第十二話 学園はじまる

 入学式当日。オズたちは制服に身を包み学園内の講堂へとやってきた。制服はブレザータイプ。男子は青いネクタイ、女子は赤いリボン。スラックスとスカートはチェック柄で、なかなかオシャレなデザインに思えた。入学式はペット同伴可と知らされていたので、ゴンも一緒だ。いつものように、オズの頭の上に乗っている。


「お、なんか掲示があるな。えーと、クラス分け?」


 講堂の前には、合格発表の時と同じように掲示が貼り出されていた。掲示の前には人だかりができていて、オズが背伸びして見てみると『新一年生 クラス分け』と書かれてあった。


「うわぁ……。クラス分け、成績順だって書いてある」

「マジか」

「けっ」


 オズと同じようにつま先立ちをしたユーリが戦々恐々とつぶやき、オズは思わずしぶい顔をする。そしてアルスがおもしろくなさそうにあごを突き出した。以上、試験成績がドン底だった三人である。

 クラスは全部で六つのようだった。上からプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアン、スチールと名前がつけられている。


「俺たち三人、スチールクラスだな」

「うん。でもオズがいっしょだからおれは安心だな」

「けっ、オレは納得いかねえ……」

「セナはプラチナクラスか?」

「ううん、わたしはゴールドクラスみたい」

「えっ、マジ?」

「実技の点数がそこまでよくなかったからかも。でも、リノちゃんといっしょだからよかった!」

「ふふふ。セナちゃん、よろしくお願いしますね」

「ボクはプラチナクラスだ」

「まあ……お前、次席だったもんな」

「リノちゃんといっしょのクラスになりたかった……」

「お、おい、泣くなよ」

「きゅうきゅう?」

「ゴン、お前は俺といっしょだからスチールクラスな」

「きゅう~!」


 オズたちは掲示を確認すると講堂の中に入っていった。クラスごとに整列するとのことで、セナ、リノ、ルークの三人とは別れることになった。

 スチールクラスの位置に着席していると、講堂へ入ってくるエリカ一行を見つけた。向こうも気づいたようで、オズがスチールクラスだとわかると「フン」と見下したような小憎たらしい笑みを浮かべ、プラチナクラスの位置へと歩いていった。こめかみが引きつるオズに「エリカ姫と知り合いなの!?」とユーリが問いかける。オズはあいまいに返事をしておいた。アルスは悔しそうな表情でプラチナクラスを見つめていた。

 待ち時間の間、視線を感じるなと思ったらどうやらみな頭上のゴンを見ているらしい。何人かの女子生徒が「かわいい~」と口を揃えていた。きゅうきゅうとなにやら興奮気味のゴンをなだめるため、オズはゴンを胸に抱えた。

 やがて、講堂内にアナウンスが響き渡る。

 入学式が始まった。



 * * *



「……ぐ……ぐごっ……ぐががごぎっ」

「おいアルス、寝るな……! いびきが響いてるだろ……!」

「ぐご……あん?」


 オズは声をひそめて隣に座るアルスの肩を揺すった。アルスが頭を振りながら目を覚まし、オズはホッと一息つく。新入生の氏名読み上げから始まりバスター連盟関係者の挨拶。つまらないのはわかるのだが……


「続きまして、学園長式辞」


 アナウンスのあと、壇上に上がったのは狼顔の大男。オズの実技試験に居合わせた獣人ライカンだった。学園長は壇上から新入生をギロリとにらんだ。ものすごい威圧感である。隣でアルスが肩をびくっと震わせた。どうやら完全に目が覚めたようだ。


「学園長のグノ・ギュメイだ。諸君に入学おめでとうと言ってやるつもりは毛頭ない。バスターたるは何かを知り、他者との和を学び、己を律する。そして、ただひたすらに高みを目指す。バスターアカデミアはそのための修練の場である。けっしてお遊びや馴れ合いの場ではない。毎年それを忘れた学生が幾人も命を落とす」


 いまや会場内は静まり返っていた。この学園長、ギュメイには相対する人の神経をひりつかせるような威光があった。

 しかし、オズの隣でユーリは首をかしげていた。「“ギュメイ”って、どっかで聞いたような……」と。


「ガイムを倒し、レベルアップの恩恵を受けた我らはどうあるべきか。バスター連盟設立者にして初代学園長のカムロ・カイドウは言った。“バスターよ、大衆を守る盾で在れ”と。……第八十二代学園長として、儂からは次の言葉を諸君らに送りたい」


 だれかが息を飲み、ゴクリという音が会場内に響いた。


「――ダイヤモンドの意志をもて」


 そう言うとギュメイは壇を下りた。

 オズは深い感動を覚えていた。アカデミアの教育理念が、バルダから受け継いだ意志と同じだったからだ。


「続きまして、在校生代表から歓迎の言葉。生徒会会長、シエル・スクライトさん」


 壇上に上がったのは黒紫色の長髪をもった美女だった。目尻が下がった顔つきはどこか眠そうにも見える。

 彼女は淡々と歓迎の言葉を述べていく。

 オズは彼女――シエルから不思議と“似た者”の匂いを感じとった。おそらく、闇属性の使い手だ。自分以外には初めて見た。

 シエルはひととおり言い終えると壇を下りる。去り際、シエルはオズへ視線を向け、うすく微笑んだ。目が合ったことにオズは驚く。どうやら向こうもオズに気づいたようだ。

 やがて、入学式も終わる。

 次は、クラスごとに教室でオリエンテーションが行われる。



 * * *



 最下層であるスチールクラスの教室はほかのクラスよりも奥にあった。

 教室に入ると、どうやらすでに生徒たちは自分たちのグループを形成しているようで、何人かずつで固まっていた。幸い自由席だったので、オズはユーリとアルスと固まって着席した。


「うし、みんな座りな」


 しばらくして教室に入ってきたのは、オズが戦闘実技試験で相手をした教官――フウカだった。入学式とあってレディーススーツを着ているのだが、身長が低い彼女だとどこかちぐはぐな感じだ。


「スチールクラスの担任を務めることになったフウカだ。名字はない。アタシは帝国の貧民街出身だからな。今日は学園生活の簡単な説明をして終わりだ。すぐ終わるから、まぁラクにしててくれ」


 フウカは説明を始める。基本属性輝術オーラの成績評価やGPTのことが心配だったオズは真剣に耳を傾ける。ユーリも同様だ。授業にきちんと出席すれば一日に300GPTもらえると聞き、オズはひとまず安心した。登校すれば食事一食分は確保できるなと。ふと寝息が聞こえて隣を向くと、アルスは寝ていた。ヒュンという音とともにチョークが飛ぶ。


「ぐう……いでっ!?」

「アルス・アトラス、入学早々から居眠りとはいい度胸だな。目は覚めたか?」

「――ちっ」


 舌打ちをしつつ顔を上げるアルス。

 先が思いやられるな、とオズはため息をついた。



 * * *



 その日の夜、大食堂〈グランドキッチン〉にて。

 ルークがなにやら騒いでいた。


「やっぱり! 学園長って、リノちゃんのお父さんだったんだ!」

「ええ。驚きましたか?」


 リノはくすりと笑う。

 彼女のフルネームは“リノ・ギュメイ”。学園長の方は“グノ・ギュメイ”。二人は正真正銘の親子であった。

 名字が同じことから、ルークは気づいたようだった。


「すごいなぁ。学園長ってくらいだから、かなり強いんでしょ?」

「レベル50越えのAランクバスターですよ。――あ、この際だからルークさんに言っておきますけど……私、お父さまくらい強いひとじゃないと、お付き合いしませんから!」

「な、なんだって……!?」


 ルークは愕然と口を開けた。レベル50でAランクバスターといえば、オズは否が応でもバルダのことを思い出す。学園長ギュメイはそれよりもレベルが上。そんな存在と同じくらい強くなる、というのはかなり厳しいことなのではないか。ルークはさぞかしショックを受けたのだろうな、とオズは思ったが……


「――っていうことは! レベル50かAランクになれば、ボクとお付き合いしてくれるってことだよね!?」


 ポジティブ・シンキング。ルークはむしろ喜んでいた。リノは一瞬驚いた顔をしたが。


「ふふふ、がんばってくださいね」

「うっひょー! ボク、がんばってリノちゃんにふさわしい男になる!」

「……リノちゃん、迷惑だったら言ってね? わたしがこのバカ弟をぶっとばしておくから!」


 セナが申し訳なさそうに言った。オズとユーリは苦笑する。アルスは食べることに集中していて、ゴンと一緒に二品目のメニューを消化中。

 学園一日目は、こうして終了した。

 明日からは、いよいよ授業がはじまる。

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