4-2.嵐の山小屋
スイ・ディオスカは嵐の山道を急いでいた。
フィン共和国は東西南北と中央の合わせて五区を居住区としているが、その五つに含まれない場所も多く存在する。
例えば南側にある貧民街などはその代表例であり、何処にあるか皆知っていながら、その正確な場所については口ごもる。なぜならそこには明確な住所や地名というものが与えられていないためだった。
スイが現在いる山も、五区の外にある場所である。
山を隔てて北側に行けば、隣国のハリ共和国に抜ける道。そして南側に行けば北区に入る道となる。
だが、平素は人も殆ど通らない場所には街灯なんて洒落たものなどあるわけもなく、日が落ちて嵐ともなれば、一寸先も見えぬほどの闇の世界だった。
スイは口の中に入り込んだ雨水を吐き出し、目を拭う。その視界には、闇の中で煌々と輝く灯りがあった。
山小屋らしい建物の戸に手をかけて、内側に開く。
雨と風が中に入り込んだために、そこにいた数人の男女が驚いたようにスイを見た。
しかし、入ってくるのを咎める様子や、怪訝に思う様子はない。
「雨宿りさせてくれ」
「構わんよ」
小屋は広く間取りを取った共有スペースと、いくつかの部屋で構成されている。
共有スペースのソファーに腰を下ろした老人は、杖に体重をかけるようにしながら言った。
「我々も全員、雨宿りだからな」
「あの、タオルどうぞ」
スイに白いタオルを差し出したのは、まだ若い女だった。
背が少し高いが、声質からして少女と言って差し支えない年齢のように見えた。
勝気そうな二重瞼と長い髪が特徴的で、しかし微笑むと愛嬌がある。
「ありがとな」
タオルを受け取って礼を言うと、少女は嬉しそうな顔をする。
「山越えですか?」
「あぁ、慣れてないから予定より大幅に遅れちまって。お陰でこんな時間だ。山小屋があってよかったよ」
「ふーん」
少女はスイの頭の上から爪先まで見た後、連れらしい少年の元に戻って行った。
少女とあまり背が変わらない少年は、なにやら疲れた顔をしていたが、少女に何か耳打ちされると、同じように視線を向ける。
そして、何か考え込みながらスイに声をかけてきた。
「失礼ですが、軍属の方ですか?」
「どこかで会ったか?」
「いえ、靴が」
少年が指さしたのは、スイが履いているブーツだった。
頑丈な作りをしているものの、毎日履いているために底がすり減っている箇所がある。
「山登りに慣れていないのに、その手の靴が磨り減るほど履く職種は限られていますから。それに泥に混じってわかりにくいけど、留め具が国軍の紋章だし」
「へぇ、賢いんだな」
「いえ、そういうの気になるだけです」
あまり社交的な部類でないのか、少年は語尾を小さくする。
入れ違いのように、老人と少年の間に座っていた女が口を開いた。
「でも軍の人間が、こんな夜中に一人で山登り? おかしくない?」
「好きで山登りしてるわけじゃねぇよ」
スイは髪の水を絞りつつ、面倒そうに答えた。
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