7章

 2015年3月13日6時30分ごろ、正平は保田駅にいた。今日はできる限り早く動き出したかったので、昨日、仕事を終えてから急いで移動して館山のホテルに泊まった。あとで知ったことだけど3月14日のダイヤ改正で営業区間を大幅に短縮する「特急さざなみ」に乗ったために、多くの鉄道ファンのフラッシュに見送られながら東京駅を出発するという面白いやら恥ずかしいやらの経験をした。さらには、館山駅を出たら東京湾を吹き抜けてくる強烈な向かい風で街中なのにホテルまでたどり着けるかどうかも心配になったり、一人で素泊まりの予約をしたのに20畳ぐらいはありそうな大部屋で心細い宿泊になったり、手前に館山湾の遠くに三浦半島の夜景を見ながら温泉に浸かったり、温泉の中で外国人が正平の仕草を必死で真似して入浴していたり、正平の出発が早すぎたために寝起きで身仕度を整えていないホテルマンにチェックアウトの手続きをしてもらったり、なにかと珍しい経験の連続を意外と楽しみながら館山駅の始発列車で保田駅に向かった。


 なんといっても今日のポイントは、どうしても通り抜けなければならない狭く歩道がない国道のトンネルであり、地図で見ただけでも危険な旅になることは容易に予測できた。そして保田駅を出発していきなり正平の目に飛び込んできたのは、鳩のように電線に停まるトンビの群れだった。その見たことのない不気味な光景は、今日の旅の結末を暗示しているようで背筋に冷たいものを感じたけど正反対に天気は良くて、国道を歩いていると目の前に広がった浦賀水道を行き交う船のさらに向こうに、手前には冬の澄んだ空気でしゃっきりと目覚めたような三浦半島、奥には春霞に横たわり夢うつつでいるような伊豆半島、という屏風絵のような絶景が正平の緊張感を少しだけ和らげた。その屏風絵が見えなくなると右に進路を変えて勝山海水浴場へと向かい、そこからはできるだけ国道を避けて海岸沿いの道を行くことにした。やがて岩井海水浴場沿いの道を歩いていると、その砂浜に「元禄地震再来津波想定高」の標識が見えた。元禄地震についての知識はなかったけど、元禄時代といえば松尾芭蕉さんが奥の細道に出発したり、赤穂浪士さんの討ち入りがあったり、近松門左衛門さんの曽根崎心中が上演されたり、今に語り継がれるような文化が生まれた時代だったと記憶している正平は、時間があったら元禄地震のことも調べてみようと思いながら正平は先へと進んだ。


 トンネル越えへの緊張感とは裏腹に快調なペースで岩井の町を過ぎて国道127号線に戻されると、じきにトンネルが見えた。しかし、このトンネルは手前の大きな道か奥の細い道を行くと集落を通りながら一気に3つばかりのトンネルを抜けていくので特に問題はなかった。そのあとが、ある意味での今日のメインイベントでもあるトンネル抜けだった。次第に緊張でドキドキしながら再び国道127号線に戻ると、目の前にそれがあった。対岸から漏れてくる明かりは、思ったよりも大きくて明るいから距離はそんなでもないことは予測できたけど、それでも国道の歩道無しのトンネルに入るのはかなりの勇気が必要だった。通行量が少なくなったタイミングを見計らってトンネルに突入して、最短の時間で抜けるために思いっきり走りながら、車のエンジン音を聞いて後ろからくる車との距離を測り、対向車とのすれ違う間合いも測りながら停まってやり過ごしたりして、なんとか出口付近まで来た時に大型トラックと大型ダンプカーと正平がすれ違う事態になってしまった。後ろから来た大型トラックは正平に気がついたけど対向車線の大型ダンプカーは気がついていなくて、ただでさえ両者がすれ違うことだけでも相当な緊張感がある狭い道幅なのに、壁に張り付くようにしていたとはいえ歩行者が加わったものだから三者が上手くすれ違えない状況に陥ってしまい、大型トラックは正平の目の前で一旦停止した。停止はしてくれたけど暗いトンネルの中で運転席が見えないぐらいまでの近さまで大型車に迫られると、壁が襲ってきたような恐怖感があった。やがて対向車がいなくなってから大型トラックは正平を避けて通過してくれたけど、そのわずかな滞りから後続車も詰まってしまいプチ渋滞になってしまった。その渋滞の最後尾の車を追いかけるようにして、出口へ向かってトンネルの残りを全力で正平は走り抜けた。


 なんとかトンネルを出たところのガードレールの外側に、ちょっとしたスペースがあった。腰ぐらいまで高さの草木が生い茂っていたので一瞬ウェアの破れが気になったけど、正平はそのスペースに勢いよく飛び込んだ。反射的にハイドレーションの水を吸い込んで、大きく深呼吸をした。少しだけ落ち着いた正平は膝が震えているのがわかった。今のトンネルでの恐怖感によるものなのか、次の長いトンネルに対する緊張感によるものなのかはわからなかったけど、行くも地獄、戻るも地獄という状況にあることだけははっきりとしていた。トンネルの長さだけを基準にしてリスクを考えると戻る地獄だろうけど、せっかくここまで来た旅が終わることになるので、行く地獄を選ぶしかない。そう思うと自然と足が前に進んでいたけど、膝の震えは収まらなかった。


 次のトンネルでは大型車同士のすれ違いもなく順調に走り進めたけど、3分の2ぐらいまで進んだところで後方から乗用車の爆音が聞こえた。振り返ると、特に改造している訳でもない車両が無灯火で、加えて猛スピードで正平に近づいていた。嫌な予感がした正平は、再び壁に張り付くようにしてやり過ごすことにしたけど、車が近づくにつれてドライバーがスマホか携帯に夢中で前をまったく見てないことをトンネルのライトが映し出していて、エンジン音が大きくなるのに比例して増してくる死の恐怖に襲われた。一層のこと、そのまま気がつかないで通過してくれればよかったのに直前で正平に気が付いて急に回避反応をしたので、スピン事故を起こして正平を巻き込みそうな車体の挙動で目の前を通過していった。壁に張りついていた正平は、あまりの恐怖に一瞬いろいろなものの終わりを覚悟したけど、幸運にもいろいろなことを続けられることになったことがわかったとたんに、残りのトンネルを全速力で駆け抜けた。トンネルを出ると先ほどと同じようにガードレールに守られたスペースがあったけど、今度は止まらずに国道127号線から逸れる予定だった道まで一気に走り抜けた。何かを叫んでいたような気もするけど、そのあたりの記憶は定かではなかった。


 小浜海岸と書かれた矢印がある道に飛び込んだ瞬間に正平は、そこで足を止めた。反射的にハイドレーションの水を飲もうとして吸い口を取った手は、真っ黒だった。でも水道があるわけがないので、そのまま口に含んで水を吸い上げてから思いっきり手に吹き付けた。それを4~5回繰り返したあとで、本来の色を取り戻した手を器のようにして水をすくって吸い口を包み込むようにして洗ってから、さらに水を口の中に入れて2~3回うがいをして水を飲んだ。とくに寒くはなかったし緊張するポイントは過ぎたはずなので先ほどの死への恐怖によるものだろう、正平の膝は震えが止まらなかった。ふと見ると、黒っぽいはずのランニングスパッツとショートパンツは真っ白で、マリンブルーを基調にしたウィンドブレーカは真っ黒になっていた。濃紺のキャップをとると真っ白になっていたので、ならば顔は手と同じく真っ黒だろうと気になった。ただ顔を洗いたいけど水道は無いし、有るところまで行く間に不審者と思われるかもしれないし、ハイドレーションに水はあるけど顔を洗うような出し方はできないし、どうしたものだろうと考えていたら、ハイドレーションの吸い口を手で開きながら本体に圧をかけてみることを思い付いた。手初めにバックパックのショルダーベルトを思いっきり締めて前屈みになってみたら、本人も驚くほどに見事なまでの水道になった。その水を手ですくって顔を洗ったけど拭いたタオルはそんなに汚れなかったので、汚れたのはトンネルの壁に触れたところだけだったみたいだった。それでも冷たい水で顔を洗ったのは良いリフレッシュになったみたいで、少しだけ精神的に落ち着いた正平は、あといくつかのトンネルが気になるところでもあるけど、とにかく先へと向かってゆっくりと歩き出した。


 脇道を中心にしばらく歩いて、南無谷北海水浴場のあたりで国道127号線に戻ってあと一つだけトンネルを抜けるという予定通りのルートを進んでいたら、交通整理員がいて、

「この先のトンネルは工事中で歩行者の通行はできないから、会社の車で送ります」

と言われてしまった。でも自力で歩いていかないと意味がないと考えていた正平が迂回路を尋ねると、少し戻ってから海にでると海岸沿いに道があると教えてくれた。地図を見ているときから今回の旅は相当に危険だと思っていた正平は、かなり気合を入れてトンネルの抜け道だけは入念に調査したけど、そんな道を見つけられなかったので半信半疑になりながらも言われた通りに歩いて行くと、確かに海岸沿いに遊歩道があった。ただ道はあるにはあったけど「この先、落石あり! 通行止!」という看板もあった。どうやら、この旅はここまでみたいだった。あまりにもあっけなくて締まりのない終わり方だった。


 さっきのトンネルのような怖い目に会いたくないから、ここで旅を終わらせたいという気持ちも確かにあった。でも、一度決めたことを簡単には終わらせたくないという気持ちもあった。そんな気持ちのギャップを埋める言い訳には、ちょうどいい場所という気はする。あとは通行止めになった落石現場を撮影して、堂々と旅を終わらせるだけだった。海に突き出した数メートル先の岩には波が打ちつけていて、時折高く舞い上がる波しぶきは迫力があって怖かったけど、正平は歩き続けた。意外と長かった。こうなると戻るのも大変だなと思ったその時、突然と正平の目の前が開けて砂浜が視界に飛び込んできた。もしかして通り抜けてしまったのかと思った正平が、ふと振り返って見た足元の看板には「この先、落石あり! 通行止!」と書かれていた。これは正平の偉大なる勘違いだった。落石があるから通行できないという意味ではなく、落石の危険があるから通行しないでくれという意味だったらしい。あまりにも自分らしい勘違いに正平自身も笑いながらも最後のトンネルが迂回できてしまったので、あとは海岸沿いの道を館山駅へと向かうだけだった。緊張と恐怖と落胆から一気に解放されて、かなり気楽になって正平は歩いて行った。


 富浦や船形を抜けて内房なぎさラインに入ってしばらくすると、大きな川を渡ったあたりで南国リゾート感が満ち溢れた道になった。館山の街に入ったようで、左にショッピングモールが見えた。右には砂浜沿いに遊歩道があったので、そちらに移って館山湾を眺めながら今日の悪い出来事を思いっきり解放させるかのように、南国リゾート感を満喫しながら歩いた。やがて昨夜宿泊したホテルが見えて来た。夜の到着と早朝の出発だったので気がつかなかったけど、リゾートホテルの雰囲気が思いっきりあって、素泊まりがもったいなかったという気にはなったけど、今日はいろいろとありすぎたので今朝までいたところという感じではなく、むしろ長い年月が過ぎて無事に帰って来たことを報告するような心境になってはいた。食事は駅前のラーメン屋さんで塩ラーメンを注文した。そこでバックパックを下ろした時に、白っぽい部分と黒っぽい部分が逆転しているのを見て再びトンネルの恐怖感に支配されながら、昔の人の関所越えの恐怖感ってこんな感じに近かったのだろうかなどと思ったりもしたけど、すぐに塩ラーメンの暖かさと美味しさで恐怖感とくだらない疑問ごと胃の中に流し込んだ。空腹を満たして落ち着いたら、トンネルの汚れと汗を流したくなったので、スマホで温泉施設を調べると少し遠かったけど、今日は特別だからと奮発してタクシーで往復することにして温泉に入った。館山駅から高速バスも出ているらしかったけど予約制らしく、その予約の方法がわからなかったので、内房線で木更津に行き高速バスで品川というこのところの定番ルートで家路に着いた。

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