2-8.アリトラの手紙

「あー、もう! 何やってるの!」


 アリトラはベッドの中に片割れを押し込むと、その上から布団を被せた。その拍子に周りに積み上げられた本や書類やらが床に散乱する。

 リコリーは布団の中で抗議するような咳を何度か放った。


「大人しく寝てるように先生に言われたばっかり。何で夜更かしして、窓全開にしてるわけ?」

「だから、通信魔法の……」

「そんなんだから治らないんでしょ」


 セルバドス家の二階にはリコリーとアリトラの部屋が一つずつあるが、階段を挟んで両側に配置されているので、鏡合わせのようになっている。リコリーの部屋は窓が北向きなら、アリトラの部屋は南向き。壁の傾斜もクローゼットの位置も真逆だった。

 リコリーは此処一週間ほど寝込んでいたが、そのために部屋はいつもより物が多く、特に水分補給のために置かれたボトルは、アリトラが洗い忘れたものも含めて三つも置かれていた。


「一人だと暇なんだよ……。リノ伯父様がお見舞いに来てくれた他はだれも来ないし」

「暇だからって風邪長引かせたら、もっと暇になる。エリートの癖に思慮が足らない」


 アリトラは半分怒った口調で言いながら布団を叩いた。生来、父親に似て体が丈夫なアリトラは病気に殆ど罹らない。その分、片割れが寝込むと看病に回ることが多い。


「それにアタシも大変なんだからね。リコリーの分のご飯、別に作らないといけないし、お洗濯だってお掃除だって気を遣うし」

「それは、ごめん」

「わかったら寝る!」


 床に転がっていた星型のクッションを掴んだアリトラは、リコリーが包まった毛布にそれを放り投げた。驚いたリコリーが声を上げたが、それに構わず周りを片付け始める。

 半開きの窓の外は既に日が落ちて暗くなっていた。寒々しい風が部屋に入り込み、病人の寝ている部屋とは思えない。


「世話がかかるんだから。後で温暖魔法陣持ってこよう」

「ごめんってば……」

「返事しないの!」


 窓を閉めたアリトラは、すぐ傍に魔法陣が描かれたガラス板があることに気が付いた。

 設計図も置かれているが、魔法が苦手なアリトラには一切理解出来ない。だが、一緒に積み上げられた手紙に書かれた署名は見覚えがある名前だった。


「……サリル?」


 紙束を掴み上げて、文面に目を通す。手紙を勝手に見るのは気が引けるが、リコリーが夜更かしをしてまでやりとりをしていた手紙には興味があった。

 片手間に片づけを進めながら文面を追っていたアリトラは、最後の手紙まで読み終えると数度瞬きをした。大きな赤い瞳には手紙の中のいくつかの単語が写っていた。


「なるほどね」


 それだけ呟くと、アリトラは硝子板へ向き直る。魔法は苦手でも勘の良い少女は、それが大体どのようなものか手紙の内容で理解していた。





サリルへ。


 マスターに「チーズは最初に固めに作って入れる」って伝えて。あとハーブ入れると美味しい。

 生の林檎。冷やす魔法陣。牛乳多め。


A・セルバドス

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る