第23話 癒しの王子も時に叱るときがある
「なんか、山田って、最近整形した?」
エレベーターが来るのを待っていたら、通りがかった間宮君に突然言われて私は硬直。
藪から棒になんなんだと、眉をひそめたら、「あぁ違うか、痩せて顔が小さくなったから、目が大きく見えるんだ。今まで、肉で埋もれていたもんね」と言って笑った。
嫌い。もうホント嫌い。
「ねぇ、殴ってもいい? できればグーで」
「なんでだよ、褒めているのに」
「今のを褒めていると思っているなら、間宮君はクソ野郎だよ」
思わずそう言うと、間宮君は驚いた顔をして、私をまじまじと見た。
「女にクソ野郎って初めて言われた」
「私は男にクソ野郎って言ったの2回目」
「山田って相変わらず面白いな」
二カッと日に焼けた肌に真っ白な歯を見せて、サーフボードを持たせたらハマりそうなさわやかな笑顔を見せたけど、そんな笑顔にはごまかされませんよ。
大体、私はこないだの、くびれ発言をまだ許してはいないのだから。
「私は間宮君といても全然面白くない。さっさと仕事に戻ってくれる?」
「そんなに嫌うなよ。女の子から嫌われたことなんてないから、俺ショック。整形したって聞いたのは褒め言葉のつもりだったんだから」
「だーかーらー、どうしてそれを褒め言葉だって」
「可愛いくなったって言いたかったの」
言いかけた言葉が引っ込んでしまった。
かっ可愛いくなったって言われた気がする。
「お。顔真っ赤。ホント、面白れぇ、山田」
「そっそんな言葉、信じないぞっ」
そうだ。女をくびれとおっぱいでしか判断しない男のくせに。
「俺、女の評価にはうるさいからね。嘘はつかないよ」
「間宮君に評価されたところで、全然嬉しくない。言っとくけど。あなたの男としての評価ランクは最低だからっ」
私は中指立てるくらいの勢いで彼を睨みつけ、もうこれ以上一緒にはいられないと、エレベーターを待つのをやめて階段に向かって歩き出した。
「あぁ、待って、山田」
突然、私の手を掴んだ間宮君。驚いて振り返ると、
「山田、俺と付き合わない?」
ととんでもないことを言い出した。
「あの、付き合うってどこにでしょうか? 私、下のフロアに用事ありますが、あなたも一緒に階段で降ります?」
「山田ぁ。分かっているくせに、そんなつれないこと言うなよ。俺の彼女にならないかって聞いたの」
「なりません」
「即答?!」
大袈裟に驚いた間宮君にもう失笑ですわ。どうして驚けるのか謎だよ。
「ねぇ、もう行ってもいい? いつまでこの茶番に付き合えばいい?」
「なんで、お前って俺にだけ、そう冷たい訳?」
「なんでその理由が分からない訳?」
はぁと私は大きくため息をつきながら、首を振ってその場を後にした。
「山田ぁ。俺、割と本気だよー。ちゃんと考えておいてねー」
その背に向かって、大声で叫ぶ間宮君。
割と本気って、なんなんだ。来るなら全力で来い。拒むけど。
◇◆◇
その後――
「あら、山田さんも、健康のために階段使っているの?」
エレベーターを諦めて、階段を下りて行く途中で、横芝部長に会った。少し前に、旧態依然としていたうちの会社で初の女性管理職となった憧れの人だ。
「たまたまですけど、これを機会に、階段を使うようにしようかな、なんて考えていました。今、ダイエット中なので」
「そう。ダイエット中なの。山田さん、このところ綺麗になったもんね」
ニコリと温和な笑みを見せる横芝部長。
あぁ、すごく嬉しい。
間宮君に言われた時と違って、素直に嬉しい。いやぁ、同じ褒め言葉でも、発する相手によってこんなにも感じ方が違うものなのだな。
「ありがとうございます!」
「そうそう、山田さん。Great enterprises In the worldって知っているかしら?」
「あ、はい。『偉大な企業』ランキングを発表している機関ですよね? 以前、日経ビジネスで読みました」
「そう。今年、うちの社も応募しようと思っているのよ。でね、その責任者にあなたを推薦しようと思っていて」
突然の言葉に、私は驚いてまじまじと横芝部長の顔を見てしまった。
「初めての試みだし、会社のアピールポイントをレポートにまとめる必要があるから、準備は結構な労力を必要とするけど、あなたならできるんじゃないかなって思っているの」
嘘。どうしよう。すごく嬉しい。
これまでの私の仕事は、どちらかと言うとルーチンワークが多くて、日々同じことをせいせいとこなす感じだった。
だからこういう新規の企画ものに、しかも責任者として携われるなんて……。
呆然としてしまって何も言えない私に、
「考えておいて。期待しているから」
と横芝部長は言って、颯爽と階段を駆け上がって行った。
やだ。叫びたい。やったーって、声を出して叫びたい!
横芝部長に、期待しているって言われた!
もう私は有頂天になって、階段を駆け下りた。
◇◆◇
ぐふっぐふふ。
「なんだよ、さっきから。気味わりぃな」
先ほどからニヤニヤが止まらない私を、一条さんが気味悪そうに見ている。
「実は、今日いいことがあって」
「ふぅん」
「聞きたいですか?」
「別に」
あくまでつれない一条さん。
「少しは興味示してくださいよ」
私がプリプリしていたら、
「どうしたの?」
と今からスイミングのクラスに向かうのであろう亮ちゃんが顔を出した。
「あ。亮ちゃん、こんにちは!」
「こんにちは。今日はずいぶんいい顔しているね。何かいいことでもあった?」
瞬時に私の心を読み取る癒しの王子。
「そうなんですよ! 今日、会社ですごく嬉しいこと言われて」
「誰かから告白でもされたとか?」
「え? あぁ、そんなこともありましたが、それはどうでもよくて、実は会社で新規プロジェクトの責任者を任せてもらえそうなんです! 憧れの部長から期待されているって言われて!」
亮ちゃんは興奮する私を柔らかな笑顔で受け取ってくれる。
「そうなの? すごいね。おめでとう」
「ありがとう! まだ、確定したわけじゃないんですけどね。でも部長が私を推薦してくれるって言っていたので」
踊りだしそうな私に亮ちゃんは笑いながら、「確定したら教えて。お祝いしてあげるから」とウィンク一つ残して、去って行った。
「お前、いつから立花のこと、名前で呼んでんだよ」
突然、一条さんに言われて振り向けば、なんだか機嫌悪そうな顔で彼が私を見ている。
「え……。あぁ、小学校の頃、一緒のスイミングスクールに通っていたってことが発覚して、昔の呼び方に戻ったというか……」
「ふぅん」
自分で聞いておいて、一条さんは興味なさそうにつぶやいた。なんなんだ。
「っていうか、さっき、軽く流していたけど、告られたって、あれ、なんなの?」
「え? あぁ、あれはまぁ、事故みたいなもんで」
「なんだよ、それ」
「同僚から付き合ってくれと言われましたが、年中女子のお尻を追いかけている奴なので、挨拶代わりみたいなものっていうか」
「で? その男と付き合うわけ?」
「まさか、ありえません」
「ふぅん」
再び興味なさそうにつぶやいた一条さん。一体、なんなんだ。
「よかったな」
「いえ、別に、嬉しくもないですけど」
「違うよ。仕事の方。嬉しかったんだろ?」
「え……」
「頑張れよ」
驚いてポカンとする私に、ちょっと気まずそうな顔をした一条さんは、「ずいぶん時間をロスした。トレーニング始めるぞ」と言って後ろを向いてしまった。
なんなんだ、このツンデレは!
キュンとするじゃないか!
たった一言、頑張れよと言われただけで、無茶苦茶、嬉しくなっている自分にため息が漏れる。
だから、彼には彼女がいるんだって。そう言い聞かせているのに、どうにもならないこの胸のときめきを誰かホントに止めてほしい。
◇◆◇
「知ってる? Great enterprisesに今年応募するって話」
「あぁ、うんそうらしいね」
間宮君が突然、真面目な顔で話しかけて来た。どうせ彼は、女子の絡まないこの仕事に興味ない、というか、逆に仕事が増えて嫌がるのだろうと思っていたのに、
「俺、リーダーにしてもらうよう、部長に直談判してこようかな」
とつぶやいた。
「え?! 間宮君、興味あるの?」
「っていうか、応募したらどうかって、提案したの俺だし」
「そ、そうなの?」
「うちの会社ってさ、よく言えば由緒ある会社だけど、悪く言えば古くて固くて、縦割りだし、正直、応募したところでランク外になると思うんだよね。でも、こういうので客観的に評価されれば、現状うちがどの位置にあるか分かるし、今年はダメでも次の年には変わっていくんじゃないかなって」
あ……、初めて間宮君をすごいなって思った。
「自分の会社が、外から高い評価されたら嬉しいじゃん? そんなわけだから、まぁ、数年越しのプランとして、頑張ってみっかなって」
「そう……なんだ」
「なんだよ、その顔。応援の言葉もない訳? つれないなぁ、相変わらず」
「あ、ううん。間宮君、すごいと思う。応援する」
そう言ったら、「何、惚れちゃった?」と彼は相変わらずのノリだったけれど、私は何だか、間宮君もいろいろ考えているんだなって、感心したわけで……。
「部長、Great enterprisesの件なんですけど」
「あら、よかった。あなたを責任者にする話、承諾もらえたから、ちょうど、プロジェクトのキックオフについて話しておこうと思っていたのよ」
「あの、すみません。私、やっぱり、自分に責任者は無理かなって。私はリーダーっていう器じゃないので、誰かの下についてフォローする方が向いていると思いまして」
言った途端、横芝部長は明らかにがっかりした顔をした。
期待外れ……そう思われただろうか。
「そんなこと言わないで、もう一度考えてみて。私は、もっと女性に責任のある仕事を持ってほしいと思っているの。この会社の体質を変えるためにも」
結局、その話は一旦持ち帰ることとなり、私は悶々とした気持ちを抱えて、デスクに戻っていった。
「なぁ、山田聞いてくれよ。調べれば調べるほど、うちの会社ダメだわ。社内の風通しとか、経営方針の透明性とか、女性の活躍推進とか、なんもアピールすることがねぇ」
「もう、調べているの?」
「まぁね。あぁ、他の仕事はちゃんと終えた上でだから、怒るなよ」
間宮君はチャラいけど、仕事はできる。彼が本気になればきっと成果も残すだろう。本気を出した彼を差し置いて、私がしゃしゃりでる必要があるのだろうか……。
◇◆◇
「どうしたの? 元気ないね」
ジムのロビーまできて、ミネラルウォーターを買おうと自動販売機の前でボーっとしていたら、亮ちゃんに話しかけられた。
「あぁ、こんにちは、亮ちゃん」
「何かあったの?」
「亮ちゃんは、私の心の内が一目で分かっちゃうね」
「そう。だから、隠さず言ってごらん」
ニコリと優しい微笑みで包んでくれる。
やりたいと思っていた新プロジェクトのリーダーに、同僚の男の子も手を上げようとしていること。そのプロジェクトはそもそも彼の発案であり、彼は本気を出せば仕事のできる男だということ。それなのに彼ではなく、私がリーダーとして推薦されたのは、私が女性だからということ。
私はそれらの経緯をすべて話した上で、やっぱり辞退しようかと思っていると、亮ちゃんに伝えた。
「背景は分かったけど、肝心の君の気持ちはどうなの?」
「え……?」
「やりたいと思っていたんだろ?」
珍しく、微笑みを解いた真顔で、彼は私に聞いた。
「……そりゃ、やりたいと思っていましたけど……」
「君は昔から、自分のことになると消極的になるからね。他人のことにはすぐ首を突っ込んでくるくせに、自分の本心は絶対に言わない。悪い癖だよ、それ」
ため息交じりにつぶやかれて、ドクンと心臓が音を立てた。
そう。いつからか、私は自分の本心を隠すようになった。
その方が、うまく行くと信じていたから。
自分が我慢した方が、ママも弟も笑顔になる。そう思っているうちに、自然と、本心を隠すことが、うまく生きていくための術として、身についてしまった。
「昔さ、スイミングスクールの大会に推薦された君は、僕に遠慮して断ったよね。僕は、それを後から知って、すごくプライドを傷つけられた。君は優しいけれど、時にそれが人を傷つけることもあるってことを知っておくべきだ。きっと、その同僚がもし後から、君がリーダーに推薦されていたことを知ったら、傷つくんじゃないかな。男ってそういうものだから」
亮ちゃん……。
「花。ちゃんと、自分がどうしたいのか、君は正直に彼に伝えるべきだと思うよ」
彼の言葉は私の胸に真っ直ぐに届いた。
私は勘違いしていた。私がしたことは、すごく傲慢で、身勝手で、自分が犠牲になる振りをして自己満足に浸っていただけだ。
「うん……そうだね。私もそう思う。亮ちゃん、ありがとう。それから、ごめんなさい。大会のこと、私、亮ちゃんに対してすごく失礼だったね」
「謝らなくていいよ。僕はそれで君を傷つけるようなことを言ってしまったからね。自分の小ささに情けなくなる」
亮ちゃんはいつもの柔らかな微笑みを戻し、ニコリと笑った。
ちゃんと私がすべきことを教えてくれる彼に感謝しないと。
間宮君を傷つけたとしても、正直に伝えよう。そうしないと、もっと彼を傷つけることになるかもしれないから。
◇◆◇
翌日、私は間宮君を呼び出し、責任者として声をかけてもらっていること、自分はやりたいと思っていることを伝えた。
「え? そうなの? ってか、いいよ。別に俺に断りなんて入れなくて。お前がやるなら、その方が楽だし」
へ?
な、何その軽いノリ。
「だ、だって、リーダーにしてもらえるよう直談判に行くって言っていたよね?」
「あぁ、それね。どっちかっていうと、面倒だったんだけど、上のお堅い連中に応募自体を潰されかねないなって思っていたから、頓挫しないよう自ら見張っておこうと思って」
「そ、そうなの?」
驚く私の前で、間宮君はなんてことなさそうに頷く。
「別に、うちの会社がランキングに入るような会社になってくれれば、誰がリーダーやろうが関係ないし。山田がやるなら安心だ。よろしくな」
「で、でも、自分の手で会社を変えたいって熱い思いがあったんでしょ?」
「まぁな。上位にランキングされたら、合コンで名刺渡した時にちょっとしたネタになるじゃん? ランク内の企業は名刺にロゴを印刷できるんだよ」
はっ? 何それ!!!
驚愕する私を前に、間宮君は肩をすくめた。
「なぁんだ。改まって、話があるって言うから、こないだの告白の返事かと思ったのに。そんなくだらない話かよ」
く、くだらない……だと……。
「そんなことより、告白の返事はどうなったの? 考えてくれた?」
「間宮君……」
「ん?」
「お前と私が付き合うことは一生ない。天と地がひっくり返ってもない。地球上に私と間宮君の二人しか生き残らなかったとしても、絶対にありえないから!」
私は怒涛の如く叫んで、呆気にとられる間宮君を残し、仕事に戻った。
あぁ、悩みに悩んだあの時間を返してほしい。あいつのやる気の源は女であって、それ以外の何者でもないのだということを、よぅく覚えておこう。
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