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「これは俺の考えなんだが」神田は言った。「細貝の本命はある人物の身元を俺たちの眼から隠したかった」

 神田の推測はやや唐突に聞こえた。最初に細貝が供述した内容―カルトに潜入させたスパイと会っていたという件はともかく、暴力団との関係を疑われていた国会議員と会っていたという新たな供述を神田があっさり退ける根拠はどこにあるのか。

「神田さんはその本命が誰に該当するとお考えですか?」

「まず霜山は論外だ。疑惑の渦中にあるような、怪しい臭いしかない人物を眼の前にちらつかせたのはそいつが餌にすぎないからだ」

「ならば、それ以外の人物ですね。楊か倉下か」

「場所を変えて話そう」

 2人は《アルデバラン》を出て薬局の横にある階段を昇って地上に出ると、人間一人がどうにか通れる狭い通路に出た。それを表通りと反対側に進み、粗末な住宅が密集する路地を巡った。ある一軒家の角を曲がると、ふいに灰色の空が広がる。バスケットボールのゴールポストがポツンと立つ人けのない空き地に出た。

 神田が写真を手渡してきた。安斎瑤子の写真だ。

「アンタから送られてきた顔写真。先日、《アルデバラン》で働いてたホステスに見せた。そのホステスは女の顔が楊に似てるような気がすると言った。3年も前の話だから、こんなもんだと思う。次いでに、男の方の写真も見せた」

「安斎英道の写真ですね」

 神田はタバコを口にくわえ、金メッキのライターで火をつけた。

「そのホステスはこんな話をした。楊が写真の男と、駅前の百貨店で買い物をしてるのを見かけたそうだ。楊はあの通りの美人なのに、男っ気がないので意外に思ってたんだが、やはり男がいたんだと」

「2人のデートを見かけた時期は?」

「事件が起こる1週間ぐらい前だったそうだ」

「楊は男との関係について、何か話したんですか?」

「ホステスがデートを見た翌日、楊に男の話を持ち出したそうだ。その時、楊は男が前に勤めてたスナックのなじみ客で、よくしてもらってると」

「楊が以前に勤めてたスナックというのは?」

「オーナーの話では、楊がこの店に来る前の経歴は一切分からなかったそうだ。楊は銃撃事件の3日後、店を無断で辞めて当時住んでたアパートも引き払ってる。その時になって初めて、店に提出した戸籍抄本と保険証の写しが赤の他人のものだと分かった。その後の行方は不明。だが、楊とその男は細貝のキャリアを潰したも同然だからな。細貝があえて供述から隠す理由が見当たらん」

 天羽はうなづいた。

「ところで、さっきから若い男がアンタの後ろでうろついてるんだが。《アルデバラン》が入ってるビルの前でも見かけた。黒いブルゾンを着てる奴」

「ああ、あれは私のボディーガードです」

「ありゃあまだ青いな。目つきがダメだ。自分から周りにボディーガードですって言ってるようなもんだ」

「注意しておきます」

 いつの間に小雨でも降ったのか地面はぬかるんでいた。ゴールポストの周辺だけコンクリートが打ってある。2人はそこに上がり、靴を鳴らして泥を落とした。

「なら、残されたのは県議の倉下ということになりますが?」

 神田は苦笑を浮かべる。

「そうだと言いたいところだが、これもまたパッとしなくてな」

「どういう人物なんです?」

「県議を二期務めてる。議会で大した役職についてるわけじゃない。所属会派が保守系だから、基本的にこっち側―警察寄り。それだけだ」

「3年前の銃撃事件については何と?」

「細貝を突いた後で聴取はした。概ね細貝と似たような話をした。3人があの現場で会った理由も言わなかった。狙われたのは霜山の疑惑のせいだろうと。せいぜい細貝と口裏合わせしてたんだろうがな」

 聞き出せる話はここまでだろう。天羽は公園で神田と別れることにした。タバコを排水溝に捨ててから神田が言った。

「これからどうするんだ?」

「細貝の聴取を」

「細貝は行方不明だ。県警内でそんな噂が流れてる」

 天羽は思わず眼をむいた。

「いつからですか?」

「それは分からんが・・・アンタ、聴いてないって顔をしてるな」

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