2-5.サリルの手紙3

親愛なるリコリー


 何度言えばいいんですか。寝てください。

 朝起きたら、夜中の二時にメッセージを受け取った記録がありました。君の退屈を紛らわせたくて喫茶店のことを書きましたが、間違いだったかもしれません。


 しかし、途中で切り上げたら君は益々気になって寝なくなりそうですね。正直、私もあのパンのことは気になっています。この手紙が何かの切り口になることを祈ります。


 その前に質問の返信をしましょう。

 店のホットサンドですが、マニと比べて美味しいかどうか聞かれると判断に困るところです。こちらのは全体的にしっとりしているんですよ。マニのは縁までカリカリに焼き上げてるでしょう。なので食感が違うんです。


 それに具材も、マニではチーズとハムをベースにしているので濃厚な味わいになっている。対してこちらは、マッシュポテトやペーストなどを使っているので口当たりが軽いのです。

 なので一概にどちらが美味しいと決めるのは悩ましいのですが、やはり私はフィンの人間なのでマニに軍配を上げるとしましょう。


 そういえばホットサンドについて詳しく話していませんでしたね。写真は送りましたが。君は食べ物の話に目がないでしょうから、ついでに記述します。

 ホットサンドですが、よくある角切り食パンを使ったものです。分厚く切ったパンを二枚重ねて、四辺を押しつぶし、両面を焼いた状態で出てきます。マニは三角形になるように切って提供していますが、こちらのはそのままです。


 中には先ほど言った通り、マッシュポテトが入っています。マヨネーズを多く混ぜたもので、それが全体の味付けになっているようです。他には細く刻んだ根菜類や、同じ大きさの牛肉がぎっしり詰め込まれています。


 パンの内側に写真で見せたような豆のペーストが塗り込まれていて、それが焼かれることで香ばしさを出しています。果物のコンポートが入っているのも、フィンでは見ないスタイルです。


 その代わりにチーズなどは使われていないようです。こちらではあまり主流な食材ではないんだとか。研修先の人に尋ねたら、チーズ入りのパンなんてものも無いそうです。フィンでよく食べることを言ったら驚いていました。

 でもそんなことを言ったら、ハリではバター入りのヌードルが好まれるそうですし、お互い様ですね。


 さて、腐ってしまったパンのことでしたね。

 何しろ他国のことですし、私が危害を加えられたわけでもありませんから積極的には調べられないのですが、エレースに雑談がてら色々聞いてみました。


 あのコンテナは本店が使用しているもので、保温機能があるそうです。焼きたての状態で店に届けることが出来るそうですよ。興味があったので三時に伺って見せて頂きましたが、至ってシンプルなものでした。


 フィンとハリでは魔法陣の仕組みも少し違うのですが、マズル魔法を基盤にしているので解読は難しくありません。

 魔法陣はコンテナの容器部と蓋を跨ぐようにして書かれていて、蓋が閉じられることにより発動する仕組みです。蓋が開いた途端に効果も中断されるというわけですね。


 永続的効果があるわけではなくて、毎回温度を設定する必要があるそうですが、店と店の間で焼きたてパンを運ぶぐらいの用途であれば非常に有効でしょう。保温魔法はフィンのほうが発達していますが、なかなかハリも侮れません。


 あと、ハリではフィンと違って魔法陣を発光物質で描かなければいけない規則はないそうですよ。私が見たのも普通に黒い塗料で描かれていました。代わりに一つ一つの魔法陣に一意の番号が振られていて、それを統括局(フィンで言うところの制御機関ですね)が一元管理しているそうです。国が変わると魔法の制御も変わるのですね。


 パンと言えども当然量に応じて重さが増します。コンテナは大きい上に落下時のことを考えてか、四方が分厚く作られていましたので、意外と重かったです。


 運んできた男性は体格は良かったですが、いくらなんでもこれを担いで持ってくるほどの屈強さはありません。どうやって運んでくるのか尋ねたら、なんとポニーに曳かせてくるそうです。

 喫茶店の裏口を見たら、配達員の男性がポニーに飼い葉をやっているのが見えました。コンテナだけ乗るような小さな荷車も一緒にありました。


 毎日、大通りをポニーが通るときは、子供たちが大歓声と共に迎えるんだとか。確かにパンを曳いてくるポニーなんて子供には堪らないでしょう。

 荷車も見せて頂きましたが、ピンク色に塗られた上にパン屋の名前が書かれた可愛らしいものでした。いつもは店先に看板替わりに置いてあるのだそうです。傷も汚れもない綺麗な荷車ですから、さぞかし良い宣伝材料になるでしょう。


 私怨かいたずらが考えられると君は言いましたね。

 そうなると、コンテナに何か仕掛けをしなければいけません。タイミングとしてはいつでしょうか?

 パン屋から喫茶店までは二十分ほどかかります。その間はコンテナはポニーが運んでいますから、皆の目に触れています。誰かがそこに近づいたらバレてしまうでしょう。


 かといってパンを運ぶ彼がやったとするのは不自然です。自分に容疑の目が向くようなことはしないと思います。これが重大犯罪なら、あえてそうすることで容疑の目を逸らす、なんて手段も考えられますが、パンですからね。


 あまり長く書くと魔力が消耗するので、ここで一度切ります。

 あと食事は摂れていますから、ご心配なく。ありがとうございます。


サリル・N・ヒンドスタ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る