7-02
声が届く。
三人の声だけしか聞こえない。でも、それで十分だった。三人の声があたしの中のがらんどうを埋めていく。入り込んだクリスタルを希釈していく。温度が急に上がって、何かがぱっと弾けた。
そしてあたしの視点は、がらんどうの外に弾き出された。がらんどうの中と外とを、揺れながら行き来する、ほうき星になった。
そうか。そうだったんだ。
あたしのかたちは、あたしの中にはないのだ。あの果てしなく闇の続くがらんどうは、あたしが認識できる世界のほんの一点でしかないのだ。
だから他人が必要なんだ。あたしと、あなたとの距離が一辺であり、あたしと、別のあなたとの距離がもう一辺であり、そうして引かれた線分と時間軸によって作られる立体が、あたしのかたちを決めていくのだ。その線分が、色のついた実線として存在することを、理解しているかどうかなんだ。
友情とか愛情とか、認められるとか必要とされるとか、そんなウェットで流動的なこととは関係ない。
ローズフォースじゃない。ロウシールドじゃない。人間かモノかとか、生き死にでさえ、この事実をはるか超越したところにあるとても高等な命題だ。
あたしは、めぐみに、さおりに、ゆきのに出会わなくちゃいけなかったんだ。
あたしのかたちはあたしの中にはない。あたしの中で探し続けていたから、そのちっぽけな容積に恐怖を感じたんだ。どこかの誰かがすべて定めてしまうような、そんな漠然とした脅威を感じたんだ。
クリスタルはあたしのそんな心につけ入ってきたのか? 違う。きっと違う。クリスタルも、この巨大ながらんどうの外に何かあるなんて知らなかったのだ。けれどさおりは知ってた。「カンケー者」というとても狭い範囲でも、それが外にあるって、彼女は確かに知ってた。
パズルのピースが埋まっていくように、自分の欠けがいくつもいくつも収まっていく途中で、別の悲しみもまた、胸の中にわき上がってきた。
今さら気づいたって、もう、手遅れなんだ。
あのとき───事故のとき、なぜ、あたしはもっと強くブレーキを引かなかったんだろう。なぜ、もう一度、体勢を立て直そうとしなかったんだろう。
あたしは命を無駄にした。
いま、はっきりと、そうわかる。
あたしは命を、人生を、青春を、短い一九年で作り上げたものをすべて無駄にした。二度と取り返せない。自分が気づいていなくとも、自然に、けれど確かに作り上げていた立体を、あたしは粉々に砕いてしまった。どんなかたちだったのか、もう一度確かめたくてしかたない。でもそれはもう無理なのだ。もしかしたら美しく輝いていたのかもしれないそれを、あたしは自分自身の葬式で見送った。
今のあたしのかたちは、痩せ細った三角錐に過ぎない。あたしと色づく線分ではっきりとつながっているのは、たったの三人だけなのだ。
でも、今は。
かたちあることを悦びと信じよう。信じなくちゃいけない。
それは、この上もなく強くあたしと結びついた三本の線分だ。
あたしは、頭からかぶっていた掛布を、そろそろと下ろした。
ゆっくりと、体を起こした。
白い部屋。簡素な白い服。何もかもが真っ白な中に浮き上がる、ゆきの、めぐみ、さおり、見慣れた顔と手肌。
心も体も引き裂く苦痛と、心も体も温める悦楽とに同時に襲われて、あたしの眼から涙が溢れ出した。
あたしたちは、四人で、それぞれに異なる四つの立体なんだ。
ゆきの。めぐみ。さおり。あたしもまた、あなたたちを作るひとつの点なんだね。
「どうしたのよぅ、あんたらしくもない」さおりが、肩に手をかけてくれた。めぐみが、手を握ってくれた。ゆきのが、そっと背に手を触れてくれた。
それは幻でもかまわない。
嘘でもかまわない。
死者でも、かまわない。
涙はとどまることがなかった。
あたしはモノだ。単なるひとつの立体だ。あたしは生きてなんかいない。はじめから生きてなんかいなかったんだ。あなたとともに作り上げたプロダクト。それがあたし。もし命や魂というものが本当にあるならば、その器が作られてはじめて宿るものなんだ。
サンフラワー。みんな。あたしを作ってくれて、ありがとう。
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