第十五話 クラブ勧誘会:その三

 バシュウウウウ――!


 続いて、マナの霧散する音が響き渡った。


「――なにっ!?」


 レックスの驚いたような声を聞いて、おれは目を開けた。辺りに漂うのは闇の霧。それらはまるで意思をもっているかのようにうごめき、やがて収束して消えた。

 おれたちを囲む野次馬が「すごい」「闇属性の使い手だ」「輝術オーラを吸収してたぞ」とざわめいている。

 おれをかばうように立つ人影が目に入った。その後ろ姿は――


「……オズ?」

「あぶなかったな。ひとりにしてごめん」


 肩ごしに顔だけ振り向いたオズは、申し訳なさそうに言った。

 ――ドキリ。

 その表情に、おれは不覚にも胸が高鳴ってしまう。


「きゅう!」

「――わっ」


 オズの頭上にいたゴンが、おれの胸に飛び込んできた。心配そうにおれのことを見上げてくる。おれは緊張を誤魔化すように、ゴンを抱きしめた。


「な、なんだ貴様は!」


 レックスがいらだったように叫ぶ。

 オズは彼の方へ顔を向けなおすと、大きく息を吸った。

 そして。


「――ユーリの友だちダチだッ!!」


 大声で、恥ずかしげもなく言い放った。

 おれはただ、呆然とオズの背を見上げていることしかできなかった。



 * * *



 オズはいかっていた。もし自分が輝術オーラを防がなかったら、ユーリは大怪我をしていただろう。目の前の少年たちをにらみつける。背後にはきらびやかな装飾がなされた部室があり、扉には大きく「帝国貴族会」の文字が。――彼らが横暴な態度をとっているのは、“貴族”というやつだからだろうか。


「なるほど。貴様がデイのゴミ仲間か」

「……ゴミだと?」


 うしろでユーリが歯を食いしばるのがわかる。オズは拳を握りしめた。


「ああ、君も最底辺スチールの人間なんだろ?」

「……そういうお前は、なにクラスなんだよ?」

「ふ、僕はプラチナクラスだ。君たちとはもってるものが違うんだよ」

「――はぁ?」


 オズは思わず疑問の声をあげた。――目の前の少年が、ルークと同じ最上級プラチナクラス? ぜんぜん強そうに見えないのだが……

 オズがぽかんとしていると、その表情が目の前の少年をいらつかせたらしい。


「貴様……僕は帝国貴族、バルカン家のものだぞ! 痛い目に会いたくなかったらそこをどくんだ。今退けば許してやる」

「さすが! レックス様は寛大でいらっしゃる!」

「下民にお慈悲をかけられるとは! まさに貴族のかがみ!」


 巨漢の少年二人が口々に賞賛の言葉を並べる。金髪の少年――レックスは気をよくしたらしく、満足げに笑みを浮かべていた。

 しかしオズは、


「バルカン家……? なんだそれ」

「――――」


 レックスの顔から笑みが消えた。なぜか野次馬たちも静まり返っている。オズが首をかしげていると、


「……お、お前たち! そこの無礼者に、思い知らせてやれぇッ!!」


 青筋を浮かべたレックスが、オズを指さして叫んだ。巨漢二人が「承知いたしました!」「レックス様にたてついたことを後悔しろ!」とオズに飛びかかってくる。


「――オズ!」


 背後で焦燥の声をあげたユーリへ、オズはにやりと笑いかけた。


「大丈夫だ。俺はそんなにヤワじゃない」


 オズが向き直ると、巨漢二人は言霊無しノンスペル身体活性ブーストしているらしく、瞬時に距離を詰めてきていた。


「くたばれっ!」


 一人目が蹴りを放つのを、オズは冷静にかわす。カウンターの要領で左脚を振り上げると、あごにクリーンヒットした。


「ぐぶっ!」

「――!? 貴様ァ!」


 崩れ落ちる一人目の横から、二人目の巨漢が殴りかかる。オズは腰をひねり、右ストレートを顔面にぶちこんだ。吹き飛ばされた少年は野次馬の中にまで突っ込んでいき、生徒たちが「うわっ」と言いながらそこを退く。二人目の少年はそのまま起き上がらなかった。気絶したようだ。


「くっ……この!」

「――!」


 焦ったように顔を歪めたレックスが、オズに向かって手を突き出した。輝術オーラを放つ気だ。オズは駆けだした。走りながら「《ダークソード》」と小さくつぶやき、闇の長剣を顕現させる。


「《スラディ・カッ――》」

「そこまでだ」


 言霊スペルを言い終える前に、レックスの喉に剣の切っ先が突きつけられていた。彼の額から、たらりと汗が流れ落ちる。


「二度とユーリにからむな。次は容赦しない」

「き……貴様ァ……!」


 レックスは歯を食いしばる。集まった見物人たちがざわめく中、「帝国貴族会」の部室の扉が開いた。


「これはこれは……騒がしいと思えば何事か」


 骸骨のようにやせ細った男が姿を現した。黒ずんだ長髪は見るからにベタついている。スーツの上に白衣をまとう彼は、おそらく教員だ。帝国貴族会の顧問だろうか。男のうしろからは、部員と思われる生徒たちがあとに続く。


「ヴェルド先生! ……こ、こいつが、いきなり僕に斬りかかってきたんです! ブータとポークもこいつにやられました!」

「――は?」


 レックスは声高に叫んだ。見るからに被害者ヅラを貼りつけていて、オズは呆気にとられた。

 ヴェルドと呼ばれた男は「ほう」と言って薄気味悪く笑う。


「――ち、ちがいます! そっちがさきに殴りかかってきたんだ! オズはおれをかばっただけです!」


 ユーリは立ち上がる。抱えられたゴンが「きゅうきゅう!」と同意するように鳴き、野次馬の中からも「そうだそうだ!」「俺たちは全部見てたぞ!」と声があがった。


「だが、そこの二人が倒れているのはまぎれもない事実。それに……その“剣”はなんだ? 生徒が学園内で許可なく輝術オーラを行使することは、禁止されているはずだが」


 そう言われ、オズは慌てて《暗黒剣の輝術オーラ》を解除し、


「けど、さきに輝術オーラを使ってきたのはこいつらです」

「ほう……だが、君の言いがかりという可能性もある。証拠はあるのか?」

「――なっ」


 オズは息を飲んだ。目の前の教師は元から“貴族側”の人間だったのだ。レックスがせせら笑いながらオズから距離をとる。顧問のうしろに控える生徒たちも同様の表情でオズを見ていた。

 周りの生徒たちが「そっちがさきに輝術オーラを使ってただろ!」「見てたぞ!」「俺たちが証人だ!」と騒ぐ。しかし、その声を聞き入れる様子は見られなかった。ユーリはオズに近寄り、申し訳なさそうに制服をぎゅっと握った。


「君たち二人には、校則違反として罰則を言い渡す。くく……」


 黒髪の顧問はオズとユーリに愉悦の笑みを向けた。その時、


「――まて! その子たちはアタシの生徒だ!」


 生徒の波が割れ、やって来たのはスチールクラスの担任、フウカだった。彼女はオズとユーリの前に出た。


「こいつらには、アタシが担任として罰則を与える。いいな?」

「ふむ……まあいいでしょう。今回はフウカ教官にお任せする。くく……それにしても、問題児を受けもつと大変ですな」

「余計なお世話だ。……お前たち、ついてきな」


 フウカにうながされ、オズとユーリはあとを追った。去り際、レックスのニヤついた笑みが目に入り、オズはぎりりと奥歯を鳴らした。なんだか負けた気分だ……


「オズ……ごめん、おれのせいで……」


 歩きながら、ユーリが顔を曇らせる。


「気にすんな。むしろ俺が騒ぎを大きくしたような気がするし。俺の方こそごめんな」

「そっ、そんな、謝るなよ。おれ、オズには感謝してるんだ。……ていうか、オズってホントに強いんだな。すげーかっこよかった!」


 ぐいと顔を近づけられ、オズは戸惑う。


「お、おう……あ、ケガとかなかったか? あいつに蹴飛ばされてたろ」

「とっさに身体活性ブーストかけて守ったから、大丈夫だよ。その……心配してくれて、あ、ありがとな」


 はにかむユーリ。その表情に、オズは思わずドキリとしてしまう。


「――おい、男どうしでなにイチャついてんだ」


 前を歩くフウカが、呆れ顔で振り返る。ユーリの腕の中で、ゴンが「きゅう」とうなずいた。


「じょ、冗談はやめてくださいよフウカ先生。……それより、危ないところをありがとうございました」


 オズが頭を下げると、フウカは前を向き、歩き始める。


「……帝国貴族会には近づかない方がいい」

「はい。……けど、連中のあの態度はなんなんですか? この都市内では、身分の差は関係ないって聞きましたけど」

「表向きはな。だが実際、ここのところ帝国貴族の力が増してきている。バスター連盟の上層部にも帝国貴族は多い。つまり、この都市でも一定の発言権をもってるということだ。目をつけられたら厄介だぞ」

「な、なるほど……」


 オズはうなった。すでに目をつけられてしまったように思うのは、自分だけだろうか……? オズの横で、ユーリも顔を曇らせた。


「あ! オズくんいた! ユーリくんも!」

「――ん? おお、セナ!」


 人混みの向こうから、セナが手を振って近づいてきていた。うしろにはリノもいる。


「まあ今日のところは楽しむといい。罰則については追って連絡する。じゃあな」


 フウカはそう言って離れていく。


「え? マジで罰則あるの?」


 オズがつぶやいた時には、フウカはすでに人波の中に消えていた。 



 * * *



「ひゅうー。さっそく話題になってるね、オズ」

「ちっ、こんな楽しそうなイベントに遭遇できなかったとは」


 翌日。構内のとある掲示板の前で、ルークとアルスが言った。


「なんだよこれ……」

「きゅう……」

「…………」


 一方のオズは呆然としていた。隣に立つユーリも同じくである。目を向ける先には「アカデミア新聞」と銘打たれた学内新聞が貼り出されていた。


【ガ研の新入部員、貴族会に殴り込み】


 いつの間に撮られていたのか、オズがレックスに剣を突きつける場面がトップに写し出されている。朝から視線を感じると思ったら、これが原因だったのか。この新聞は、構内のいたるところに貼り出されているのだ――

 ちなみに、“ガ研”とはガイム=クランク開発研究部のことである。結局、ユーリ・セナ・リノの三人もこの部に入ることになった。


「わあ、オズくんかっこよく写ってるね! あとで配布版もらいにいこっと!」

「本当ですね。オズさんの剣さばき、見たかったです」


 そんなセナとリノの様子を見ながら、オズはガックリと肩を落とした。


「目をつけられたどころじゃ済まないだろ、これ……」

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