第四章:不死の魔王編
第35話 白竜の凱旋(白竜サイド)
白竜とマルファーリスの消えた高度150メートルの中空。
太陽の日差しに照らされて抉られた台地が良く見えるその場所で、異変は起こっていた。
輝く白い塊が空気中から粉のようにあふれ出して、一箇所に集まりだしたのである。
それは小さな竜の形を成していく。
「足りないわね……」
ひときわ高い声がそのシルエットの中から聞こえた。
再び形が変わって、人型に変わっていく。
そうして光の中から現れたのは、一人の女の子だった。
ただし、普通の女子ではない。
お尻には白い竜の尻尾、顔には鱗のような跡が残っていた。
種族的にはドラグニルというやつである。
「こんなものかしら?」
自分の姿を確認して満足そうに首を振ったのは、顔の整った色白の女の子だった。
彼女は、白竜であり、残りかすから再生されたドラグニル。
素材はあの時コウセイが切断し消滅させた尻尾であり、それが粉々になって空間へと溶け込んだ残滓のようなものが集まった存在。
本体はもうこの世界にはない。
「あはは、最高よ! やっと自由の身になれた」
不意に遠目に見えた山の一角に向かって手のひらを向けた。
調子を確かめるように体を動かす。
そこから白いブレスが放たれると、轟音とともに山の半分が消し飛んだ。
「ああ、あのお方が私を忌まわしき束縛から解放してくださったのね。あの殿方は確か……名前をコウセイ様といったかしら」
前皇帝の封印とマルファーリスによる精神拘束。確かにこれらを破ったのはコウセイだった。
「でも……オスという存在は嫌い。大嫌い。このジレンマをどうしましょう……」
腕を組んで頭を悩ませていた少女だったが、ふと考えるのをあきらめた。
「まあいいわ。一度、竜王国に帰りましょう」
そのまま不敵な笑みを浮かべて東の空へと飛び立った。
目指すのは、この世界の土地を人類の血を残して全て支配している竜王の住む国である。
白竜はそんな竜王の娘だ。名をセルナーデという。
竜は支配する土地の広さによって力を増していく。
彼女が支配するのは、竜王国の隅の一角と、この地のダンジョンだけ。
これでも本来の竜の力の10分の1にも満たなかった。
セルナーデが竜王国に戻ると、最初に顔を出したのは山のように大きな洞穴だった。
その中にいたのは父親である竜王だった。
再開するのは久しぶりである。
黒い竜の鱗を身に纏った少年が中にはいた。
「やあ、お帰り。待っていたよ」
「ただいまです、お父様」
「しばらくはこっちにいるのだろう。これまでの分もゆっくりするがいい」
その言葉を聞いて、セルナーデは微妙な表情をした。
竜の時間間隔はかなりおおらかである。
それでも、この父親は囚われた娘に対して、何もしようとはしなかった。
それどころか、かえって来た娘に社交辞令の挨拶だけ交わして、すれ違いざまにどこかへと飛んでいった。
「なによ……娘に愛情一つ分けてくれないなんて」
彼女にとって男というだけでも嫌なのに、もし実の父親でなければとっくに殺していただろう。
だが無理だ。この世界で、父に敵う者は存在しない。
はむかったところで、今度こそ塵も残さず消されるだろう。
それから、セルナーデは支配する土地にある、竜専用の洞穴を訪れた。
棚から取り出したのは、強靭な竜の爪で作られたハサミだった。
「どうにもならなければ去勢するのも一つの手だわ。あのお方の汚らわしい部位を私が取り除いてあげます。どうかお待ちください、すぐ参りますわ」
摩訶不思議な硬質な爪の重なりあう音が洞穴に響いた。
セルナーデは、そのハサミを持って再び帝国の地へと飛び去った。
この出来事をコウセイは知る術はない。
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