1-11.双子の推理

 路地に入ってから、まだ十メートルも歩かないうちに、十字路が姿を現した。

 街灯が心もとない光を発しており、整備されていない地面を照らしている。リコリーは左の道を覗き込んで、「うわ」と言葉を零した。


「こっち曲がるとすぐに分かれ道だよ。確かにこれじゃ、知らない人は道に迷っちゃうだろうね」

「出れなくなったらどうしよう?」

「流石にそれは誇張した話だと思うけどな。でも道順は覚えておくようにしよう。まずは事件現場だけど……」

「地面に足跡たくさんついてる方」

「うん、そう言うと思った」


 二人並んで路地を進む。


「さっきの話の続きしてもいいかな?」

「ペンの話?」

「そう。僕が思うに、被害者はずっとペンを右手に持っていたんだと思うな」

「新聞紙と一緒に。だってあれが死に際に書いたメッセージだとしたら、ペンと一緒に右手に握りこんでるのは変だもんね。それに被害者は肩口を貫かれていたんだから、握力だって相当失われていたはず」

「うん、だから実はあの紙とペンは事件には関係ないんだよ」


 得意気に自説を結んだリコリーに、アリトラは同意より前に質問を放つ。


「じゃああれって何だと思う?」

「被害者は靴の出来を確認するために、この路地を歩いていたんだよね?だったら、その時に気付いたこととかをメモしていたんじゃないかな。どう思う?」

「うん、意見は一致している」


 アリトラは頷き、そして足を止めて前方を指さした。

 街灯の下、黒いシミが四方に広がっている。まるで街灯の明かりが切り取ったかのように、その場所は静かに二人の前に存在していた。


「ここが現場みたい」

「あー、写真と一致するね」


 再び思い出したくない物を思い出しながら、リコリーは確認する。街灯の支柱にまで飛び散った血は妙な膨らみを帯びていたが、原因は考えたくもなかった。


「街灯の下で殺されたんだね」


 アリトラは血を見ても平然とした様子で、辺りを見回していた。


「ほら、街灯の下が一番血の量が多い」

「アリトラ、よく平気だね」

「これはただの血液。死体とは違う」

「そうかなぁ……」


 なるべく地面を直視しないようにしながら、リコリーは街灯に目を向ける。

 ここまで来る間に同じものが何本かあったが、いずれも二つ以上の道が交差している場所に置かれていた。

 路地裏全体は薄暗いが、頻繁に人が通るとも思えない場所なので街灯の数を最小限にしているようだった。

 一方のアリトラは、相変わらず周囲を見回しては首を傾げていた。


「どうしたの?」

「この人、靴のテストしてたんだから当然歩いていたはず。どういうルート使ったのかなと思って」

「あぁ……それなら街灯のある場所を辿って行ったんだと思うよ。魔法は使っていなかったんだし、資料を見てもランタンの類は持っていなかったようだからね」

「元々、此処に住んでいる人だから歩きなれてるというのもあったのかも。街灯を辿って行ったとすると…」


 アリトラは背後を振り返り、曲がりくねった道を眺める。十メートルほど先に微かに街灯の光が見えた。


「向こうから歩いてきて、ここで立ち止まった時に殺された」

「だろうね。向こうに行ってみる?」


 これ以上血を見ていたくなかったリコリーが提案すると、アリトラは首の動きだけでそれに賛成を示した。


「このまま此処にいたら、リコリーが貧血起こしそうだもんね」

「ち、違うよ。そんなんじゃない」

「男の人って血が苦手な人多いのかなぁ?マスターもあまり得意じゃないみたい」


 他愛もない話を続けながら二人は歩いていたが、街灯が近づくにつれて口数が減ったいった。

 残り二メートルに差し掛かったところで、リコリーが口を開く。


「聞こえる?」

「聞こえてる」

「これ、足音…だよね?」


 二人の後ろを追うように足音が聞こえていた。


「一人じゃないよね?何人かの足音だと思うんだけど」

「アタシにもそう聞こえる。振り返ってみて」

「僕が?」

「他に誰が?」


 リコリーは立ち止まって振り返ろうと歩幅を緩めたが、アリトラがその腕を強引に引いた。


「立ち止まらないでよ。距離が空く」

「勝手じゃない?」


 文句を言いながらも振り返ったリコリーは、そこに誰の姿もないのを見て青ざめた。


「誰かいた?」

「誰もいない」

「ちゃんとよく見た?」

「僕、お前と視力一緒」

「視力と観察力は違う」


 一つ目の街灯を通り過ぎ、次の街灯を目指す。

 暗闇の中でぼんやりと光るそれが、二人に取って唯一の目的地だった。


「幽霊の話、本当だったんだ」

「リコリー、この世に幽霊なんていない。いても武器は振るえない」

「そんなのわからないだろ。見たことないんだから」

「一理ある。でも多分いない。いたらこんな路地裏に引きこもらずに大通りで犯行に及ぶ」


 アタシならそうする、と続けた妹にリコリーは若干不安を覚えた。

 足音は規則的に、まるで列を成しているかのように乱れがない。怯える二人を見て楽しんでいるかのような、悠然とした足音だった。


「ね、ねぇ……。どうしたらいいだろう」

「路地裏から出るのが最優先だけど、残念なことにアタシ達はこの路地裏について全く知らない。街灯を辿って、運が良ければ大通りに戻れるかなってところ」

「まぁ街灯がある限りは道が存在するってことだからね」


 自身を安心させるようにリコリーは呟くが、アリトラはそれには反応しなかった。


「どうして被害者は、あの街灯の下で殺されたのかな」

「は?」

「理由があると思う」

「今、そんなこと考えなくても……」

「暗闇で、歩きながら文字が書ける?」


 唐突な問いにリコリーは一瞬反応が遅れたが、しかしアリトラの口調が本気だったため、すぐに思考を切り替えた。


「出来ない」

「だったら何処で書く?」

「えーっと、街灯の下で立ち止まって………。あっ」

「そう。靴職人は街灯の下で立ち止まって、ペンと紙を取り出した時に殺された。つまり、アタシ達が立ち止まったら後ろにいる何かは襲い掛かってくる」

「で、でもその何かって?」

「魔導装置」


 アリトラが呟いた言葉に、リコリーは目を見開いた。

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