子供十字軍 ⑤

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 彼女の名前は『レイ』といった。


 先ほども書いたが、この十六年後にわたしたちは結婚することになる。十六年とずいぶん時間がかかるのだが、それには理由がある。


 が、それはまた後で書くことになる。


 ちなみに彼女がしゃべれなかったのは、一時的なものだった。精神的なショックで彼女は言葉を閉ざしていたのだ。だが後に、マンションでの生活の中で、彼女は言葉を取り戻していくことになる。


 このあたりのエピソードもまた後で書くつもりだ。


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 ちなみにレイの弟は『リュウイチ』という。

 絵本作家として知っている人もいるかもしれない。


 リュウイチは昔から絵のうまい子供だった。それも天才的にうまい子供で、後に世界的に有名なアーティストになる。


 ちなみに彼の直筆の絵は、どれだけ金の涙を流しても買える金額ではない。まだ経済が機能していた時代では、どれも軽く億の値段がついていた。


 ちなみに彼が書いた一番大きな絵は、この学校の壁に描かれている。

 もちろん子供たちにも大人気だ。


 また脇道にそれたようだ。

 でもこういう余談というのはいつでも楽しいものだ!


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 さて、その夜、臨時の家族会議が開かれた。

 この会議にはレイとリュウイチも参加した。


 わたしは改めてケンちゃんとコトラに二人を紹介した。二人はレイの美しさにびっくりしていたようで、妙な緊張感が漂い、言葉遣いもおかしかった。


「ケンちゃん、コトラ、こちらがレイさんと弟のリュウイチくん。僕たちが初めて助けた仲間だ。それで、レイさん、リュウイチくん、こっちがケンちゃん、こっちがコトラ」


 レイはぺこりと頭をさげた。リュウイチは恥ずかしがり屋のようで、レイの背中に完璧に隠れていた。


「レイさんはしゃべれないんだ、でもメモで話してくれるよ」


「あ、あ、こんちは。ど、どうぞよろしく、ぼ、僕はコックになりたいです!」

 コトラは妙な自己紹介をした。


 それに感染したのか、ケンちゃんもまた妙な自己紹介をした。

「あ、次、俺? お、俺は家を直したりします!」


「二人とも僕の大事な家族なんだ。他にもこのマンションには五十人の子供たちが住んでいて、みんなが家族なんだ」とわたし。


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「それでレンジさん、レイさんは、どこに住んでいただくのですか?」

 ケンちゃんはいつもとずいぶん違う口調だったから、わたしに話しかけていると一瞬気がつかなかった。


「二人にはこのマンションの上のほうに住んでもらったほうがいいと思うんだ。なるべく目立たないようにさ」

「ええ、それがベストですね。六階の部屋を改装してありますから、そこなんかはどうでしょうね?」

 ケンちゃんはわたしに言った。普段まったく敬語なんか使わないというのに。


 でもケンちゃんが浮き立つのもよく分かる。レイはとにかく美少女だったし、いちいちじっと見つめてくる癖があったからなおさらだった。


 そんなわけで会議が終わり、二人が部屋に行くと、ケンちゃんもコトラも大きなため息をついた。


「なんか緊張しちゃったよ」とコトラ

「俺もだよ。女の子とは思わなかったからなぁ」とケンちゃん

「でもとにかく最初の作戦はうまくいった。これからもよろしく頼むよ」


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 そして子供十字軍の快進撃は始まった。

 


 だいたい月に二人のペース。大体は二人兄弟または姉妹だったが、四人兄弟という場合もあった。歳はだいたい五歳から七歳くらいで、これはコトラが金の涙を流した時の年齢とだいたい同じだった。


 手口もあっという間に上達した。あっという間にわたしたちは誘拐のプロフェッショナルになった。

 質屋を見張るのはヒカルの仕事。ヒカルはさらに五人の仲間をまとめ、質屋を二十四時間体制で監視し、ターゲットを見つけると家まで尾行した。家を突き止めると今度はナガイに引き継ぐ。ナガイはさらに十人の子供たちを使い、これもまた二十四時間体制で周辺の調査を行った。


 そして子供が暴力を受けているのがはっきりすると、わたしの学校まで伝令がやってきた。その役はたいていレイの弟のリュウイチだった。いつも校門の影のところに隠れていて、猫の鳴き声を真似する。わたしが窓から顔を出すと、彼はいつでも十字軍のマークを誇らしげに掲げて、わたしを見上げているのだった。


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「また早退するつもりかね?」

 そのたびに先生が聞いてくる。もうあきれていたと思う。


「はい、僕の弟が迷子になったんです」

 わたしもすっかり慣れたものだ。


「いったいキミにはいったい何人の弟がいるのかね?」


「今は六十人になりました!」


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 そしてわたしは走り出す。


 街中を走り抜け、ヒカルの案内で路地裏の近道を、その道なき道を走り、塀を乗り越え、ゴミ箱を飛び越え、目的の家へと向かう。


 たいてい鍵は掛かっていなかった。鍵が掛かっていても、窓のほうが開いていた。わたしは言葉巧みに子供を説得し、またはその兄弟を説得し、彼らを家の中から連れ出した。


 もちろん子供たちの親がマンションに捜しに来たこともあった。


 だが見張りは完璧だった。彼らが来たのを知ると、子供たちをケンちゃんの作った秘密の部屋に隠した。親たちが踏み込んできても、どの部屋もうるさい子供ばかり。みんなあきらめて帰っていくのだった。

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