8-2.大食いコンテスト

「なるほどなぁ、大食いコンテストか」


 カルナシオンはそう言いながら駅前に出来た特設ステージに視線を向ける。並べられた長椅子はすでに満席となっている。三人は最前列を運良く確保出来たが、遅れて来た者は席の後ろに設けられた立ち見席に押しこめられている。


「それで、「ボリーナ」のじゃじゃ馬がいるんだな」

「マスター、それシャリィが聞いたら怒りますよ」

「構うもんか」


 「ボリーナ」は、マズナルク駅の近くにある大衆レストランで、肉体労働をする男たちに人気の、スタミナもボリュームも多い料理を売りとしている。

 店長はユーシル・リークレット。シャリィの父親であり、セルバドス家の元コックでもある。妻を早くに亡くして、幼いシャリィを抱えて困っていたユーシルを、双子の祖父が住み込みのコックに雇った。そのため、ユーシルはセルバドス家を神か何かのように崇めている。


 双子の祖父に言わせれば、コックが辞めたばかりで都合が良かっただけらしいが、偶に溜息をついてはユーシルが作ったステーキを恋しがるあたり、非常にお気に入りの料理人だったことは間違いない。


「三十分で何枚ピザを食えるか勝負……ねぇ。「インバリー」も思い切ったことをするな。まぁ折角だからホットサンドの新作のネタにでもさせてもらうか」

「パクリは駄目だよ」

「するか、そんなこと」


 辺りにはピザの良い匂いが立ち込めている。昼過ぎの駅前広場に漂うには少々強烈な匂いだったが、皆興味津々でステージに見入っていた。

 店を一時閉めてやってきたカルナシオンは、ピザの具材から新しいホットサンド作りのヒントを得ようとしているのか、偶に何か呟いては指で宙を弾く仕草をしていた。


 やがて、ステージ横に設けられた司会台へ一人の女性が姿を現す。美人ではあるが少々化粧が派手で、着ている服にも金が掛かっている。ピザ屋がどこからか雇った司会者のようだった。

 ステージは店舗の前に設置されており、司会台はその右側にある。背後にはテーブルが置かれているが、それは作業用として使われているようだった。その更に奥は店舗の入り口で、ピザの強烈な匂いはそこから漂っている。


「……皆様! 大っ変お待たせいたしました!」


 司会者は反響魔法陣を起動すると、よく通る声で皆の注目を集めることに成功した。胸元に下げたネックレスはピザを模したデザインで、溶けたチーズが今にも垂れ落ちそうなリアルな造形をしていた。


「只今より、ピザの大食いコンテストを開始します。既に受け付けは締め切っていますが、飛び入り参加したい方はいらっしゃいますか? ピザを沢山用意したので、余っちゃうかもしれません。我こそはと思う方は挙手をお願いします」


 勿体ぶった言葉に誘われるように、一人が名乗りを上げた。まだ若い男で、横にも縦にも大きい体躯をしている。褐色の髪を首の後ろで束ねたその姿を見て、観客の一人が「あれ、あの人じゃない?」と連れに囁いた。


「ほら、前にスパゲティの大食い大会に出た」

「えぇ、物凄く食べるもんだから、お店の方がギブアップしたのよ。噂じゃ西区の方でいろんな大食いコンテストに出て、賞金稼ぎみたいなことをしているんですって」


 その話を聞き止めたリコリーは少し不安そうな表情になった。

 シャリィと比べるとその男は三倍ぐらいの体積がある。ズボンの上からはみ出した腹の中にどれほどの食料が入るのか、考えただけで恐ろしかった。


「大丈夫かなぁ」

「シャリィを信じるしかない。ダメだったら、『雨の都』でハニートーストを食べよう。あれならアタシでも払える」

「それより父ちゃんのグラタンあげたほうが喜ぶと思う」


 ステージの上には長テーブルが置かれて、等間隔になるように四人の挑戦者が座っていたが、飛び入り参加が入ったことにより、全員少しずつ移動して一人分のスペースを作った。飛び入りの男は比較的寛容なタイプなのか、テーブルの端に引っかかるような位置でも特に文句は言わなかった。

 店員が男のためにカトラリーやグラスを用意したのを見届けると、司会者が「さぁ!」と明るい声を出した。まだステージ側に残っていた店員が、その声を聞いて慌てて作業台の方に戻る。


「それでは挑戦者の紹介に移ります。皆さん、知っている方がいたら大きな拍手でエールを送ってくださいね。まず一人目の挑戦者は、ハートラスさん。趣味は大食い特技は早食い。インバリーの店員代表として参加しております」


 客席から見て一番右側に座った男は、まだ三十前後のようだった。太っているわけでもなく寧ろ痩せ型だが、身長が高い。従業員たちの激励に応えて上げた左腕には、仕事でつけたらしい火傷痕があった。


「二人目はティーバンさん。大食い大会の常連、通称「チーズの女王」。大好物は美味しいチーズ、苦手な物は不味いチーズ、という根っからのチーズジャンキー。インバリーのピザは果たして彼女の舌を満足させるのでしょうか?」


 右から二番目の女は、二重顎を揺らすようにしながら微笑んだ。観客席からは「頑張れよ、マイラ」と野太い声援がいくつも上がる。日焼けした肌と、脂肪ではなく筋肉により太い腕から考えるに、肉体労働者のようだった。


「さぁ、どんどん行きましょう。三人目はミルカファンスさん……でよろしいですか? よろしい。よかった。メイディア国からフィンに観光にいらしたそうです。地元ではワインの飲み比べで負けたことがないとか。フィンに来て何をご覧になりましたか?」


 四十代と思しき男は、こけた頬に大きな黒縁眼鏡というアンバランスな装いをしていた。オリーブ色の長い髪はパーマがかかっている。ピザにくっつかないようにという配慮か、女物の髪飾りでそれを束ねていた。

 司会者の質問に対し、男はイントネーションの崩れた声で応じる。


「魔法で動く、カラクリ時計見ました。わたし、の国は、魔法が発達していません。この、国は何でも魔法で動かす。驚愕です」

「バーナン駅の絡繰時計ですね。あれは半日ぐらいは見ていられます。正しくエンターテイメントです」


 観客が拍手で同意を示した。旅行者は上手く聞き取れなかったのか、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。


「四人目のリークレットさんはなんとなんと、見ての通りメイドさんです! いいですね、お淑やかな美女という雰囲気です」


 その途端に観客席の所々から笑い声が上がった。双子の隣でカルナシオンも愉快そうに声援を投げる。


「頑張れよー、じゃじゃ馬ー」

「親父さんのためにも勝つんだぞー、じゃじゃ馬ー」


 それを聞いたシャリィは何か言おうとして口を開きかけた。それを見た双子は急いで自分たちの声を被せる。


「シャリィ、頑張ってー」

「応援してるよー」


 双子の声援でシャリィは我に返ったようだった。咳払いを一つして、席へと座りなおす。シャリィはある理由で「じゃじゃ馬娘」と呼ばれているが、本人はそれを不名誉だと感じていた。


「最後はオルバさんです。大食い大会では飛び入り参加をして優勝を掻っ攫うことでお馴染みの彼、通称は「炎を食らう男」。熱い物が大の得意で、次から次に飲み込んでしまう特技を持っています。今日もその手腕を思う存分発揮することでしょう!」


 司会者が合図を送ると、挑戦者たちが背にしていた壁にかかっていた布が外されて、ルールが記載された板が現れた。


「制限時間は三十分。一番多くのピザを食べた人が勝ちです。ピザは全部で四種類。どれを選んでも自由ですが、一枚食べるまで次のピザは頼めません。このピザの詳細については後程ご説明します。飲み物や調味料は用意したものを自由にお使いいただけます。……おーっと、ティーバンさんは不敵な笑みですね。これは何か作戦があるのか? それともブラフかもしれません」


 司会者は先ほどから左手に持っていた皿を、まるで看板でも掲げるようにして観客へ見せた。皿の縁が発光しており、裏側に魔法陣が仕込まれていることを示している。


「ピザはこちらの皿に載せられて提供されます。重量計の魔法陣が使われていますので、一定のグラム数以上検知された場合は、完食とはなりません。注意して下さいね。フォークやナイフもこちらでご用意したものをお使い下さい。持ち込みは基本的にダメですが、ミルカファンスさんは宗教上の理由により、フォーク類を拭うためのクロスを持ち込んでおります。インバリーのピザは宗教区別はしませんので、どうぞどんどんお使いください。それと、こちらには水差しもご用意していますが、飲みすぎには注意してくださいね」


 参加者と参加者の間に一つずつ水差しが置かれている。中にはレモンとハーブを浮かべた水が並々と注がれていた。グラスは一人につき一つ、恐らく店内で使われていると思しき、背の低いものが用意されている。

 ステージ裏から銅鑼の音が響く。司会者は一層笑顔になると、観客の方に向き直った。


「それでは次の銅鑼の合図でスタートです。皆さん、盛り上がっていきましょう!」


 その語尾に重なるようにして、大きな銅鑼の音が空へと鳴り響いた。 

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