03 たそがれの発情

03-1 リンの秘密


 いい予感が当たる試しはないが、嫌な予感は必ず当たる。それが人生だ。実際、昼休みには廊下でリンにとっ捕まった。


「どこに行くのさ。あんた」

「どこって、そりゃ食堂だろ。午前中の授業ずっと寝てたから、腹が減った」

「食わしてあげるから、こっち来なよ」


 ぐいっと腕をひっぱられた。そのまま中庭の花壇まで連れて行かれる。


「ほら、座って」


 ベンチに座らされると、ポンと包みを渡された。


「なんだよ、これ」

「お弁当。あたしが作ったんだ。感謝して食べな」

「……毒でも入ってるのか?」

「はあ? いい加減にしろよな。あんたほっとくと勝手に動いちゃうから、予防のためにさ、わざわざ早起きして作ってやったのに。なんて態度さ。ほら、自分のだってあるし」


 同じ包みを、目の前にぶら下げて見せた。指にカットバンを巻いている。


「怪我したのか」

「えっ……あ、ああ。包丁で切っちゃって」

「そうか……。ありがとうな、お弁当」

「い、いいから食べよう。ほら」


 照れくさそうに、包みをほどいている。どうやら冷食の唐揚げとかハンバーグがずいぶん入ってはいるが、玉子焼きとか魚の焼き物、きんぴらなどは自分で作ったものだろう。おいしい。それにトウモロコシを炊き込んだご飯もなかなかだ。


「うん。うまいな、このトウモロコシご飯」

「そう? それ、実家でよく出てくるんだ。それに春はさわらがうまいからさ。鰹とか金目も旬なんだけど、少人数の弁当には使いづらくって……」

「へえ。魚、詳しいんだな」

「そりゃ。ネ……年中、魚食べるんだ。実家では」

「ふーん。お前、雰囲気はガサツだけど、嫁にするといいタイプかもな」


 リンは耳までまっかになった。


「嫁ってなんだよ。伊羅将いらはたとはやむなく付き合ってるだけだってのに。別に好きでもなんでもないし。えーと……そう、彼女にはなったわけだけれど」


 なんだか矛盾している。


「ほっとくと、俺は勝手に動いちゃうからな」

「そうさ。あんた、危なっかしいもん。これ以上、姫様に近づかれては困るからっ」


 上気したまま一気に言うと、照れ隠しのように唐揚げを口に放り込んだ。


「お前を嫁にしたら、毎日楽しいだろうな。かわいいし」

「かっ……かわいい??」


 目を見開いた。


「ばっ……ばか言うな。その気になられても困るぞ。お前がポスターなんか拾うからいけないんだ。あの日、見つけてどうしようかと思ったぞ。あっ、あたしは伊羅将と結婚する気はないもん」

「うーん、俺の片思いだったか。今晩ベッドで泣くよ」

「こ、こら泣くな。あっあたしは別に伊羅将を傷つけたくはない。たっただ、好きになってもらっても困るって言いたいだけで。……人間なんか大嫌いだ。しもべのくせに薄情だし」


 ツンと横を向いた。そのまま続ける。


「あんたはあんたで、勝手に人間の恋人を探せばいいだろう。滅ぶ前のわずかな間とはいえ」

「そうか。……ご飯、うまいな」

「う、うん。……また作ってあげるからさ」


 並んで黙々と食べながら、伊羅将は得られた情報を頭の中で組み立てていた。図らずも判明したが、どうやらこいつはパニクると弱いようだ。うまく誘導すれば、いくらでもペラペラ話すな、無意識に。


 断片的であちこち意味不明だが、それでもはっきりしたのは、花音に近づくのを阻止したいらしいこと。そのために急造のラブレターで割り込んできたという線だろう。


「お前、鷹崎作務蚯慧琉たかざきさみえるって知ってるか?」

「あたりまえだろ。中等部でずっと生徒会長だったじゃないか」

「そういやお前、中三だものな。サミエルのことをどう思う」

「クズだな。……ただ勘違いするなよ。あいつはカスだけど、お前たちも同じだ」

「俺がカスだってのか?」

「お前……はいい奴だけど、他の人間がだ」

「人間が?」

「そうさ」


 睨まれた。


 ――そうか。サミエルの手の者じゃあないのか。ならどんな使命で動いてるんだろ。


 いろいろ聞き出すことに決めた。放課後に男子寮の部屋に誘って断られたが、「ならいいや。花音とデートするから」と呟くと、渋々同意した。やっぱり花音が鍵になってるな。

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