憎ったらしいの裏側
深水の夫は可愛い猫や子どもを見ると、ついつい唇を噛み、鼻息がふんふんと荒くなる。
そして夫の妹、つまり深水の小姑コハルさんも同じことをする。彼女の場合は唇を噛みすぎて出血することもあるので、あまり長時間はもたない。
そして二人とも決まって「うわぁ、憎ったらしい!」と言うのである。
彼らが説明するには、「憎ったらしい」とは「可愛すぎて可愛すぎてもう辛抱たまらん」という意味なのだそうだ。
憎たらしいほど可愛くてどうしようもない。どう表現していいかわからず、結果的にその言葉とともに鼻息が荒くなる。可愛さ余って憎さ百倍とは違うようだ。
憎ったらしいというのは、群馬県の方言というわけではないと思うのだが、おマサさんもまったく同じことを言い、同じように鼻息を荒くしていたらしい。
もし遺伝だとしたら、いずれ息子もそんな風に「憎ったらしい」と猫を撫でたりするのだろうか。深水はそんな一抹の不安を抱えている。
一族の中で最もおマサさんに近いDNAを持つとされるコハルさんだが、彼女の美醜への感覚は謎である。
顔の綺麗な芸能人が好きなミーハーであるのに、赤ん坊に対しては不細工なほど「憎ったらしい」と鼻息が荒くなるのだそうだ。
とりあえず口が悪い。しかも考えるより先に口が出る。心では褒めていたり、嬉しく思うのに、ついつい口では悪く言ってしまう人なのだ。
毒舌を炸裂しておきながら、結局は子どものわがままをきいたり、夫に尽くしている。「言わなきゃいいのに」と思うのだが、そこはおマサさんからの遺伝らしいので諦めるしかない。
おマサさんは、コハルさんが娘を出産したとき、彼女の旦那がいる前で「あぁ、あぁ、父親に似てブッサイクだね、可哀想に。うちの家系に似たらよかったのに」とのたまったらしい。
しかし、実際はその孫娘を「憎ったらしい」と、可愛がっていたようである。それだったら言わなきゃいいものを、何故言うのだろう。「憎ったらしい」の裏側に愛情があるとしても、愕然とするエピソードである。とりあえずコハルさんの旦那さん、そして誰よりも孫娘に同情する深水である。
対人関係において、理解できない、予想できない発想をする人というのは、最も恐ろしく、面白ければ面白いほど疲れる。そう痛感するのであった。
さて、今宵はここらで風呂を出よう。
猫が湯ざめをする前に。
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