第二十四話 オズとアルスの罰則
「リ、リノちゃんと戦うなんて……、ボクにはできない! 棄権する!」
「棄権なんて許しませんよ! そんなことしたら、ルークさんのこと嫌いになりますからね! バスターなら、正々堂々と戦ってください!」
「そ、そんな……ボクはどうすれば…………ヘブゥッ!」
『お~~っと! ギュメイさん、Gブレードを使わず拳でいったぁ~~! ブレア君は戦う気がないのか! ギュメイさんの連続パンチがブレア君に叩き込まれていくぅ~~!』
「ルークさん! いい加減、まじめに戦ってください!」
「ムリだよ……ブフゥッ! リノちゃんに手を上げるなブヒィッ! んて……ボクには死ヘブシッ! んでも……できなグバァッ! …………ハァハァ……なんか、気持ちよくなってきたかも……ングブゥッ!」
公衆の面前でリノにボコボコにされるルーク。アブナイ性癖に目覚めつつあった。
「もう!! ルークさんなんて、大っ嫌いです!!」
「――グハアアアアァァァァッ!!」
渾身のパンチが炸裂し、ルークは吹き飛ぶ。リノのセリフによって、精神的ダメージが許容量を超えたのは間違いない。ルークは気絶していた。
『ブレア君、立ち上がれない! 戦闘不能だぁ! 試合に敗れ、恋にも敗れるぅ~~! さぁ、最後まで闘志を失わず、数々の激闘をくぐり抜けたのはこの生徒! 一年生個人戦、優勝者は――リノ・ギュメイさんだぁぁぁ~~!!』
「……という感じで、ボクはフラれてしまったんだ――! うわああぁん!」
「もはやギャグだろそれ」
オズが目を覚ましたのは、なんと闘技祭が終わったあとだった。二日以上も寝ていたことになる。それだけ限界を超えて戦っていたということだ。聞いたところによると、ハインはオズよりも早く目を覚ましたが、それでも一日以上は起きなかったそうだ。
医務室で起きたオズは、みなから闘技祭の結果を聞いていた。起きて早々うるさいルークの話によると、一年生個人戦の優勝はリノ。ルークは準優勝。アルスは準決勝でルークと死闘を演じたが辛くも負け、三位決定戦でも疲労が抜けきらずに負けて四位だった。
アルスとリノはかなり機嫌が悪かった。ルークの不甲斐なさを考えれば仕方のないことだ。リノはまだ怒りが収まらないようで、ルークと目も合わせようとしない。
ルークは放っておき、オズはセナやユーリから話を聞く。上級生の個人戦はシエルが優勝。決勝戦で帝国貴族会のトップ、ライナー・ツァールマンと当たったが、圧倒的な強さで勝ったという。三位は決闘クラブ部長のフィリップだった。団体戦は決闘クラブが優勝。準決勝は帝国貴族会だった。
* * *
闘技祭が終わって少しすると、学園は長期休暇――冬休みに入った。休暇中は里帰りする生徒もいるが、ほとんどの生徒は学園に残る。実家が遠いと、移動だけで無駄に休暇を消費してしまうのも理由のひとつ。だが何よりも、長い休みを利用して
オズたちも、そういう理由で全員が学園に残っている。今日も
「おまえたち、呼び出された理由はわかるな?」
二人を呼び出したのは、スチールクラス担任のフウカだった。場所はフウカの教官室。大きな机の向こうにどっかりと座りこむフウカだが、身長が低すぎるため胸から上だけがちょこんと出ている。その様子からは普段の威厳は感じられない。
「えっと……なんででしょう?」
オズは遠慮がちに訊いた。いくら威厳が感じられないと言っても、彼女は怒らせたら怖いのである。
「罰則だ。忘れたとは言わせないぞ?」
「……ああ、クラブ勧誘会の時の。でも、アルスは関係ないはずですけど……」
ちらとアルスを見ると、朝早くから呼び出されたせいか大きな
「アトラスには授業態度が悪いと先生方から注意が入っている。そのための罰則だ」
「――ハァ!? 聞いてねえよ!」
「このままだと平常点が低すぎて単位を落とすことになるぞ? 先生方は罰則で手打ちにしようと言って下さっているんだ」
「……チッ。わーったよ」
アルスは仕方ねえとばかりに肩をすくめた。いちいち態度が悪い。
「さて、罰則だが休暇中の学内清掃とする。分担はこの紙に書いてあるから読め」
「清掃……ですか」
フウカから渡された紙を読んでいく。教育棟、食堂、学生寮、演習場……思ったより多い。数日かけてやるみたいだ。
「おい、オレの方が
「たしかに。アルスの方が分担が重いな」
「それは当然だ。リトヘンデには情状酌量の余地があるが……アトラス、お前にはない。文句を言うなど言語道断だ」
「なんだとォ……ざけんなよチビ!」
「――あ゛?」
室内にピシリッと異音が響く。凄まじい殺気にゴンが「きゅ!?」と飛び上がり、オズは「おい、謝れよアルス……!」と肘でつつく。……が、もう遅かった。
「リトヘンデ、お前は先に清掃へ向かってろ。アタシはこの
「オハナシだぁ!? 望むところだ!」
「…………」
オズは飛び火はゴメンだとばかりに無言で退室した。
ドカッ、ボコッ、ベシィッ!
閉じられた扉の向こうで激しい戦闘音(?)が聴こえる。
――数分後、顔をボコボコに腫らしたアルスが部屋から出てきた。フウカの肉体言語による教育を甘んじて受けたらしい。……まさか、ルークのように新たな性癖に目覚めつつあるのか? アルスの顔はあまりにもボコボコに膨れ上がっていたため、表情はよく読めなかった。
「きゅう?(大丈夫?)」
「……うるせぇ」
ゴンに心配されたのが気にさわったらしい。
「あー、じゃあ行くか、清掃」
「……おう」
大人しくなったアルスを連れ、オズは清掃に向かう。
* * *
「うー、さみー」
教育棟のそばの道端で。オズはぶるりと肩を震わせた。学園都市フロンティアの冬は雪が降るほどではないが、それでも制服のみだと肌寒い。マフラーとか手袋なんかがほしいな、と思いながらオズは掃き掃除を進めていた。
「アルス、まじめにやれよ」
「うっせぇしばくぞ」
「フウカ先生に言うぞ?」
「……チッ」
地面にヤンキー座りをきめこんでいたアルスは、のそりと立ち上がった。
結局、オズは分担を無視してアルスと二人で清掃をしていた。アルスが絶対にサボるという確信があったからだ。それで怒られるのがアルスだけならいいのだが、連帯責任とかにされそうで怖かったのである。
「いい見せ物だぜ」
箒を片手にアルスは吐き捨てた。通りがかる学生たちが清掃中の二人に視線を向けてくるのだが、アルスはそれが気に入らないらしい。だが、見られるのも当たり前だ。学内を清掃する学生など見たことがない。おそらく「罰則を受けて清掃させられている」のはバレバレだろう。通りすぎる学生たちが、たまにクスクス笑っている。
「あぁん!?」
「――ひっ、ごめんなさい!」
笑う学生へガンをきかせるアルス。数人の学生はサッと退散していった。
「やめろよアルス、また問題事を起こす気か?」
「……ケッ」
アルスはのそのそと掃除を再開した。
しばらく、箒を動かしながら
「そう言えばよ、ゴンの野郎はどこいったんだ?」
「ん? ……あれ?」
辺りを見回して気づく。ゴンがいない。目を離したスキにどこかへ行ったようだ。困ったことに、こういうときはゴンも厄介事を引き起こす可能性がある。
「しょうがない、なんかあったら困るし探してくるわ。すぐ戻る!」
「……うい」
アルスにシュタッと片手を上げ、オズは駆け出した。
オズがいなくなると、その場にはアルスだけとなる。今は通りがかる学生もいない。
「…………」
ひゅうと冷たい風が吹き抜けた。
「……よし、サボるか」
アルスは箒を投げ捨た。ポケットに手を突っ込み、口笛を吹きながら去っていく。あとには、中途半端に集められたゴミだけが残っていた。
* * *
あたしは今日も一人で本を読んでいた。教育棟の中庭が、あたしのお気に入りの場所。壁に囲まれているから風も吹かないし、本を読むのにはいいスポットだ。ベンチに座って本を読むと、嫌なことを忘れられる。
休暇に入ってから、あたしはほとんど毎日ここへ通っている。スーとハインには、この時間はひとりにしてほしいと言ってある。いつも彼女たちと一緒にいるのも、肩肘が張って疲れるものだ。
「う~、でもやっぱり寒いわ……」
冷たい空気があたしの体を震わせた。マフラーとか手袋があったらな。そう思いながらあたしがふと顔を上げると、数人の女子生徒が中庭にやってきたところだった。楽しそうに笑い合いながら、こっちに向かってくる生徒たち。だが、あたしの姿を目に留めると、「あ、エリカ様だわ」などと慌てはじめた。そしてお辞儀をすると、彼女たちはそそくさと中庭を去っていく。
「あ……」
あたしが口を開く前に、女子生徒たちの姿は見えなくなった。
――まただ。今日も逃げられちゃった。せめて挨拶が言えてたら、何か変わったかな。
学園都市フロンティアに来ても、皇国にいるのとたいして変わらなかった。
『皇族だからといって優遇はしない』
この都市では皇族も平民も同じ扱いを受ける……はずなのに、生徒たちはあたしに
皇族に生まれたあたしは、今までずっとひとりだった。スーのように信頼できる従者はいるけれど、“友だち”って言えるような存在はひとりもいない。
あたしは……“友だち”がほしい。
貴族が行くような私立のバスター育成所ではなく、ここ学園都市フロンティアのバスターアカデミアを選んだのは、そういう理由からだ。
本当はこうしてひとりで本を読んでいるのも、スーやハインといるよりは話しかけられやすいかな、という思惑があるからだった。
だけど、今日もあたしはひとり。はぁ、とため息をつく。
「きゅう?」
動物の鳴き声のような音が聴こえた。声の主はすぐ見つかった。あたしの隣。ベンチにちょこんと乗った白いラグーンが、あたしのことを見上げていた。
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