでもないだろうに、そのキャラは忙しなく羽を羽ばたかせている。
「…は?」
一瞬呆けた声を上げたディーネは、事前に聞かされていない機能に頭を抱え、すぐに下手人を特定する。
「あのマッドサイエンティストか…余計なことしやがって」
『むむ! 今度は私の生みの親まで! あんまり調子乗ってると許さないんですからね!』
その生みの親に極度に似ているのはどういうことだと心の中で愚痴を吐くが、その彼女には何を言っても無駄と言うことを思い出し、ため息を吐くに留めておく。
この謎のキャラに時間を掛けていても仕方ない為、ディーネは改めて宝具の柄を握りしめ引き抜こうとする。
『あ、それ起動ワード言わないと抜けないよ?』
「それを早く言いやがれクソッタレ!!」
思わず地面に拳をたたきつけるディーネ。わずかにクレーターが拡大した。
『んもー、短気だなぁ。そんなんだから彼女の一人も出来ないんですよぉ』
「おまっ、なんで知って…いや違う、そんなことより早く起動ワードを」
『えっとぉ…うーん…さんざん色々言われたし…本当のこと教えなくてもいいかな…?』
「おい、聞こえてっぞ」
小声で呟かれたちみキャラの発言に突っ込むディーネ。
『ちぇー。仕方ないなぁ、呪文は『
「誰がそんな恥ずかしいことを…紋章解放」
めんどくさそうに呟いたディーネであるが、相変わらず柄は抜けない。胡乱げに空中に浮かぶちみキャラのことを見るが、相手はしれっとした顔をしている。
『生みの親が言ってたよ? きっとあいつは恥ずかしがって起動ワードを小さめに呟くから一定以上の音量じゃ無いと反応しないようにしたって』
「あの腐れ外道がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
◆◇◆
「―
土煙で隠された視界の中を、一条の叫び声が切り裂いていく。次の瞬間、土煙の中から光が漏れたかと思うと、内側から起こった暴風に土煙は吹き飛ばされる。思わずその場にいた全員が顔を覆ってしまうほどの強い風だった。
「い、一体何なの!?」
「くっ、カオル殿…!!」
突如巻き起こった砂嵐が収まり、一同はようやく目を開くことが可能となった。そしてその直後、全員が目を剥くような驚きに包まれる。
「…ウソ…」
それは一体誰が呟いた物だっただろうか。どこからともなく漏れたその声だったが、その台詞は如実に彼らの心情を表していた。
先ほどまで砂煙の中心だった場所―つまりディーネが立っていた場所。そこには確かに一人の人物が立っていた。ただしそれは、ディーネでは無い。
真っ黒なボディに、体を包む緑のオーラ。
鋭角的なフォルムに、背中に生えた羽のようなブースター。
そして左腕にはディーネがしていた物と同種の盾が接続されており、右手には長めの直剣を携えている。お伽噺に出てくるような騎士を、更に現代的に改造したかのような風貌だ。
「な…あ…」
宇野は餌を求める金魚の如く口を開閉させている。まさに開いた口が塞がらない、といった様子だ。まあ、それも仕方の無いことだろう。なにせ彼からしてみれば、スキルも持たないと今まで見下していた格下が唐突に自らと同じ土俵へ上ってきたのだから。
『…惚けてる場合じゃないと思うけど』
宇野に向かって若干くぐもった声を掛けるディーネ。右手に持った直剣を振ると、その軌跡をなぞるように緑色の燐光が撒き散らされる。
我に返った宇野は慌てて構えるが、時既に遅し。彼のなけなしのガードを突き破り、ディーネの剣撃が炸裂した。
「何っ!?」
常に魔術的なシールドを張っていた宇野であったが、そのガードも叩き割られつつ吹き飛ばされる。ダメージこそ軽減されたが、彼が圧倒されたというのは紛れもない事実だ。
「クソがぁ…」
格下だと思っていた相手に痛打を与えられた。その事実が彼の怒りを掻き立てていた。
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