8-8.ビスケットと手がかり

「おかえりー」


 片割れが戻ってきたのを見たアリトラが暢気に出迎える。その右手には小さな紙袋が握られており、左手には中から出したと思しき、ビスケットがあった。


「ビスケットあげる」

「どうしたの、これ?」

「さっき『ラグレック』の店長さんが通りかかって、一つくれた」

「誰それ?」


 袋の中から小さなビスケットを取り出しながらリコリーが尋ねる。アリトラはきょとんとした表情でそれを見返した。


「炭火珈琲とロールケーキのお店。前に一緒に行った」

「あぁ、あの店か。名前、見なかったから」


 ビスケットの表面はキツネ色に焼きあがり、中はしっとりと柔らかい。カスタードクリームが少しだけ入っているのが、食感と味の変化を産んでいる。

 だが何よりも目を引くのは、ビスケットが猫の形をしていることだった。焼いたことで少々輪郭がぼやけているが、それが愛らしさを助長している。


「これ、可愛いね」

「今度これでチョコレートアイスクリームをサンドしたものを出すらしい。ビスケットは店長さんの手作り。飽きのこない味で美味しい」

「ビスケットでアイスを挟むの? 美味しいのかな、それ」

「今度食べに行って確認する予定。それで、そっちはどうなったの?」


 話を急くアリトラに対し、リコリーはマイペースにビスケットを咀嚼する。動物好きであるが、特に猫を愛しているリコリーにとって、このビスケットは形からして愛おしかった。


「美味しい」

「美味しいのはわかってる。上で何かあったんでしょ。刑務部の人達が登って行ったし」

「せっかちだなぁ」

「だって父ちゃんに疑いかかったままで、落ち着いてられない」


 リコリーは片割れの言葉に寛容に頷き、そのついでにビスケットを飲み込んだ。


「だから、ちゃんと調べて来たよ。ラミオン軍曹のお陰で重要な手掛かりを手に入れた」


 三階でカレードと話したことを説明した後、刑務部が来てからのことをリコリーは付け加えた。


「照明管を取り外したところ、動力への接続端子のところに細工がしてあって、管の中に物を入れられるようになっていた」

「あれって誰でも弄れるの?」

「管の中に物を入れるだけなら、子供でも可能だよ。接続端子のところで割ればいいんだから。でもその後に再び照明管として使用する状態に戻すのは難しい」

「なんで?」


 首を傾げるアリトラに、リコリーは説明を行う。


「中に入っている魔法陣は動力供給線に接続されることで初めて発光をする。つまり、照明管と魔法陣は二つで一つの道具なんだ。ただの硝子管にあの魔法陣を入れても発光しない」

「あ、発光で思い出したけど、魔法陣は発光物質で構成されることが決まってるじゃない? でも家とかで使っている照明は、スイッチで消したら真っ暗になるよね。どうして?」

「それも、今の話に関わってくるんだけど……。まず魔法陣は発光物質で書くこと。これは基本中の基本だ。でも例えばそれにより著しく健康を損ねる可能性がある場合などは、排除出来る」


 明かりを消しても、魔法陣そのものが発光しているのは、眠りを妨げる恐れがある。一昔前はランプシェードの周りに布をかけるなどして対応していたが、病院施設などでそれを行うことは、緊急時の対応不備にも繋がるという声があり、改善が要求された。


「でも、単に発光物質を使いません。だと、誰かが悪用するかもしれないだろ? だから当時の制御機関とアカデミーとの共同開発で、今の照明管が出来たんだ。中にある魔法陣は、照明管の中にあり、かつ動力供給がない場合のみ発光しないようになった」

「流石、エリート。詳しいね」

「試験勉強で覚えた。まぁ、要するに非常に複雑な仕組みを使っていて、知識や技術のない人間では、管の中に何か物を仕込むなんて出来ないってこと」


 ビスケットをもう一枚口に入れたリコリーに倣い、アリトラも一枚手に取る。


「つまり照明管を弄ったのは、知識のある人。ところで中に入っていたのは?」

「もう一枚の魔法陣が書かれた紙」


 リコリーは左手の人差し指で、宙に四角を描いた。紙の大きさを示したものだが、それは大人の掌ほどの大きさで、正方形をしている。


「細く丸めた状態で、管の中に入っていた。非常に薄い紙で出来ていて、多分インクの吸い取り紙とか、写し紙とかだと思う」

「下の文字が透けるやつ?」

「うん。元々は本来の照明用魔法陣に巻き付いていたのが、照明の熱で外れちゃったんじゃないかな。だからラミオン軍曹が二度目に見た時に部屋の明るさが変化したんだ」

「なるほど。魔法陣の中身はなんだったの?」

「それがちょっと理解不能でさ。相談するために降りて来たんだ」

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