第三話:偽りと騎士

 

ゴーン……ゴーン……


「ほ、本当ですか! フルールさん!」

「ああ、なんでもあんたのことは前から気になっていたらしいよ? それで今日参加希望がでてることを知って、すぐに来たみたいだね」

「や、やったぁ!」


 ホーリーの使い方を知り、指輪を手に入れ、さらには仲間まで見つかった。

 前向きな姿勢を神様が評価してくれたのかも知れない。


「あっ、でも……」


 少し冷静になり、過去の事を振り返る。

 見た目だけで選ばれ、何度もクビになったあの日々を。


「やっぱり見た目で選ばれたのかなぁ……」

「アリス、見た目で選ばれたとしても、あんたがパーティで何をするかによって変わるんじゃないかい? まずは、会ってみなよ」

「うん……そうですね。弱気禁止! よしっ!」

「ふふ、それじゃ行こう。下で待ってるからさ」

「えっ! もういるんですか!? 心の準備が……」

「いいから、いくよ!」

「は、はいぃぃっ!」


 どんな人だろうか、アリスは期待と不安を胸に階段を降りていく。

 一段降りる度に、心臓の鼓動が早くなる。

 アリスはそっと左胸に、右手を添える。

 その人差し指には〝精霊の指輪〟が輝いている。


(……なんだか少し落ち着いたかも。ありがとう精霊さん)


 アリスは見えない精霊に感謝を述べ、胸を張る。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 数日前ーー


 オーガの雄叫びが響き渡る。


「グォアォオオァァォォォォ!」


 大きさは二メートル五十センチ程、通常サイズだ。

 腕だけで人間の胴体三人分はありそうな程太い。

 オーガは持っている丸太を振り上げ、叩きつける。


 ドガァッ!


 鈍い音が夜の森に響く。


「!?」


 オーガは驚愕する。

 男はそれを片手に持った剣で難なく防いでいた。


「どうした? 受け止められたのは初めてか?」


 男はオーガに話しかける。

 オーガは人間の言葉は話せない。

 だが、自分が舐められているのはわかる。


「グォォォオオオオオオ!」


 再び丸太を振り上げる。

 が、鈍い音が大地を揺らした。


 ズゥゥン……

 

「お前も俺を舐めてたろ?」


 いつの間にか男はオーガの眼前から消え、右手を切り落とし背後にいた。

 オーガが振り返り、左拳を振り上げる。

 しかし、その時にはすでにオーガの上半身と下半身は離れ、地面に崩れ落ちていた。

 まだ生きているオーガの首を刎ね、とどめを刺す。

 物言わぬ肉塊となったオーガから、討伐の証拠となる素材をいくつか剥ぎ取り、男は溜め息をつく。


「はぁ……もっと強いヤツとやりたいな。もっと強くならないと魔王には勝てん……」


 男はオーガを引き裂いた剣の血を拭い、空を見上げる。


「待っててくれよ。すぐに行くからさ、親父、母さん」


 剥ぎ取ったものを袋にしまい、男はその場を後にした。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 鼓動が高鳴る。

 次は絶対に役に立つ。

 今度こそ。


「またせたね、この子だよ」

 フルールがパーティリーダーに話しかける。


「は、初めまして! シスターのアリスです! よろしくお願いすばす!」


(あ〜! 最初から噛んじゃったよぉー! うー!)


 盛大に噛んでしまった。

 アリスは頭を下げながら自分の情けなさにがっかりする。


「ははは! 緊張しなくて大丈夫だよ。初めまして。パーティリーダーのクルズです。よろしく、アリス」


 頭を上げ、再度相手をよく見る。


(全身黒い装備! まさかこの人……)


「前から気になっていたアリスが参加希望を出していたからすぐに声をかけちゃったんだ。迷惑だったかな?」

「いえいえ! 嬉しいです! ありがとうございます!」


 だが、一つ聞いておかなければならない。

 何故、パーティに誘ってくれたのかを。


「あの、どうして私のことが気になっていたのでしょうか……? 私シスターですし、その……そんなに強くないので」


 言ってて情けなくなるが聞いておかねばならない。 自分の強さを知らずに声を掛けているならまたすぐにクビになってしまう。

 相手にも迷惑が掛かってしまうので断るのも選択肢の一つとしてアリスは考えていた。


「ん、俺はハッキリ言ってよそ者だ。ここに来たのは半年前かな? 多分だけど丁度その頃にアリスも来たろ?」

「あ、はい!」

「シスターなんて珍しいし、アリスは印象に残るからさ。それで覚えてた。その後何があったのかもね」


 何回もパーティをクビになったことを言っているんだろう。

 アリスは少し肩を落とす。


「だから、今度参加希望が出たら声を掛けようって決めたんだ。一緒に強くなろうよアリス」


「……っ!」


 涙が出そうになる。

 今日は本当にいい日だ。

 神様に感謝しつつ、アリスは笑顔で応えた。


「はい! よろしくお願いします!」

「それじゃ、パーティメンバーを紹介するよ。行こう、アリス」

「はいっ! あ、フルールさん、ありがとうございました! フルールさんのおかげです!」

「あたしはなんもしてないよ。あんたが自分で変わったのさ。行っといで! あんたなら大丈夫さ!」


 目に涙を溜めながら笑顔でフルールと別れる。

 これからアリスの新しい冒険が始まろうとしていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「やっとついた……」


 途中、山賊に襲われたり、寄った村で魔物を狩ってくれといわれたりでオーガを倒した後、戻るまでにやたら時間がかかった。


(我ながら……安請け合いし過ぎたな)


「クエスト完了したよ」


 ギルドに入り、受付にクエスト完了を知らせる。

 フルールが現れ、確認を行う。

 しかし、フルールの顔が曇った。


「……あら? おかしいね」

「ん、どうした?」

「このクエスト完了しちまってるんだ」

「え?」


 クエストは基本早い者勝ちだ。

 掲示板に貼ってあるクエスト依頼書を受付に持って行き受注する。

 ただ、難易度が高いクエストや緊急性が高いクエストは複数のパーティが受注することもできるようになっている。

 今回彼が受けたクエストも、オーガが村の近くに居て危険だからと緊急性の高いクエストとして依頼が出されていた。


「俺、一人で倒したんだけどな……」

「おかしいね。証拠素材も持って来てたから」

「……それ、見せてくれ」


 フルールは証拠素材を裏から持ってきて、カウンターに乗せた。

 男は証拠素材を見て、確信した表情を見せる。


「俺が倒したオーガだな。間違いない」

「なんでわかるんだい?」


 男は自分の素材をカウンターに出す。

 魔物の断片を指差し、フルールに説明した。


「切り口が同じだろ? しかもこいつが持って来た部位は通常証拠として出す部位じゃない」

「メモを見ると、戦闘で破損しちまったって話だね……」


 証拠素材となる部位は大体決まっている。

 今回のようなケースが無いようにするのが目的だが、それでも冒険者の実績が高いとギルド側も討伐完了として認めてしまうこともある。

 戦闘中に破損してしまった場合もあるためだ。


「参ったね……切り抜きかい……」


 こういった行為を通称〝切り抜き〟と言い、冒険者でこれをやる者はクズであり、軽蔑される。


「同じ場所にいたのか……というか俺を付けてたのかもな。俺が帰るのが遅かったのもあるが……くそっ……そいつの名前はわかるか?」

「ああ、あたしが受けたやつじゃ無いから依頼完了書を見れば……え!?」


 フルールは完了書を見て愕然とする。

 口に手を当て、思考を巡らせていた。


「どうしよう……! アリスが!」

「アリス? そいつが犯人か?」

「違う! 実は……」


 フルールは男にアリスについて話した。

 それを聞いた男は顎に手を当てて、ふむ、と呟く。


「なるほどな。クルズってのが犯人で、アリスはそいつとパーティを組んじまったのか」

「アリスに何かあったら……」


 フルールは目に涙を溜め、体を震わせている。

 まるで自分自身を責めているかの様だ。


「よそ者でしかも切り抜きを行うような奴だ。アリスを戦力ではなく……」

「あ、あんた! お願いだ! アリスを助けてくれ!」


 取り乱し、カウンターから飛び出してくるような勢いで彼女は叫んだ。


「わかった。そいつらがどこに行ったかわかるか?」

「待って……これだ! ゴブリンの討伐! 場所は……リック村!」

「リック村か、そのまま王都にいって大陸に出る気だな。王都でクエスト完了を報告すりゃあいい」


 男は水と食料を注文し、荷物に詰め込む。

 ここまでろくに食べてない。

 食べながら、後を追うことにした。


「頼んだよ、バーン!」



 黒い騎士はマントを靡かせ、ギルドを後にした。


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