第6章 答えを求めて

でも、それで?

「マ、マナ……?」


「ミツル、すごいのはミツルの方だよ! まさか200年も昔の人間にこのトリックがバレるなんて私思わなかった! だから私油断してホログラムのデータ消さなかったんだ」


 マナはギョロリと僕にその大きな目を向けてきた。


「ミツルのいう事は全部正解、確かに私はミツルの言う通りロウジンだよ」


 そして、彼女は僕に対して体を横に向け、天を仰いで目だけをコチラに向けてきた。


「……でも、それで?」


「え……」


「私がロウジンだったら何なの? このままいけば私は次の21時にシズカを老化させる。ミツルはもしかして、それを防ぎたいのかな。でもそれを防ぐってことは私が死んじゃうってことなんだよ。ミツル……ミツルは私を殺すつもりなの?」


「それは……」


「さっきミツル、もっと早く気付いていればって言ったよね。仮にもっと早くに私がロウジンだって気付いてたらどうするつもりだったの? みんなにそれをバラして私をみんなに殺させてたの?」


 確かに。僕は正直そこまでのことを考えていなかった。ロウジンの正体を暴いたところで何か状況が好転したわけじゃない。この中から1人死んでしまうことは変わらないのだ。


「……私もね、別にみんなを殺したかったから殺したわけじゃないんだよ。ただ生き残ろうとしただけ。だったらここにいる3人、みんな同じだと思わない? みんな生き残りたい。その中で私が死ななきゃならない理由って一体何なの?」


 僕はその言葉に何の反論も出来なかった。確かに考えてみれば、マナと僕、シズカの違いは何だというのだろう。ロウジンという病気に偶然掛かって、それで生き残ろうとしたからマナが悪いのか? 別にマナ以外の人間がロウジンになっていたって全然不思議はないことだったのだ。


「私はこの船の中でたった一人だった。回りの人間はみんな敵だったの。普通ならとっくにみんなに殺されてたよ。それを必死に頑張って頑張って考え抜いて、ここまでなんとか生き抜いたんだよ。ミツルと二人で生きていくために……」


 2人で生きていくために。その言葉は僕の胸に突き刺さった。


「ミツルにはロウジンってことがバレちゃったかもしれない。けど、最初の予定と何も変わらないよ。ミツル、約束した通り2人で生き残って、そして一緒に地球に帰ろ?」


「う……」


 彼女は僕に手を差し伸べてきた。

 僕はふと後ろを振り向きシズカの姿を見た。彼女はどこか不安そうに僕達の様子を見守っていた。シズカを犠牲にして、シズカを老化させて生き残ろうと言っているのかマナは。


「ぼ、僕は……」


 どうすればいいのかなんて分からなかった。完全にどっち付かずの状態だった。

 僕はロウジンのことをずっと敵だと認識していた。でもそれが最大の僕の味方であるはずのマナだったなんて。僕は彼女のことを一体どういう目で見ればいいのだ。


「……ミツル。悩んでるんだね。だったら私にチャンスをくれない?」


「え……」


 僕が葛藤しているとマナが差し出した手を下げてそんなことを言い出した。


「見せたいものがあるの」


「……見せたいもの?」


「お願い。判断するなら、せめてそれを見てからにしてほしいの」


 僕に見せたいもの。一体なんだろう。そう言われると見たくなってくる。


「……わ、分かったよ」


 何か分からないが判断材料となるものがあるのにそれを見ないまま決めてしまうというのは気持ちが悪いものだ。


「シズカ、あなたにも最後のお願い。話が終わるまでここで待っててくれないかな」


「……分かったわ」


 シズカは案外すんなり頷いた。彼女は今のところロウジンであるマナを殺すとか、そういう強硬手段に出る気はないようだった。あくまで今のところだが。


「それでその見せたいものって?」


「私の部屋にあるから。ついてきて」


 マナがきびすを返し、自身の部屋へと向かってく。僕は少し疑心暗鬼になりながらも彼女の後を追った。



--------



「はッ……?」


 目覚めると、白い天井が見えた。


「ここは……」


 目だけで見渡すとそこは6畳ほどの部屋だった。壁も全部白で窓はなく一つの扉があるだけのシンプルな部屋。その隅に車椅子が一台置かれているのが目に入った。僕はなぜこんな部屋にいるのだろう。


「う……」


 僕は上体を起そうと思ったが、なぜだか思うようにいかなかった。全然力が入らないのだ。そうだ、それも当たり前の話だ。僕の体は筋ジストロフィーという病気に犯されてしまっているのだから。しかし、いつの間に僕はあのアシストスーツを脱いでしまったのだろう。それに何だか少し病状が悪化してしまっているように感じられる。


「ミツル!」


 その時、部屋の扉が開かれ、そこからマナが姿を現した。


「マナ……?」


「やっと目覚めたね!」


「あ、あぁ……」


 マナは僕のもとに駆け寄ると、僕の手をぎゅっと握ってきた。その目じりには涙が浮かんでいる。


「良かった良かったぁ」


 マナは重ね合わせたその手を持ち上げて自身の額に当てた。

 何だかマナの様子、おかしくないだろうか。なぜマナは泣いている。それに"やっと"目覚めたって……。


「え、えっと……一つ聞きたいんだけどさ」


「うん、何かな」


 マナは顔を上げて目じりに溜まった涙を一拭きしてこちらを見た。


「ここは一体どこなんだ……?」


「え……?」


 その言葉にマナはキョトンとした顔で首を傾けた。


「もうミツルってば、3年ぶりに目覚めたからってボケちゃったの?」


「え……3年……ぶり?」


 衝撃が走る。3年だなんて、僕はいつの間にそんな長い眠りについてしまったのだろう。そんな記憶なんて全然ないのだが。

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