第26話:眼鏡

 俺は妹になったモニカと宿に戻った。

 食事をした後、夕方になったらすぐ寝ることにした。

 妖刀はベッドのわきに置いた。

 

「じゃあ、おやすみ」


 俺は二つあるうちのベッドの一つへと入った。

 そこにモニカが何気なく入ってきた。

 

「……一緒に寝てもいいですか?」


 耳元でそう言われて、「ああ、構わない」とすぐに返す。


 ふと、思い返すと……3人いるから、ベッドが足りないのだ。

 もう一部屋借りてもいいが、ここはただでさえ危険なのに目が届かない部屋で二人を寝かせるわけにはいかなかった。


 ベッドは二つ。最初は女の子二人で寝るだろうと思ったが、

 モニカが一緒に寝たいと言うのならば構わないだろう。

 聞くところによると、姉妹はよく一緒に寝るらしいからな。

 いや……それは小さい頃だけか?

 あまりよその家庭の事情は知らないが、まあおおきくなってもこのくらい良くあるのだろうな。


 俺の意識が夢の中へと引き込まれると、俺は変わった夢を見た。

 中性的な顔立ちをしたショートカットの女の子。

 その子が俺に何かを話しかけてくる夢だ。

 暇だしそれに律義に答えてやる。


『主様(ぬしさま)は僕をどう使いたい?』

「どう?」

『人を殺したい? 全てを破壊したい? それとも……誰かを守りたい?』

「そうだな、昔は全てを破壊したいと思っていた。殺したい奴も大勢いた。だが……」

『守りたいんだね』

「そうだ。誰かに言われたからじゃない。俺がそうすると決めた」

「でも……今の主様(ぬしさま)では、この世界で起こる全ての災厄から誰かを守ることはできないよ?』

「ああ、気付いている……。だから、強くなる方法を考えている。能力の使い方が、これまでは雑すぎたからな……」

『そう……。でもあの赤い髪の騎士に言われたよね。魔法を舐めていないか?って』

「言われたな」

『あの騎士の度量は大したことがないから、主様(ぬしさま)は無事だったけど、あれが王クラスの人たちになってくるとあの時死んでいたかもしれない』

「そうなるのか? じゃあ、お前はその最善の答えを知っていたりするのか?」

『そうじゃないよ。ただ、主様(ぬしさま)は能力にばかり目が行ってしまっている。そして、主様(ぬしさま)が進む道には芯が見えないんだ。せっかく手にした妖刀(ぼく)もそれじゃあ使いこなせない』

「芯……精神的な支柱ってことか?


 確かに言われてみれば、自由に生きたいというのは、とてもふわふわしていている気はしていた。

 状況に振りまわされ過ぎてしまう気はする。これでは本当の自由であるかわからない。


『一本筋が通ってる、と言われている人たちは、わずかな力でも強弱をひっくり返すんだからね。この世界で王クラスとして頂点の座についている人のほとんどは、芯がある上に、人間の犠牲を礎(いしずえ)に圧倒的な力を保持しているんだ』

「そういうものか。芯といわれてもな……」


 俺がいまやっていることは、過去の出来事を清算するのに近いからな。

 この子は俺にどうすればいいと言っているんだろうか。


「主様(ぬしさま)は、もうこの世界で新らたな出会いを果たしたんだから。あとは……」


 夢の中が暗く幕を閉じていくようにして、意識は落ちた。

 俺が何を行動の指針にすべきか、自由という漠然なものではなくて、善悪を超越して何のためにこれから力をふるっていくのか。

 それが見つかれば、もっと自由の先へ行けるような気がした。


・・・・・・・・・・


 次の日、俺は予定していた武器屋へと行くことにした。


 宿を出た所で、街の人たちが今日はたくさん歩いていることに気づいた。

 いままでどこにいたのか不思議に思うくらいだ。

 中には家屋の修復をしている人、買い物のためにで歩く人、謎のぼろ布をかぶった謎の男女など、道行く人の目的は様々だ。

 モニカによれば、これが本来の街の姿なのだと言う。


 隣を歩いているのはモニカだった。


「お兄ちゃん、これどうですか?」


 そして目を向けると、髪形がツインテールになっていた。

 頭の左右から腰くらいまでまとまった髪が、歩くたびに二つとも背中の方で揺れている。


「ああ、似合っているよ。でもわざわざ俺が言った髪形にしなくてもよかったんだぞ?」

「ううん、そうなんだけど、これは私が妹になった証だから……」

「そうか? まあ可愛いからいいんだけど。たしかに妹っぽさが増したな」


 モニカは顔が赤くなり伏せてしまった。


 ふと、昨日の夢が頭をよぎった。

 まだはっきりとは分からないが、せめて兄らしくなることはしようと思う。

 感情というのはいつ変わってしまうか分からないものだ。

 口ではいいと言っていてもいざ喧嘩してしまえば、そのままお別れということも少なくない。

 結婚した夫婦が浮気で簡単に違う人生を歩く時代に生きていたのだから間違いない。

 許したはずの墓の話を妻が掘り返して口論になると言う話もよくあるそうだしな。


 ある日突然、『あんたの妹なんてもう嫌だ』『キモイ、死んで』『兄だと周囲に思われたくない』と、頭の中でそんな状況が起きることを簡単に想像できてしまう。

 せめて、俺が兄でよかったくらいはキープできるようになろう。


 一つの行動指針を俺の中に決めることができた。


 モニカをじっと見ていると首をかしげる。


「え~と、お兄ちゃん?」

「……なんでもないよ」


 俺は首を振った。


 たぶん、数少ない人間の中でもこんなふうに俺のそばにいようとしてくれるものはいないだろう。

 普通、利害関係でつながる人間というのは、俺でなくてもいいのだから。

 

 モニカがそうではないと感じたことこそがこの世界に来て二つ目の収穫だった。

 力とそして、そばにいようとしてくれる人。


 しばらく歩くと、小さな武器屋へと案内された。


「ここです」

「ここが……」


 古くて老舗な印象があるお店で確かに武器は揃っていそうだ。

 建物の大きさは日本の一軒家ほどだ。


 俺が要望として挙げたのは、できるかぎり武器の説明が聞けて、ちゃんと俺でも相手してくれる店の人がいるところだった。


「よく同い年くらいの子が店番をしているので、いろいろ聞きやすいかなって思って」

「そうだな……」


 下手に営利目的の商人気質のおっさんに当たると、売りたいものをお勧めされるだけで目的が果たせなくなるだろう。

 いいかもしれない。


 中に入ると、鉄の匂いとオイルのニオイが混ざり合ったような空気が鼻腔をくすぐった。

 

 大小さまざまな剣が棚に並べられていて、銃なんかも置いてある。

 おそらく前の世界とは違う原理の銃だとは思う。魔法が主流なのだから、魔力で打ち出すのだろうか?


 店番は真面目そうな雰囲気のある、眼鏡をかけたおさげの女の子だった。

 見た目はモニカと同じくらいで12~3歳くらいか。

 

 モニカが俺にさあ聞いてみてくださいと手の平を店番の子へと向けた。


「あの、すまないが、ちょっと武器のことで聞いてもいいだろうか?」


 すると、銃の手入れをしていた店番の子が、眼鏡をクイっと持ち上げてこちらを見た。


「はい……なんでしょうか?」


 そこでまず、この武器屋で構造を知っておきたいことを踏まえ、こう切り出した。


「この武器屋で一番強力……というか、『最強の武器』はどれだろうか?」


 その質問に対して、店番の子は俺が予想したいずれの答えとも違う言葉を返してきた。


「最強……というのが、どの状況に置けるものなのか分からないので……」


 まさか、『最強』の定義を問い返してくるとは思わなかった。

 俺は驚きを隠しながら、さらに説明を加えた。


「あ、ああ……そうだな。戦闘になったときにだ」

「戦闘ですか? 具体的にどのような戦闘でしょうか?」

「……う~ん。そうだな……そこまでは考えてなかった。では、こうしよう。君がこの店で腕利きの冒険者に進める武器はどれだ?」

「腕利きとはどのような冒険者でしょうか? 魔法ですか? それとも剣技ですか? あるいは格闘スタイルの?」

「じゃあ……魔法で」

「魔法ですと、8つほど系統が分かれますが」

「……そんなに系統があるのか?」

「はい……」


 やばいぞ。なんか話が進まん。

 いや、俺がきちんと考えていなかったのもあるが。

 あれだ、この子は日本人的な『大体こんな感じ』が通用しない子だ。

 そう気付いてモニカを振り返ると、苦笑いをしながら俺の方を見た。


 すると、眼鏡の奥から俺の腰に差している刀を見て、店番の子はこう言った。


「それ、あなたの妖刀ですか?」

「これが妖刀だとわかるのか?」

「はい、この眼鏡で見たので……」


 そんな高性能眼鏡があったのか。

 ちょっと欲しくなってしまった。

 じっと眼鏡を見つめていると、店番の子はちょっと動揺していた。


「もしかして……これですか?」


 そう言って、店番の子は眼鏡を差しだしてくる。

 良くわからずも受け取ると、俺はその眼鏡をまじまじと観察した。

 普通の眼鏡みたいだけど……。


 眼鏡をかけて妖刀を見てみた。

 そこには刀から吹き出しの線が出ていて、武器の名前をを示すように『妖刀……武器ランク;伝説級 魔力:※※※※※※ 耐久度:99999』となっていた。


 ランクは国宝級・伝説級といったランクがついている。それまではG~SSまで表示されるらしい。


「すごいなこれ……」


 妖刀もだが、それがこの眼鏡一つで可視化できていることもだ。

 モニカにも見せてやるとやっぱり驚いていた。

 俺のステータスでも見ることはできるはずだが、他の人は見えないことから考えても便利だ。


「すいません。これ売りものじゃないんです」

「そうか……」


 やはり一般に普及しているものではないようだ。

 俺は眼鏡を店番の子へと返した。

 武器メンテナンス用にちょっとこの子お持ち帰りするのはダメだろうか?


 改めて考えると、この子の発想は通常の人が考えるものとは違っている。着眼点もぶっとんでいるが鋭いものがある。


 それに、なによりこの眼鏡がすばらしい。

 いや、眼鏡フェチとかではなく。


「さっきのお話ですが、武器ランクが高い武器でいいですか?」

「助かる、そうしてくれ」


 店番の子が店の奥からとり出してきたのは、剣・ランス・槍・ハルバード・盾・銃などだ。


 どれもランクとしては上等なものらしい。

 といっても、どの辺が違うのか俺にはよくわからなかった。

 手にとって形状や銃の内部構造を除き見ようとするが、扱いがわからないために四苦八苦だ。


 それに店番の子が気づいて、武器の詳細を説明してくれた。



 一通り説明を聞きながら武器を見ていろいろと使えそうなものはないかを確認していく。

 俺が武器に求めているのは、速さ・対応力・弱点補強だ。


 どうやらこの帝国の女皇は、俺の能力を知っているらしい。

 いつどんな対策をされるかわからない。

 ならば、さらに俺が強くなればよいのだ。

 強さといっても、この子が言ったように、対策されない新たな武器の力を獲得するのだ。

 武器は換装式にして転移で切り替える。これで対策もくそも無くなる。


 時間があるときは召喚でつくりだせばいいかもしれないが、武器はやはり洗練されていないと負けてしまうかもしれない。

 ならば、ランクの高い武器を選ぶほうがよさそうだ。

 説明の中でよさそうだったのは、『魔法弾』という専用の弾(たま)さえ買えれば、魔法を直接使用しなくても使えると言う点だった。

 他の武器はどれも魔法と併用で、使い勝手が悪いようだ。

 

「これはいくらだ?」


 古式のリボルバー銃を手にとって、値段を聞く。国宝級のランクだ。

 

「これは金貨換算で50枚となります」


 店の奥に大事にしまってあったランクが高い武器だからか、金額もそれなりか。


 村から連れてきたディビナの持っていた持ちが値しかない。

 そのため俺はいま銀貨5枚と銅貨が30枚しかないのだ。

 適当に金塊を売って金に換えるか?

 必要性を感じればそうするつもりだった。


 それと冒険者というのも一度やってみたいが、あれは金になるのだろうか?

 とりあえず、店番の子には売らないように頼んで店を出ようとしたとき。

 

 モニカが安い棚においてあるつくりの粗いハルバードを興味ありそうに見ていた。


「欲しいのか……?」

「え? そう言うわけではないんですが……」


 顔にそのまま欲しいと書いてあった。


 店番の子にその武器を渡す。


「これをくれ」


 購入することにした。


 銀貨3枚と多めに置いて、そのまま店を二人で出た。


 出口からすぐのところで、ハルバードを手渡す。


「これ欲しかったんだろ?」

「あ……、はい!」


 嬉しそうに手にしたハルバードを眺めていた。

 もしかして俺、かなり妹には甘くなってしまう気質なのだろうか?

 こうするのが当たり前のように思えてしまった。誰かが喜ぶことを嬉しいと思うことなど一度も無かったのに、不思議な感じだ。


 次は図書館へと向かった。とても大きいところだった。

 さすが帝国の首都か。

 しかし、重大なことを忘れていた。

 俺はこの世界の文字が読めないのだ。

 本を開いてから思い出した。


 仕方なく、予定を変更して、金塊を商人へと売ることで金に換えた。

 改めてこの能力のすごさに気づかされたのは、召喚する物質にほとんど制限がないため、この国の貨幣は無理でも金になりそうなものはいくらでも出せるのだ。

 まあ、社会を壊したいわけじゃないし、この住民の者たちが社会を回してくれないと生活できないだろうから辺に社会混乱をさせるつもりはないが。


 改めて銃を取りに行くのは明日にして、その日はモニカと宿へと帰ることにした。

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