1-14.悲しい汽笛

 白い船体を朝日に晒し、豪華客船「ファデラース」は帰港した。船中泊で眠れた者も、そうでない者も、どこか安心したようにタラップを踏んで船から下りていく。

 港には出迎えの者もいたが、長旅というわけでもないので数は少ない。ほとんどが、出迎えを口実に船を見に来た見物客だった。


「リコリー、寝れなかったでしょ」

「だって、なんだか落ち着かなくて。お前、よく寝れるよね」

「揺れてるのが丁度睡眠のリズムに合ったみたい。でもやっぱり、自分の家がいいなぁ」


 仲良く船から下りた双子は、周囲に混じってターミナルの方へと進む。リムの姿はなく、そして船員達は何処か緊張した面持ちで招待客を見守っていた。恐らく昨日の出来事は、既に彼らには伝わっていると思われた。


「リムさん、いないね」

「そうだね。また喫茶店に来てくれるといいな。僕、あの人と話すの好きだし」

「アタシも」


 蒸気が緩やかに立ち昇る空は、すぐにでも雪が降ってきそうだった。フィンでは冬の間、雪の降らぬ日のほうが珍しい。

 リコリーは、結局見ることが出来なかったエンジンルームのことを思い出しながら、小さく溜息をついた。


「もっと色々見たかったなぁ」

「今度、母ちゃんが行く時にくっついて行ったら?」

「無駄だよ。多分、もう乗れない」


 昨日のリムの言動からして、この船にはある疑惑が掛けられている。殺し屋とその雇い主はサザーを殺して全てを闇に葬ったつもりだろうが、リムの存在には気付いていなかった。

 サザーの死因と殺し屋の関係について暴露されれば、この船舶は当分使用出来なくなる。


「でも、調査になれば法務部も少しは関われるんじゃない?」

「無理だよ。アカデミーの方に回されるに決まってる。それに動いていないのを見てもつまらないし。あぁ、勿体なかったなぁ」


 嘆く片割れを見て、アリトラはドレス用のコートに包まれた肩を竦めた。


「いいじゃん、今度ハリで色々見てくるんだから。あ、お土産買ってきてね。向こうには紫色の紅茶があるって聞いた」

「お土産は買って来るけどさ、遊びに行くわけじゃないんだよ」

「アタシも外国に行ってみたいなぁ。今度、父ちゃんに頼んで商談について行こうかな?」


 その時、双子は出迎えの人々の中に青い髪の背の高い男を見つけた。アリトラと同じ色だが、短く切っている分、明るい色に見える。双子の父親であるその男は、二人の姿を認めると笑顔を浮かべた。


「父ちゃんだ」

「お迎え来てくれたんだ」


 双子は嬉しそうにそちらへ向かって歩き出す。

 背後の豪華客船は、丁度最後の客が降りたところだった。当分、動くことのない我が身を嘆いてか、あるいはその詳細不明のエンジンの影響か知らないが、掠れた汽笛を海上に響かせていた。



END

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