第二十二話 闘技祭:その二

 バスターならば、戦うときはだれしもが〈身体活性ブースト〉を使う。マナを温存するため常時使用するわけではないが、まったく使わないというのは、ありえない話だ。オズにとっても〈身体活性ブースト〉なしの戦闘は初めてのことで、レックスの猛攻を防ぐので精一杯である。これからの自分の訓練を見直すべきだな、とオズは苦々しく思った。ガイストーンがあればマナを補充できるが、今回は持ち込みを許可されていなかった。オズにとっては手痛いことだ。


「息が上がってきてるぞぉ! リトヘンデぇ!」


 レックスは楽しくてたまらない、といった風にオズをあおる。周りの野次もヒートアップしていく。第十一演習場は異様な雰囲気に包まれていた。

 しかし、オズは無言でレックスを見据えた。オズは防戦一方だが、レックスの方も決め手にかける。小細工をしてこれなのだから、二人の実力差が否応いやおうでもわかるというものだ。


「いい加減にぃ……さっさと、倒れろよッ!」


 れたレックスの攻撃が荒くなっていく。オズは冷静にそれをさばいていく。平静を失ったレックスの荒っぽい攻撃は、オズにとって形勢を逆転する好機となった。たとえ身体活性ブーストがなくても、オズには剣の技術がある。――それはもはや、学生のレベルではない。オズの攻撃が徐々にレックスに入りはじめる。レックスは驚愕の表情を浮かべ、それは徐々に焦燥へと変わっていった。

 今度はオズが笑みを浮かべる番だった。レックスを挑発するように、オズはニヤッと笑った。


「――な、なぜだ! 貴様、なぜ動ける!?」

「さあな。なんだか、おまえごときには負ける気がしないな」

「……ぼ、僕を馬鹿にするなぁァァ!!」


 レックスの剣筋がさらに大振りになる。それは、スキを相手にさらしたのと同義。勝負に終わりが見えた。オズの返しがレックスへ叩き込まれようとした、そのとき。


「《ドウン・ヴラウト! 岩のつぶて!》」

「――!?」


 横合いから輝術オーラが迫る。オズはとっさに飛び退いた。オズがいた場所へ岩の弾丸が突き刺さる。


「《サラド・イグナ! 火の弾!》」

「《メガド・ライガ! 雷撃!》」


 周囲から次々と輝術オーラが飛んでくる。学生たちが浮かべるのは嗜虐しぎゃく的な笑みだ。まさか、一対一の戦闘に邪魔が入るとは―ーオズは驚きに目を見張る。輝術オーラを避けつつ、オズはズエンを見た。彼は外野からの妨害を目にしても何も言わず、表情を変えることさえなかった。


「先生! これは闘技祭のルールに反しているのではないですか!? 彼らに止めるよう言ってください!」

「……さて、何のことだ?」


 ズエンは表情を変えずにオズを見返した。

 ――見て見ぬフリをするつもりか。

 オズは悟った。なんという茶番だ。元から自分が勝つなど、彼らの中ではありえなかったのだ。輝術オーラを避けるオズを、レックスは愉悦の表情で見下した。


「ははは、いいぞお前たち! もっとやれ!」


 地面を転がりながら、オズは輝術オーラを避ける。その無様ともいえる様子に、帝国貴族たちは笑い声をあげていた。

 身体活性ブーストもなしに全方向からの輝術オーラなど避けれるわけがない。帝国貴族が放った輝術オーラのひとつが、オズの脳天にぶち当たった。


「ぐあぁっ!」


 それを皮切りに、次々とオズに輝術オーラが当たっていく。苦悶に身をよじらせ、オズは地面を転がった。体中から血がにじみ出ていく。


 輝術オーラの嵐をその身に受け、いつのまにかオズはぐったりと動かなくなった。


「く……」

「お前たち、トドメは僕がやる!」


 レックスが手を上げると輝術オーラが止む。うずくまるオズへ、レックスは近づいていった。


「いい気味だなリトヘンデ。僕に逆らったらどうなるのか、身をもって知るがいい」

「ぐっ……」

「ハハハ、貴様の次はあの落ちこぼれ――ユーリ・デイもだ! いつもいいところで貴様に邪魔をされたからな! だがそれも今日で終わりだ!」


 ブチッ。暗闇の中で音がした。オズはゆらりと立ち上がった。模擬剣をすっと構え、血だらけの顔でレックスを見る。


「――ッ、なんだその目は! まだ歯向かうつもりか! そんな体で何ができるっていうんだ! さっさとくたばれっ!!」


 気圧けおされたレックスは、それを否定するように斬り込んでくる。オズはカッと目を見開いた。


「ユーリが落ちこぼれだと!? 寝言は寝てから言えッ!!」


 オズの踏み込みはだれの目にも追えなかった。残像さえも残さないそのスピードを追えたのは、教官であるズエンだけだっただろう。


 ――ドゴオォン!


 レックスはオズの一撃で吹き飛んでいた。演習場の壁に激突し、ズルズルと地面に崩れ落ちる。そしてピクリとも動かなかった。

 周囲を取り囲む生徒たちは、だれひとりとして身動きが取れなかった。オズが放つ異様な覇気。背後からゆらゆらと湯気が噴き出しているかのよう。

 オズはえる。


「落ちこぼれは、おまえらの方だと思い知らせてやる! 全員かかってこいッ!!」


 ――オズは、キレた。






 第十一演習場は静寂に包まれていた。数十人もの学生が地面に横たわり、そのすべてが気絶している。血濡れた体をふらつかせながら、演習場の中心に立っているのは茶髪に紫眼の少年――オズ・リトヘンデだった。


「このブロックは、俺が一位で文句ないですよね?」


 紫眼が射抜いぬくのは、立会人であるヴェルド・ズエン。この男は、オズと学生が乱闘する様をただ見ていた。アカデミアの教官は、すべてが高ランクバスターである。オズを止めようと思えば容易に止められたはずだ。だが、彼はそれをしなかった。さすがに生徒へ手を出す真似はしないようだ。――それとも、ほかに何か意図があるのか。いずれにせよ、ズエンは苦々しく口を開いた。


「……ちっ、認めよう。このブロックの通過者は、リトヘンデ――貴様だ」




 * * *




 闘技場アリーナからは、観客たちのざわめきが聴こえてくる。彼らの期待が、否応いやおうなしにこちらまで伝わってくるほどだ。そんな中、オズは控え室にいた。いよいよ一年生の個人戦がはじまる。


「まさか、四人とも残るとは思わなかったぜ」

「もしかして……ボクたちって、けっこう強い?」

「ルークさん、油断は禁物ですよ」

「オズも災難だったよね。このあと試合やって大丈夫なのかい?」

「ああ。第十一演習場に駆けつけたミオさんが、すぐに医務室から校医さんを呼んできてくれたおかげだ。《治癒の輝術オーラ》であっという間に治ったよ」


 ほら、このとおり、とオズは三人へ力こぶをつくった。


「でも、初戦だぜ? 疲労とか大丈夫なのかよ?」

「ああ。どっちかっていうと、予選の興奮が抜けてないくらいだから、ちょうどいいかな」


 アルスがめずらしく心配そうにしている。――そう、オズは闘技祭の初戦を飾ることになってしまったのだ。その相手とは――


「第一回戦出場者――オズ・リトヘンデ君とハイン・クレディオ君! 時間ですので闘技場アリーナへ案内します!」


 呼ばれてオズとともに立ち上がったのは、皇国のバスター――ハイン・クレディオ。二人はちらと目を合わせ、闘志をぶつけ合った。


「じゃあ、行ってくる」


 三人から激励の言葉をかけられながら、オズは控え室を出た。


 対戦者はそれぞれ別の入り口から闘技場アリーナへ入ることになる。オズは係員に連れられ闘技場アリーナへ向かった。進むにつれて、観客の熱気がちりちりとオズを刺激する。


「オズくん、がんばってくださいね。勝ったらデートしてあげます!」


 係員はミオだった。彼女のウサミミを見て、オズの緊張はいくらかやわらいだ。


「はは、約束ですよ。絶対勝ってきます!」


 いつもはどぎまぎするオズだったが、不敵にニヤリと笑ってみせた。






『――さあ、いよいよ第一回戦がはじまります! 登場しますのはぁ~~、オズ・リトヘンデ君! なんと彼は、半年前にボストの街を襲った〈災害指定級〉突然変異体ミュータントを撃破した、あの“ボストの英雄”です! 地下迷宮ラビリンス探索においても一年生最高記録をたたき出すなど、強力なバスターであることは間違いありません! ガ研の新入部員として新聞を騒がせることでも有名なリトヘンデ君! 今日はいったい、どんな試合を見せてくれるのか~~!?』


 アナウンスを背にオズは入場する。観客席から響く地鳴りのような歓声に、オズは緊張しつつ進んでいく。


『そして対するはぁ~~、ハイン・クレディオ君! 彼に関してはとくに説明はいらないでしょう! わずか十三歳で〈白騎士〉の称号を手にした、ブリュンヒルデ皇国が誇る天才騎士! 彼はあのエリカ姫を護る騎士ナイトでもあります! 甘いマスクは数々の女性を虜にし、アカデミアにも彼のファンクラブがあるほどです! 今日も、その強さでどれだけの女性を虜にしてしまうのか~~!?』


 悠然と姿を現すハイン。彼が登場した途端、歓声がどっとあがった。ハインは大陸中に名がしられているほどの騎士だ。名前が知られてまだ浅いオズより期待度が高いのはどうしようもないことだった。実際、ハインを見るためにはるばる学園都市フロンティアへ足を運んだ客もいるのだ。

 彼を見て、オズはその高貴とも言えるたたずまいに圧倒される。足がぶるぶると震えた。――武者震いだ。


「フン、初戦で貴様に当たるとはな」


 向かい合ったハインが、オズを忌々いまいましげににらみつけた。


「べつに、順番なんかどうでもいいだろ。俺が勝つんだから」

「言うではないか。……貴様、レベルは今いくつだ?」

「……18だけど?」

「フ……私はこの学園に来てから、レベル30にまで上がったのだ。貴様では私に勝てん」

「はあ、レベルで強さが決まると思っているのか?」

「そうは思っていない。貴様がそれなりにやるのは認めよう。だが、ここは貴様が力を発揮できる場ではない」

「…………」


 図星だった。オズが存分に力を振るえるのは、ガイストーンを手にしたときだ。そして今、オズはそのガイストーンを持っていない。ハインはオズの能力を冷静に分析していた。


「棄権しろ。そうすれば、無様な戦いをさらさなくて済むぞ」

「無理な相談だ。――俺、負けず嫌いなんだよ」


 オズは即答した。死んでも目の前のいけ好かない男から逃げたくなかった。

 返答を聞き、ハインは顔を歪めた。


「後悔してもしらんぞ!」

「それはこっちのセリフだ!」


『さあ、両者とも気合は十分といったところ! ――それでは、第一回戦をはじめます! この戦いが、闘技祭はじまって以来の激戦になることは疑いようもありません! 両者、Gブレードを構えて下さい! それではぁーー、第一回戦! レディィィィィィーファイッ!!』


 歓声が爆発する。それを背に、オズは地を蹴った。

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