3-2.肩身が狭い席
フィン民主国では、軍人というのはどの地位であれ一定の尊敬の目を向けられる。
なぜならこの国には徴兵というものが存在しない。大陸中が平和なら兎に角、今も一年に一度はどこかで紛争が起きている状態で、徴兵制度がない国というのは珍しい。
つまり軍人というのは、強制されたわけではなく自らの意思で志願して国を守っている存在ということであり、それに対して民間人は感謝の念を抱いている。
しかしそれに胡坐をかいていると、今度は軍内の腐敗や志願者の減少に繋がるので、軍は自分たちの力の証明と志願者へのアピールも兼ねて、一ヶ月に一度は演習を行っていた。
基地内に設けられた観客席には人が溢れかえり、口々に最近の軍の功績やら、最新の戦車の話やらをしている。ある者は難しい顔で、ある者は興奮気味に、しかしいずれの視線も演習場に向けられていることは揺るがない。
その中で、アリトラは少々戸惑い気味に観客席に座っていた。
確かに数日前にミソギに観客席の手配をお願いした。あの後、店宛てに連絡があり、当日は入口でミソギの名前を言えば良いからと言われたので、その通りにした。
まさか若い兵卒に連れられて、来賓用の観客席に連れてこられるとは思わなかった。
「普通の席でよかったのに」
日差し避けのテント。革張りの二人掛けのソファー。
目の前にはすぐに演習場。左右を見れば同じようなソファーが並んで、いずれも社会的地位の高そうな顔触れ。そして一般席との間には、国軍に存在する全ての隊の旗が誇らしげに揺れている。
どう贔屓目に考えても、アリトラは場違いだった。
後ろを振り返れば、ただ木のベンチを並べてクッションを置いただけの一般観客席が見える。
「母ちゃんがいれば、まだいいんだけど…」
制御機関の幹部である母親であれば、この席に座っても遜色はない。
だがその娘たるアリトラは魔法使いにもなりきれない空瓶で、とてもこの席にいて良い身分とも思えない。
溜息をつきたい気持ちでいると、視界に鮮やかな金色が揺れた。
「どうしたんだよ。そんな水道管に詰まった鳩みたいな顔して」
「あ、カレードさん」
金髪碧眼の男は、普段と違い軍服を着込んでいた。
鍛えられた長身に、精悍たる美形が着る軍服姿というのは、一種圧巻ですらある。アリトラは半ば感心した目を向けた。
「
「普通の席でよかったんですけど、ご厚意で」
「ふーん。兄貴の方連れてこなかったのか?」
「別にアタシ、いつもリコリーといるわけじゃないと思うんですけど」
「そういう意味じゃないんだが、お前たち仲いいから」
「趣味が真逆。リコリーは今頃、図書館で本を貪り読んでいる頃かも」
「本ねぇ……。俺には無縁の世界だな。まぁゆっくり見て行けよ」
「はい」
カレードに話しかけられたことで、来賓席にいることがそれほど苦痛でもなくなったアリトラは、ソファーの背もたれに体重を預けて両手をまっすぐ上に伸ばした。
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