第53話 回復と気づき

 俺が再び目を覚ましたのは、窓から夕日が差し込んだ頃だった。


「起きたっスか?」


 ベッドの横にいたのはフィーだけだった。

 銀色の髪が少しだけ夕日の色に染まって輝いていた。


「もう夕方か……。出発は明日にするか」


「それでいいと思うっスよ」


「モニカとディビナは?」


「二人はメアリスちゃんや騎士の人と一緒に何かを話をしているみたいっス。そういえば、あの巨大(ビッグ)ハムスターのモキュちゃんのことなんスけど……」


 俺はベッドから上半身を起こして、フィーの顔を見つめた。

 そう言えば、モキュの姿が見当たらなかったのだ。

 まさかとは思うが、また城を飛び出したんじゃないだろうか?


「まさか、城を出ていったのか?」


 それをフィーがすぐさま否定した。

 

「違うっス。この城の中に転移で飛ばされた後、この城の人たちに事情を説明していたんス。けど、そのとき急にモキュちゃんが城の外に出ていこうとしたんすよ。すごい勢いで。だから私が城の一室に拘束したんス」


 やっぱり出ていこうとしたのか。

 とはいえ、よくあの巨体を拘束で来たな……。


「わかった、案内してくれ。俺の顔を見れば大丈夫なはずだ」





 3つ隣の部屋へ行くと、そこは物置として使われている倉庫だった。

 そこに鉄製のロープで胴体と手足を拘束されたモキュがいた。


「きゅ~~~~~~~~」


 俺を見て涙目になって瞳をうるうるさせていた。


「モキュ、もう大丈夫だ。いまロープを外してやるぞ」


 俺は結び目を外そうとしたが、全然外れそうになかった。

 その結び目は等間隔でついていて、それはすべて鉄製のロープで固定しているのだから当たり前か。

人の握力で外せるわけがない。


 仕方なくロープに命令を下す。


「解けろ!」


 その瞬間、金属のすれる音とともにロープが緩んだ。


 自由になったモキュの頭を撫でやりながら、気になったことをフィーに一つ質問をした。


「なあ……、この鉄の硬いロープをどうやってフィーは結んだんだ?」

 

 その質問に首をかしげるフィー。


「普通にっスよ。もう一度やってみるっスね」

「あ、ああ……頼む」


 フィーは解けた鉄のロープを手にとり、反対側の切れはしを左手で握って、逆側を右手でモキュへと投げつけた。

 

「捕縛!」


 一言そう呟くと、ロープがしなってモキュンに絡みついていく。

 結び目も勝手に出来ていき、いつのまにか捕縛が完了していた。


「これは……魔法か?」


「ただの捕縛スキルっスよ。じゃあ解くっスね。解除!」


 そう言ってロープを左手で引くと、結び目が勝手に解けた。

 こんなスキルがあるのか……。

それにどうやら解除スキルも持っているらしい。


「すごいな……」


 俺はスキルを一つも持っていないのだ。

 だから戦闘でも剣技も素人に毛が生えた程度でしかない。


「まあ、スキルは使えても魔法が全く使えないんスけどね」


「魔法が使えないのか? 一つも?」


「一つもっス」


 この世界の、しかも帝国の住人のはずなのに、魔法が全く使えないと言うのは珍しい。

 フィーは声音こそ普通だったが、複雑な表情を一瞬だけ露わにしたのがわかった。



 その後、俺は倉庫をモキュとフィーと一緒に出て、もう一つとなりの部屋に入ることになった。

 そこもいわゆる物置倉庫だった。


「ここに妖刀があるのか?」


「そうっス。刀の力は『封印』してあるんで、いまはただの刀っス。近づいても大丈夫っスよ」


 倉庫の木の机の上には、鉄のロープでぐるぐる巻きにされた一本の黒い刀が置いてあった。

 俺はそれをゆっくり手にとって隅々まで眺めてみる。

 

「おい、妖刀……聞こえるか?」


 しかし、返事はなかった。

やっぱり封印状態になっているようだ。


「メアリスちゃんが、あとで来てほしいと言っていたッスよ?」


「メアリスが?」


「武器は所有者を魔法で拘束してしまえば、さっきのようなことは起こらないって言っていたっス。たぶん、所有者契約を魔法でしてあげるってことだと思うっス」


「そうか、じゃああとで顔を出すか。ちなみに、この封印は誰がやったんだ?」


「え? 私がやったっスよ?」


「これもスキルなのか?」


「そうっス。武器の拘束スキルっスよ。他にも拘束系のスキルは、あと300ほど持っているッスから」


 300も? おいおい……拘束系のスキルをいくつ持っているんだこの子……?

 

 とはいえ、魔法とスキルの違いはただ一つだ。

 魔法は対人戦闘・対集団戦闘と使用するシチュエーションに左右されないが、スキルは対個人に限定される。

 これは人間が使える技術の集大成という部分が強いからだ。

 技を洗練して、その威力や精度を高めて凝縮していく。

 ただし、どれだけレベルを上げてスキルを極めたとしても、一個人が持てるスキルの力には個人で扱える範囲で限界があるのだ。

 だからこそ、帝国は魔法を重視していて、それ以外の能力を過小評価する傾向にあるらしい。

 ちなみにこれを言っていたのはミュースだ。

 そして、300というスキルの数が意味しているのは、普通の人間が持てる数をはるかに凌駕しているということだ。

 ミュースの話が正しいとするなら、一人の人間が持てる戦闘系スキルの数が5~15だ。

 スキルの数は才能や資質でも左右するが、300というのはもう才能や資質で語れるレベルを超えている。


「拘束系のスキル『は』って……」


 ということは拘束系以外のスキルもまだ持っているということか。

 俺は目覚めて最初のびっくり体験の後、モニカやディビナのところへと向かうことにしたのだが。


「ぐ~~~~」



 お腹がすいてしまったらしい。今日はまだ何も食べていないのだ。

 そのお腹の音を聞いたフィーが、すぐそこに料理場があるといって案内してくれる。


「ここが料理場っス。何かあるか聞いてみるっス」


 そういって食堂の中にいた男性騎士が一人いたので、そいつにフィーが声をかけた。


 だが、俺はおかしいと思うべきだった。

 なぜコックではなく、騎士がこんなところに一人でいるのか、と。

 この調理場で何かを探しまわっていた感じがしたのだ。



「あの~ちょっといいっス? 何か食べるもの貰えないかな~とか思って来たんスけど……」


 その声で振り向いた騎士は、比較的若い20代前半くらいの男だった。

 離しかけられたことに最初驚いていたが、


「あ、ああ、何か食べられる物がないか探してみますよ」


 とフィーの話から状況を理解して調理場に何かないか探し始めた。

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