7-07


 ゆきのとシトリンは、地上に降りていた。モーリオンが、ただ見栄えをよくするために設置した噴水の前で、ゆきのはシトリンに静かに語りかけた。


 「さぁ、戦いましょう───もえぎ・・・


 アメジストとは対照的に、シトリンは、ゆきのの前から一歩も動こうとしなかった。


 「わたしは、あなたが気づいていないと思ってた。……なぜ、隠していたの」


 「私も、最初は気づいていなかったんですよ」ゆきのは落ち着き払った口調で答えた。「入学式の日、どきどきしていた私に、あなたは話しかけてくれた。ほんとうにうれしかった。ただの憧れでしかなかった学校という空間に、なじんでいけるかもしれないって、そのとき初めて実感できたんです。


 あなたの中に自分と同じ価値観を見て、同じ宇宙法の下にある存在だと気づいた後も、私、その感覚を失いたくなかった。


 ねぇもえぎ。私、それでもいいと思ったんです。あなたがクリスタルから離れ、ただ学校を楽しもうとしていることがわかったから。私もともに、あなたとともに、同じ場所へ到達できるなら、それは幸せなことだと思ったのです。


 でも、そうではないんです」


 ロウシールドの外を風が吹き、木々を揺らしている。ふたりは未だ動かない。ゆきのの語りかけが訥々と続いていた。


 「もえぎ。私たちは、一度歩みを止める時期に来ました。あるべき分岐点を探して、一度辺りを見回すべきなんです。


 私は少しでも変わってみようと思います。自らを高め、強くなれる選択肢を探します。あなたには、何ができますか?」


 シトリンは答えた。「わたしがシトリンだと知っているのなら、気づいているはずよ───わたしは精神体。あなたは死者。わたしたちが過ごすのは本当の人生・・・・・じゃないわ。そんな現実の悲しいさだめに引きずられる必要はない。わたしたちが変わっていく必要なんてないのよ? ……このまま、このまま友達でいましょう?」


 「いいえ」


 ゆきのは、ぎゅっと唇を噛みしめて、シトリンの言葉を否定した。


 「予想はしていました、でも、その答えは聞きたくなかった───悲しいけど、あなたは、私が倒さなければならない敵です。私は、私が歩むこの道をニセモノにするわけにはいかないんです───弱い、とても弱い私が、自分の弱さをすべて抱えて立ち向かう、本当の人生・・・・・なんです!」


 ゆきのは肩からローズアームズを取り出した。わずかに反りのある身を持つ巨大な刃物にその形状を変える。昔話の本の中で弁慶が持っていた───薙刀なぎなただ。ゆきのが入った部活とは、これだったのだ。


 ゆきのはローズナギナタを正眼に構え、切っ先をシトリンに向けた。


 「ゆきの───ゆきの? なにを怒っているの?」


 シトリンがうろたえている。


 「いずれにしても、私はみずきさんがクリスタルを倒すと信じてここにいます。クリスタルが倒されたら、あなたもいなくなるのでしょう? ならばせめて、私は自分の手であなたとのけじめをつけたいんです。残されたわずかな時間で、戦闘用に作られた者同士ができることは、残念ですがこれしかありません。


 私とあなたは、今ここで傷つけ合って、許し合って、そしてさよならです。もえぎ、今まで本当にありがとう。とても楽しかった。


 ───さぁ、過ちを犯しましょう。友情を断ち切る儀式を始めるんです。いとおしいほどナイーブなあなたが、もしもそれに耐えられるものなら!」


 立ち尽くすシトリン。ゆきのは、ナギナタを手に持ったままその両手をゆっくりと高く天に差し上げて、ポーズを取った。


 「Climbing, White Vine!」




 要塞と化した鈴木征功邸が目の前に近づいてくる。近づくほどに、威容がいよいよ増してくる。


 三階建の洋館は、今や黒光りする鋼の塊。自分ではない何かと融合しながら不死を誇った、モーリオンの最終形態だ。


 屋上には、針山のように無秩序に砲身が突き出した区画が、碁盤目にずらりと並んでいた。砲身は自由に動かすことができ、下方向にも仰角がつけられるので、ほとんど死角なく全方向に弾を撃ち出せるようになっている。


 その下は貨物コンテナを積み上げたようになっていて、あたしたちが近づくとそのいくつかの側面がばかりと開いた───中にはペンシルミサイルがぎっしり詰まっていた。ひとつのコンテナに搭載された分だけで、今まであたしに向けて射出された数をすべて足し算してもまだ余りあった。


 両翼からは、バクテリオファージの脚を数十メートルに巨大化したものが節足動物のごとく多数伸び出していた。その先端は四つに分かれ、ものをつかめるロボットアームになっている。アームの指先には小型の砲口も組み込まれており、接近戦も射撃戦もおまかせということらしい。


 中央の尖塔だけが元の建物のかたちをやや残していて、その突端にモーリオンの腫れぼったい顔が見えた。人間の面影を残しているのは、その部分だけだった。


 他のすべてを捨てて備え付けた、やたらに威圧的な武装。あたしは背筋が凍る思いがした。ヤツが生に執着しているのはわかる、でも、この姿は、生だと言えるのか?


 「こんなのを相手にするのか……?」


 だが、めぐみは簡単に言ってのけた。


 「楽勝だよ、お姉ちゃん」


 一瞬、あたしを心配させまいとして強がっているのかと思った。違う、その瞳は勝利を確信していた。


 「ここはひとりで大丈夫。ミサイル一発だって通さない。だからお姉ちゃんは行って。クリスタルを、絶対逃がさないで。───ほら、あれ!」


 めぐみが要塞の上方を指差す。屋上が開き、中から円盤状の光る物体が現れて、空へ昇っていくのが見えた。


 「ねぇおじさん!」めぐみがモーリオンに呼びかけた。「あれが、クリスタルなの?!」


 「そうだとも。あそこにクリスタル様はいらっしゃる」尖塔頂部のモーリオンの顔が揺れ、声を発した。もはや、声帯が人間同等のものとして再現されていない。心の底まで機械化されたような、奇妙にこもった声。「貴様らに邪魔はさせん! フハーハハハハハァ!」高笑いとともにコンテナから大量のミサイルを吐き出し、あたしたちの行く手を塞ぎにかかる。


 と、めぐみがすばやく反応した。肩飾りからローズショットを取り出すと、ローズキャノネイドと同様に四つに分割し、肩と下腕部にあてがって砲身に変化させた。キャノネイドよりも若干細く、小さい。


 「ローズ・クラスター!」


 四つの砲身から、いっせいに光弾が発射された。比較的低速で、まるで野球部のノックのように並んで山なりに撃ち上がった。高速弾の連射であるキャノネイドと比べると地味に見えるが、ローズクラスターは威力を求められた武装ではない。なんとなれば、光弾は山の頂点に達すると弾け、多数の小さな光弾に分裂するのだ。


 細かく散らばった小さな弾が弾幕となり、モーリオンの光弾やミサイルを迎撃した。弾と弾がぶつかって破裂し、その衝撃に別の弾が巻き込まれ、連鎖的な破壊が起きてすべての攻撃を瞬く間にかき消したのだ。後に残るのは、立て続けに発生した閃光とその残像、そして攻性粒子が四散して生まれる爆煙だけだった。


 一方で発射の反動はすさまじく、めぐみの小さな体はかなり後方まで弾き飛ばされた。めぐみは歯を食いしばりながら耐え、すぐにスラスタを最高出力でふかして戻ってくると、あたしの手を一瞬だけ握った。


 「行って! クリスタルを、絶対やっつけて!」


 あたしは強くうなずき、それからお互いに背を向ける。あたしは上昇する円盤を追い、めぐみはモーリオンとの間に割って入った。


 「させるかぁ!」モーリオンがまたいっせいに砲口を開いて、ミサイルをばらまいた。


 「こっちだってぇ!」めぐみがクラスターを発射し、分裂させる。再びすべてのミサイルは相殺された。宣言通り、めぐみは一発もモーリオンの攻撃をそらさなかった。


 「……なんてことだ、このいまいましいガキめ……」


 「そうだよ。あたしは、あなたの大っ嫌いなイマドキのガキ。あたしもおじさんみたいな勝手なオトナ、大っ嫌いだ!」

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