episode2─過去の想い出、それは夏の想い

4話 君の真実を見た瞬間─透

 透は廃ビルに来た時の道を引き返していた。また、この道を通ることになるとは思ってもいなかった。彼女と出逢えたから通ることができる。そう思っていた。

 今頃、飛び降りてグチャグチャに死んでいる予定だった。すぐには身元も分からずに、しばらくゆっくりとできると思っていた。しかし、まだゆっくりできないようだった。

 さよならをしていたはずだった世界は、どこか広く、大きく、見えていた。

 空はどこまでも、どこまでも青く、時折大きくて白い雲が見える。蝉の声は先程よりも鮮明に聞こえて五月蝿く思う。

 こんな世界は、初めて見たような気がした。白明病を発症してから、初めて世界が綺麗に見えた。


「……」

「……」


 透と彼女には会話がない。とくに話すこともないからだ。

 ただ、一緒にいるだけ。

 ただ、一緒に歩いているだけ。

 ただ、少し前を歩く彼女についていってるだけ。

 少し薄い黒色。まるで、夜の終わりを迎える空のような長い髪。そして、はっきりと見開いて、どこか吸い込まれそうになる青色の瞳。

 こんな彼女も自殺をしようとしてビルに来たはずだ。ビルであの質問をしたのは、そん な彼女だったからこそだ。

 彼女と旅をすれば、なにかを知れるような気がしていた。

 なにか今まで知れなかったことを。

 なにか今まで気づけなかったことを。


「……そういえばさ君」


 彼女はふと振り向いた。


「どうしたの?」

「そんな病衣ふく着てるけど、他に服とかあったり……しないよね?」


 彼女がそう聞いてくるのも仕方ないことだ。それは、透が病衣を着ているからだ。

 今頃、透が抜け出した病院は大騒ぎになっているはずだ。それは透が不治の病、白明病だからだ。そう思うと、とても気持ちが良い。


「うん、しないよ」

「そっか、やっぱりね……じゃあ、旅を始める前に私の家行くからね」

「なんで?」


 そう聞くと彼女はため息をついた。


「なんでって……君ね。そんな服装だと目立つからに決まってるでしょ。なにもできなくなるよ」

「なるほど、確かにそうだね」

「ほら早く行くよ」


 しばらく歩くと急に彼女の足が止まった。


「どうしたの?」

「……」


 聞いても返事はなかった。そして、返事の代わりにあったのは震えだった。

 なにかに恐れているような。

 なにかに怯えているような。

 彼女からは、そんなモノが感じ取れる。

 そんな視線の先を見ると制服を着ている二人組がいた。一人は髪を金色に染めていて、もう一人は茶色に染めていた。いかにも、チャラチャラしているのが分かる恰好だった。


「あれあれぇ、どうしたんですかねぇ。こんな所をのんびりと歩いているなんて」

「今日学校サボってたくせに良いご身分ですね。羨ましいよぉ」

「ほんとだねぇ。私達が大変な思いしてたってゆうのに、ねぇー」

「ねぇー」


 そんな2人のやり取りを、彼女は黙ったまま見ていた。いつも見ている光景を見るようにして。彼女は呆れている様子だった。



「黙りですかぁ。そんなことしてぇいいのかな?どうなのか知ってるのかなぁ」

「……」

「なんか言えよぉ!このクソ野郎っ!!」


 ──バシッ。

 その甲高い音は蝉の声に負けない大きさだった。そして、その音とともに彼女の顔は横を向いていた。彼女は叩かれたのだ。

 彼女は反応しなかった。ただ、ゆっくりと顔を元に戻し二人組を見た。そして、その動作はスムーズだった。

 透はその光景に慣れを感じていた。いつもされているような、いつもやられているような。彼女はそれに慣れているように見えた。

 透はこの様子を見て苛立っていた。

 彼女が自殺をしようとしていた理由は、きっとこれだろう。

 イジメ。

 最悪な行為。

 他人ひとを追い込む行為。

 他人ひとを追い込める行為。

 そして、他人ひとを自殺させる行為。

 きっと、この二人組はそれらのことを分かっていない。だからできるのだ。そして、なんとも思わないのだ。

 そう考えると、透の体は勝手に動いていた。そして、彼女と2人の間に立つ。


「誰あんた、邪魔なんだけど。どけよ」

「これ以上あの子に関わらないで」


 金髪に近づいて出した言葉は、透が思っていたよりも低くかった。それくらい透は腹を立てていた。

 金髪はビクッと体を震わせる。先程の彼女のようになっていた。しかし、茶髪はまだ喋り続ける。透の声に恐怖を感じていなかったようだ。


「いきなりどーした?あっ!もしかして彼氏だったりするの。だったらやめといた方が良いよぉ。だってこいつ…………」


 そんな茶髪を黙らすために透は近づく。その距離は人一人入るか入らないかで、とても近かった。

 茶髪はそれでも様子を変えなかった。けれど、それは透も知っていたことだ。このような人は普通のことではなんとも思わない。

 だから少しだけ腕をまくる。そして、僅かに感染している証拠が見える。


「僕、白明病だよ」


 白い痣。それを見せて告げた。すると、二人はすぐに怯えた表情をする。

 そして、走っていなくなった。

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