5-8.役者たちの主張
「聞こえてた?」
照明部屋から出たリコリーが通信魔法を使って話しかけると、アリトラが応答した。
「全然。話しかけても返事してくれないし」
「伯父様がいたんだよ。うーん、やっぱりあまり奥に行くと聞こえないのか。改善の余地有だね。今度は大気中の水素を……」
「そんなことどうでもいいから! 何話してたの?」
「あ、ごめん」
照明係の証言を伝えると、アリトラは「ふーん」と相槌を打つ。
「都合よく、あのシーンで魔法干渉が起こったとは考えられないから、誰かが故意に仕掛けたんだろうね」
「僕もそう思う。でも何処に魔法陣があるかとか、その性質とかを知っていないと、魔法干渉を計算して行うことは出来ない」
「劇場関係者が怪しい」
「そういうこと。さっきのディリスさんの証言は聞いていただろ?」
アリトラが頷いた気配がした。
「状況からすると彼女が刺したというのが理に適っている。でもそんなあからさまな状況で犯行に及ぶとも思えない」
「それを逆手に取った犯行だと言えなくもないけど、彼女が返り血を浴びていないというのが引っかかる」
「確かに。……あ、そういえばリコリーが気にしてた、被害者の右手は?」
あぁ、とリコリーは相手に伝え忘れていたことを思い出した。
ステージに上がった時に、丁度被害者の遺体が運び出されるところだった。
「手に何か握りしめているんじゃないかって言って、見てもらったんだけどね。何も持っていなかったよ」
「掌に痕もない?」
「何もついてないし、何かの欠片とかもなかった。念のため爪の間とかも見たけどね」
「……何もついてないの?」
「え、うん。両手とも綺麗だったよ」
「普通、刺されたらそこに手を当てない?」
「即死だったからじゃない?」
ステージ上には、また劇団関係者らしい男が増えていた。
軍服の衣装を身に着けている。王国軍として出て来た軍人役と比べると、腕章やブーツなどが凝ったものになっている。
恐らく将軍などの地位を演じているのだろうと、リコリーは判断したが、第一部には出てこなかった俳優だった。
年は四十近く、鋭利な輪郭に突き出し気味の大きな目が特徴的だった。
「事故ですよ!」
低いバリトンの声で、その男は主張した。
「彼はね、自分で持っていたナイフで、誤って胸を刺してしまったんだ」
「どういうことですか」
軍人の衣装をした男に、私服姿の軍人が尋ねるという、なんとも異様な光景だった。
上官に伺いを立てる下官のように見えないこともない。
「暗闇になった時に、彼は懐に入れていたナイフを手に取ったんですな。ディリス君にその刃を突き立てようとして!」
周囲はその発言に驚き、一斉に男を見た。
ディリスが慌てて口を挟む。
「ジントさん、どういうことですか。あれは……」
「ラスター君は兼ねてから、君の活躍を妬んでいた。ここだけの話だけどね、彼は「あの生意気な新人を少し脅かしてやろう」と言っていたこともある。どうするのかまでは知らなかったけどね」
「で、でも……」
「少しドレスの裾でも切って、怖がらせるつもりだったんじゃないか? 流石に彼が君を殺すつもりだったとは思いたくないね。だが、彼は誤って転落して、そして自分で自分の胸を刺してしまった」
ディリスの形の良い唇が噛みしめられる。蒼ざめた表情と相まって、まるで死者の面でも被っているかのようだった。
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