第二十話 「かつての相棒」
「まったく、大した男だ。ここまで私を手こずらせるとは」
校舎の屋上。
仁王立ちで佇むマスクに見下ろされながら大鳳は地べたに膝を着かされていた。
「くっ……この戦闘力、貴様は一体何者だ?」
大鳳は息を荒くしながら立ち上がり言った。
「それは私の台詞なのだがな。たかが人間の分際でダァトの欠片を混ぜ込んだ武器を生身で扱えるその理由をぜひ知りたいものだ」
「鍛錬の賜物だ。何も特別なことではない」
「そうだろうな。貴様は何も特別ではない。ただの脆弱な人間だ。その証拠に最前線で数多くのデウスと戦ってきた貴様の身体はすでにボロボロだ。私が手を下さなくとも、いずれ限界を迎えるだろう」
「うっ……グフッ……」
その宣告に呼応するように大鳳は口から大量の吐血をする。
「たとえ、私の命の灯が残り僅かだったとしても。私のやることは何も変わらん!!」
大鳳はカッと目を開くとアドレナリンを自らの意志で全身に駆け巡らせた。この天然ドーピングは大鳳が修行の末に編み出し行きついた領域。
心眼と同じ、彼の秘奥義の一つであった。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
猪突猛進――そんな言葉がしっくりくるような急激な特攻で大鳳は最後の力を振り絞って斧を振り下した。
「まるで野獣の咆哮だな」
マスクは大鳳の強襲にも冷静さを保ったまま華麗に躱す。
「まだまだァッ!!!!」
横に避けたマスクの動きに素早く反応すると大鳳は垂直に振り下していた軌道を水平にくいっと方向転換させる。
「しまっ……」
怪力大男、大鳳巌がフルスイングし斜めに振り上げた斧は一切の減速なくマスクの顔面のど真ん中にぶちかまされる。
その強大な衝撃で体格のよいとは言えないマスクは身体ごと吹き飛ばされ、屋上の入り口のドアに全身を叩きつけられた。
「事実として知ってはいたが、ここまでの馬鹿力だとはな……」
顔を押さえながら立ち上がった彼女のマスクに亀裂が走る。
「なっ……その顔は……君がなぜ……!」
二つに割れたマスクから現れたその御顔に、大鳳は目を見張った。
「師匠、大丈夫ですか!」
レオは七緒を抱え、屋上まで一っ跳びで到着した。
「レオ君、七緒君……!」
大鳳は駆けつけたレオたちを視界に捉えると安堵の表情を見せる。
「このタイミングで来てくれて助かった。危うく動転して精神が乱されるところだった」
「……はぁ?」
七緒を地に降ろしたレオは言葉の意味がよくわからず首を傾げる。大鳳ほどの強者が苦戦を強いられていたということだろうか。
そんなふうに思考を巡らせていると、
「手寅……? お前、そこで何をやっているんだ……?」
隣に降ろした七緒が肩を震わせていた。彼女の視線の先を追ってみる。
オレンジ色の髪に凛々しく角度のついた吊り目の瞳。しかしその虹彩は失われていて、人形のような無機質な不気味さを持つ美少女がそこにいた。
「ああ、見られてしまったか。まあ隠すことでもなかったがな」
足元に転がった黒いマスクの残骸を足蹴にして少女は言う。あれを被っていた人物の正体がこんな同年代の少女だとは予期していなかった。
「そう、確かに私はかつて坂神手寅とそう呼ばれていたものだ」
首を手で押さえてコキコキと鳴らしながら肯定する。坂神手寅……その名に聞き覚えはないが、七緒の反応から彼女の知り合いであることが窺える。
「しかし貴様らがここにいるということは太一が討たれたということか。存外、侮れぬものだな」
仲間がやられたというのに彼女は冷静に分析を行っている。そしてそこに事実確認以上の感情はないようだった。
黄昏の夜明けにとって仲間とはその程度で割り切れてしまうものなのだろうか。
あの後に駆けつけた対策本部の隊員に引き渡した道頓堀を思い出し、敵ながら複雑な気持ちになる。
「手寅……生きていたんだな……! よかった……」
一方で、つっかえつっかえに感極まりながら話しかける七緒の眼にきらりと一筋の光が。
……あの七緒が、泣いている!
彼女は一体何者なのだろう。
「彼女は適合実例体第三号、坂神手寅。七緒君のかつての相棒だ」
状況が把握できずにいたレオに大鳳がそっと耳打ちをしてくれた。
適合実例体第三号。七緒の相棒。
(えっ、じゃあそれって……)
そうだ。もしその通りならば彼女は四年前に――
「感涙に咽いでいるところ申し訳ないが、坂神手寅という人間は公式記録の通り死んでいる。あの日、彼女はその肉体を粒子レベルにまでバラバラにされ消失した」
まるで他人事のように淡々と死因を口にする坂神手寅の姿をした少女。
「何を言っているんだ、手寅? お前はそこにいるじゃないか」
「今ここにいるのは坂神手寅であり、坂神手寅でない。デウスであってデウスでない。そんな何者でもない存在。今は仮にフローラと名乗っている」
「フ、フローラ?」
意味深な発言に狼狽を見せる七緒。
大鳳もどうすればよいのか決めあぐねている様子だ。
二人とも目の前の人物が自分たちのよく知る人間でないという申告を認めるべきか苦心しているようだった。
「あの日、強大な反応のデウス……ダァトとの一対一の対決に臨んだ坂神手寅はダァトを窮地に追い込むことに成功した」
「じゃあ、あの日手寅は戦いに勝っていたというのか? そのダァトというやつは手寅が倒したということなのか?」
「倒してはいない。勝利はしたがな。あの日、坂神手寅がダァトを退けていなければ人類は今頃こんなにものうのうと暮らしてはいなかっただろう。……まあそれも破滅を先送りにするだけの無駄な足掻きでしかなかったのだが」
仮初めとは言え、今日までの日常が守られていたのは坂神手寅のおかげだった。もし彼女が負けていれば人類はすでに消滅させられていたかもしれないのだ。
「そうか……手寅はあの日、私がいなくても勝っていたのか……。お前が私たちを生き長らえさせてくれていたのか……」
「諸星先輩……」
目の前のフローラを自称する少女はそんな七緒の感慨を意にも介さず淡々と語り続ける。
「坂神手寅との戦いに敗れたダァトは眠りにつき、今はその傷ついた身を休めている。復活の時に向けてやつは着々と世界樹の中にある世界で力を蓄えているのだ。だからこそ我々はダァトが蘇るまでに白黒をつける必要がある」
「その話と君が手寅君ではないという話はどう繋がるんだね? それ以前に勝ったはずの手寅君はなぜ帰ってこなかったのだ?」
それまで黙してただ話を聞いていた大鳳が口を開き、核心を引き出そうとする。
「あの日、爆発が起こったことは知っているな? あれは追い込まれたダァトが自爆して引き起こした最後の抵抗だ。その爆発の源となった超高濃度のエネルギー波は人体の構造を根本から変質させるものだった」
爆発……。レオも巻き込まれたあの突風はそんなものを震源に起こされたものだったのか。
「その波に呑まれた坂神手寅は肉体を失った。身に纏う鎧装表皮とスケイルシードも同時に。だがそのエネルギー波はただ消失を促すものではなかった。粒子レベルで崩壊した坂神手寅と彼女のスケイルシードに宿るセフィラ、八番目のホドはエネルギーの波の中で一緒くたにされて再構成されたのだ。世界樹を構成するセフィラと、そのスケイルシード適合者、坂神手寅とが融合して生まれた新たなる生。それが私だ。人間であって人間でない。デウスであってデウスでない。人間とデウス。それぞれの精神を一つに融合し、一つの肉体に納めた者。両方の立場から世界を見渡すことができる唯一の存在となって生まれ変わったのが今の私だ」
「融合というのなら貴様の中に手寅はまだ生きているということになるのか?」
「もちろん坂上手寅の記憶や経験は引き継いでいる。彼女の意識もある。だが、その心とは別にデウスとしての意思も備えている。デウスと人間、二つの思考を合わせ持っている以上、私自身は新たな人格といって差し支えない」
「ならお前がやっていることは、やろうとしていることは手寅の意思なのか?」
「そうでもあるし、そうでもない。個としての選択と複合体としての選択はまた別物だからな。強いて言うなら、デウス側の見方を得た坂神手寅が選び出した答えこそが私が今やろうとしていることだ」
「手寅の……選んだ答え……」
七緒の噛み締めた唇から血が流れるのを見る。
かつての相棒と予期せぬ形で再会し、その相棒が同じ姿でありながら別の存在となって敵対する側にいる。
七緒の内心を思うと胸が張り裂けそうだった。
「一つ訊きたい。君の言葉だとデウス、いやスケイルシードにも意思があると言っているように聞こえるが?」
黙りこくってしまった七緒の代わりに大鳳は厳しく目を光らせながらフローラに訊ねた。
「そうだ。我々は、デウスは人間で言うところの人格をそれぞれが宿している。その魂を封じているスケイルシードにも当然意思はある」
「だが私は適合者がスケイルシードと意思疎通をしたなど聞いたことがないぞ」
「それは疎通する術を適合者が持っていないだけの話だ」
……レオは初めて変身する直前に耳にした声を思い出す。
あれはひょっとしたら――
「ふむ、来たようだな。そろそろお喋りはおしまいにしようか」
フローラが上空を見上げる。
そこにはエンジンの駆動音が響かせた巨大な船が浮かんでいた。
「飛空艇だとぉ!? いつの間に! あんなでかいものの接近に気が付かなかったとは……。レーダーにも映らずにどうやってここまで……」
「恐らくステルス機能を搭載しているのでしょう。迂闊だった……」
飛空艇のハッチが開き、縄梯子が放り投げられた。このままではフローラに逃げられる。ここまで追い詰めて取り逃がすわけにはいかない。
「逃がさない!」
レオはダッシュで接近し、手を伸ばして掴み掛ろうとする。
「……あれ?」
伸ばした手の先からフローラの姿が消え失せた。
次の瞬間、身体に浮遊感が訪れ、視界が上下逆転する。気が付いた時にはレオは腕を掴まれて投げ技を決められ、地面に背中から叩きつけられていた。
「この程度の勢いだけの相手に太一が後れを取るとは思えんな。やはり単純な装備の出力差が敗因か。鎧装衣にはまだまだ改良の余地があるな」
「うぐっ……」
力押しでスケイルギアの性能に頼った勝利をしたことを一瞬で見抜かれレオは言葉を詰まらせる。
「また近いうちに会うことになるだろう。我々は戦う運命にある。そう、君たちの正義と私たちの目指す未来が相容れないその限り」
「待てっ!」
背中の痛みを押し殺して上体を起こすも伸ばしたその手には何も触れることはできず。また積み重なった疲労からか、変身も自動的に解けてしまう。
追走する手立てのない一同はフローラを乗せた飛空艇が高度を上げ透過し、飛び去って行くのを黙って見送ったのだった。
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