3-4.大いなる誤解
軍の医務室で手当てを受けていたアリトラの元に息を切らせて駆けつけたのは、片割れである少年だった。
「アリトラ、大丈夫!? 牛に殺されたって聞いたけど!」
「生きてる、生きてる」
何やら情報が歪曲して伝わったらしいリコリーは真っ青な顔をしていたが、アリトラが掠り傷だけなのを見ると血の気を取り戻した。
「何があったの?」
「それは、アタシが聞きたい」
アリトラが先ほどの出来事を説明すると、リコリーは眉を寄せて険しい表情になった。
「何言ってるの?」
「でも本当。カレードさんとかミソギさんいなかった?」
「いたけど…。母ちゃんと伯父さんと何か話してたから話しかけられなかった」
「母ちゃんも来てるの?」
「違法な魔法が使われたか、軍で使用している常設魔法陣の不具合の可能性があるって」
双子の母親は、フィン国の魔法制御機関の幹部である。
管理官と呼ばれる、軍と政府で使用される魔法、魔法陣などについて使用許可を下す立場にあるため、今回のような場合に呼び出されることは不思議ではない。
「リコリーはどうして来たの?」
「僕は家で母ちゃんとお茶してたんだ。で、連絡が入ってきたから一緒に来たってわけ」
リコリーは傍にいた衛生兵に断りを入れてから、治癒魔法と修復魔法を詠唱する。
アリトラの手足の細かな擦り傷が塞がり、着地の際に破けてしまったスカートの裾も元に戻った。
「別に大した怪我じゃないからいいのに」
「そういうわけにもいかないんだよ」
溜息をついたリコリーが語るところによると、来賓席に一人でいた少女が怪我をしたという時点で少々騒ぎになっていたらしい。
しかも身内だとして到着したのが、制御機関の幹部だということで更なる騒動となってしまった。
挙句の果てには、軍に所属する伯父までも出てきて、現在騒動を通り越して緊迫した空気が演習場に満ちている状態とのことだった。
「なんで来賓席なんかにいたの?」
「ミソギさんが用意してくれたのが、一般席じゃなくて来賓席だっただけ。わざわざ用意してくれたのに、それを蹴って一般席に行くのも変」
「ミソギさん、母ちゃんのこと知ってるから気を使ったのかもしれないけど……。アリトラはただのカフェの店員なのにね」
「リコリー連れてくればよかったかも。あ、ダメだ。リコリーの場合は本当に牛に殺されそうだから」
アリトラは座っていた椅子から立ち上がると、スカートの汚れを手で払った。
「大丈夫?」
「うん。それより、演習場に行こう。アタシもまだ状況を理解してないし」
双子が演習場に戻ると、牛は既にどこかに運ばれた後で、アリトラが座っていたソファーの周りには現場保存のためのロープが張られていた。
元はそれなりの値段だったと思しきソファーは真っ二つに折れて中の綿が露出している。牛の血らしい染みが周りに広がっていて、アリトラに関する事実の歪曲の原因を垣間見せていた。
「あ、双子ちゃん」
低い声に呼び止められると、カレードが駆け寄ってきた。
「災難だったな」
「折角の休日だったのに。あの牛のせいで滅茶苦茶」
「あの牛、何処から来たんだろうな」
カレードが首を傾げる横で、リコリーは口を開く。
「え、あの。本当に牛が急に出てきたんですか?」
「ん?」
「基地の周りの柵を突き破って入ってきたわけじゃなくて?」
「だから、急に空から降ってきたって言ってる。リコリー、アタシの話信じてなかったの?」
不満そうに口を尖らせるアリトラに、リコリーは口ごもりながら弁解する。
「いや、だって…。母ちゃんが連絡受けた時には「牛が演習場に現れて暴れた」だけだから、てっきり近くの牧場とかから逃げた牛が侵入したのかと思って。アリトラが何か見間違えたのかなって」
「残念ながらそうじゃないんだよ、兄貴の方。妹の方が話したことは正しい。というか侵入した牛なら、暴れまわる前に俺達がどうにか出来た。あまりに唐突に現れたもんだから、反応が遅れたんだ」
カレードはそう言いながら、ふと思い出したようにアリトラを見た。
「そういえばよくあれだけ冷静に対処出来たな。前から思ってたけど、反射神経いいのか?」
「普通だと思うけど。ただ右に飛んだだけだし」
「民間人にしちゃ上出来だ。何しろこっちの兵卒の何人かは腰抜かして動けずにいたからな。まぁ俺も隊長に怒鳴られてやっと動いたぐらいだが」
「あの、ちょっといいですか?」
溜息をつくカレードにリコリーが質問を投げかける。
「当時の状況を、詳しく教えてください」
「何でだ?」
「僕、一応仕事で来ているので」
「そうか、そういえば兄貴の方は制御機関だったな。俺にわかることならなんでも答えるが、魔法絡みのことは期待するなよ。俺達全員魔法使えないし」
「そこを調べるのが僕たちの仕事なので、カレードさんは見たことを全て話してくれれば大丈夫です」
「そういうことなら、任せろ。でも此処は少し騒がしいな」
カレードは辺りを見回して、既に誰もいなくなっている来賓席の一つに目をつけた。二人を連れて行くと、ソファーに座るように促す。
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