3-08

 ……終わったようだ。


 三角形の頂点から中心に戻り、四人そろってうっすら光るバスケットボールを囲んだ。


 ぷはぁっとそれぞれに大きく息をついた。骨の───じゃない、内部機構のきしむ感覚が少し残っているが、どうやら壊されずに済んだようだ。


 こういうときの挨拶は、「おつかれー」さおりがよくわかっている。「おつかれさん」あたしは答えた。これを四六時中言うようになったら、やっぱり労働者だよな。


 その言葉に反応して、みなそれぞれに顔を見合わせて、ちょっと汚れた顔でにっこりと笑い合った。こんなやり方でいいのかどうか、課題は山ほどあるが、ともあれ、ローズフォースは初実戦で初勝利を収めたわけだ。


 そのとき、「おつかれさん」男の声がした。


 「あぁ、あんがとさん」


 てっきりサンフラワーが来たものだと思った。あたしは手の中に持ち上げていたヌガー入りの網を投げ渡すところだった───でも、サンフラワーの声とも言葉遣いとも違っていた。


 はっとして声のした方向を見た。


 「よ」


 金髪の男が宙に浮いている───黒い革のロングコートを前を開いて着込み、その下には値の張りそうな黒のスーツが見えている。クリスタルだ。フライングローズでの戦闘直前と同じスタイルをしている。


 「元気だな、お嬢さんたち」


 あたしたちはいっせいに身を硬くした。フライングローズ上でのブルーローズとの戦闘が、脳裏でぐるり一回転する。


 どうにかローズショットを抜くという判断ができた。あたしは銃口をクリスタルに向け、両手で構えた。「何の用だ?」


 「おっと、戦う気はない」クリスタルは肩をすくめながら、両手を挙げた───かと思うや、いきなりワープしてあたしの背後を取った。……速い! 他の精神体が見せる緩やかな陽炎のエフェクトがほとんど出なかった。近距離だったから? いや、それにしたってアメジストと比べたら雲泥の差だ。


 あたしはなすすべなく、ローズショットを持つ手をつかまれ、押さえつけられた。「だいいち、こんなしょぼい武器では俺に傷ひとつつけられんよ」


 「離せ!」あたしが振りほどこうとすると、クリスタルは意外にもあっさり解放してくれた。あたしたちとクリスタルは、また少し距離を取って向かい合う。


 あたしはローズショットを薔薇飾りの中にしまい込んだ。悔しいが、今のあたしたちでかなう相手ではなさそうだった。何しろブルーローズが勝てなかった相手なのだ。


 逆にクリスタルから見れば、あたしたちはザコ以前の存在ってことだ。大胆不敵にも、下位精神体も引き連れずひとりきりで現れたのは、それだけ自信があるのだろう。


 ヌガー入りのボールをクリスタルに突きつけてみた。「こいつは、あんたがけしかけたのか?」


 「いいや、違うよ? そいつが勝手に来たんだ。そういうことにしといてくれ」クリスタルはうそぶいた。


 「じゃあ、何しに来たんだ?」


 「そうさな。……君たちの力を確かめに来たというところかな」相変わらずさわやかな流し目! 正直、こんなところで見せられても気色が悪い。


 「鉄砲玉にしか役に立たん輩にずいぶん苦戦したようだが、まぁ、実戦経験を考えれば素晴らしい内容だったと思うよ。さすがにサンフラワーの技術は侮れん。ブルーローズが肉体を犠牲にしてかばっただけのことはある」


 何を言いたいのか、といぶかったところで、クリスタルの口調が変わった。軽口だったものが、一転重々しく。


 「実力を確かめた上で、君たちと交渉がしたい」


 「……交渉?」


 「俺とブルーローズは敵同士だが、俺と君たちは敵同士ではない。違うか?」答えに詰まった。「なぜなら君たちとブルーローズは、道具と使用者の関係だからだ。道具に敵も味方もない。そうだろう? だが、俺は君たちを、交渉に値する人格持つ存在と定義する。……どうだ? このことに不満があるか?」


 思いがけない言葉に、あたしたちは押し黙った。あたしたちを、モノではなく、ヒトとして扱うと言っているのか? あたしは一瞬ぐらりと来た。それこそが望むものであるような気がした。


 あたしたちが置かれている立場は十分理解した。それに対する、サンフラワーの態度も。あたしたちは、人間社会から切り離されており、だから人間扱いされない。重要なモノとして扱われている。望むと望まざるとに関わらずそれを事実として受け入れるしかない……それを、受け入れなくていいというのか? あたしたちは、モノか、ヒトか、それを自分自身の意志で選び取れるというのか?


 「なぁ、レッドローズ」クリスタルの声は馴れ馴れしくもあり、しかし一流の弁者のように引き寄せられるものでもあった。あたしが他者に対して前面に出してしまうような、心の壁が言葉から感じられなかった。誰もかもを容認する準備がなされ、誰もかもに呼びかけていて、彼なら何かしてくれるだろうという期待感に満たされそうな、そんな気がした。寄り添ってしまいそうだった。


 一方で、何か企んでいるのかもしれないと、頭の中で警鐘が鳴った。その期待感自体を唾棄すべきようにも感じた。あたしは精神的に一歩退いて、彼が言葉を継ぐのを待った。


 「理念以外に、俺とブルーローズに何ひとつ相違はない。ブルーローズにできることは俺にもできる。その気にさえなれば」


 「……何が言いたい?」


 「俺も粒子プログラミングには一家言あるんだがね。どうだ、俺がフライングローズと同等のメンテナンス設備を提供できる、と言ったら、どうする?」


 「どういうことだ?」


 「サンフラワーなど無用だと言っているのさ。俺には君たちを迎える準備がある。兵器ではなく、兵士として迎え入れ、ともに戦う環境を作り出せる。モノではなく生きた人間に、個性の認められる自由な生命に戻れるんだ。───そして、それ以外に地球を救うすべはない」


 クリスタルが最後に付け加えた、少し引っかかる言葉───だがそのとき、ふっと頭上に大きな物体が去来して、星々をかき消した。フライングローズだ。どうもこいつは、大気圏内での飛行速度があたしたちより遅いらしい。その下部がぽっと開き、白衣姿のサンフラワーが腕組みしながら直立不動の姿勢で音もなく下りてきて、あたしたちとクリスタルの間の空間に立ちふさがった。


 「妙なことを吹き込まないでください」サンフラワーはクリスタルに言った。


 「てめぇに用はねぇよ」クリスタルは軽口に戻って髪をかき上げた。「レディとの会話に割り込むとは、無粋な奴だ」


 「大きなお世話です。───今ここであなたを逮捕してもいいんですよ」サンフラワーはそっけなく言った。


 「できもしないくせに」クリスタルは、侮蔑をこめて下目使いにサンフラワーを見た。


 お互いしばらく黙っていたが、やおらクリスタルが一歩身を引いた。「今日はこれで失礼することにする。だが、またいずれ会うこともあるさ。───だが覚えておくがいい、君たちが仕える相手は、何も生み出すことのない空虚な偽善者だ」次の瞬間、その場にワープエフェクトが生まれ、クリスタルはあたしたちの前から消えた。


 サンフラワーはしばらく彼の去った虚空を睨みつけていたが、やがていつものヒマワリ顔であたしたちに向き直った。


 「ご苦労様。あ、それは預かりましょう」あたしの手から、ヌガー入りのバスケットボールを受け取った。「あんな奴の言うこと、聞いちゃダメですよ」


 「でも」ゆきのが何か言いかけるところ、サンフラワーは遮った。「死者が生き返るとなんと呼ばれるかご存知です? ゾンビ、っていうんですよ。あなたはそうなりたいのですか? さぁさぁ、メンテナンスをやりますよ」

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