015 メイドは『うんこ』を出しません

 18禁に類する行為。拉致監禁。

 オンラインゲームの制作会社がまともなものであるならば既に何らかのアプローチはあってしかるべきだ。それが未だに無いのはおかしなものだ。

 村の名前だけで『GMゲームマスターコール』が鳴り止まないのではないか、というほどだ。

 システムから切り離されたからといって好き放題に行動して良い理由にはならない。

 違反行為はログに記載されるし、提出義務がある。本来ならば。

 現時点で運営会社から何も連絡は来ない。出来ないのかもしれないし、超加速などで未だに届いていないだけかもしれない。

 様々な想定は出来るけれど未だに解決できない。もちろん、ただ待っているのは退屈で仕方が無い。

 下手をすれば数年や数百年もこない恐れは考えたくは無いが、ありえないことは無い。

 閉鎖された世界で精神を保つことは実際問題として可能とは思えない。

 いずれは破綻する。そんな気がする。

 ならば、自由に行動するのが健康的と言える筈だ。

 いずれ開き直りが必要となる事もある。

 それに自分たちは異形種でアバターの身体だ。本当の身体という訳ではない。

 本体が無事なら、それはそれで諦めもつく。

「そういえば、ペロロンさんは首だけって事はないですよね?」

「ちゃんと再生したわよ。高位の魔法じゃないと駄目みたいね」

「……仲間の奇怪な姿は見たくないですね」

「さすがにそれは……。一応、私の弟だし。それなりに気にはしているわ。ただ、案外腕だけでも平気で観察できる自分にびっくりしたけど……。結構、血生臭い現場でも平気っていうのは異形種だからかしら?」

 左右に揺れるぶくぶく茶釜。

 確かに現実では目を背けるであろう事態もゲームだから平気、という気持ちが働くかもしれない。特に今の自分たちはまさにゲームキャラだ。

 それが何故、現実に干渉できるのか。

 そもそもナザリック地下大墳墓そのものも自分達と同じはずなのに。

「おっと忘れるところだった」

 ぶくぶく茶釜にマーレの服装について伝えておく。

 不明な点は後でも考えられるのだが、不安な要素はあまり考えたくないのが本音だ。

「シモベも付けておくわね。辺りを森にねー。見渡すかぎり平原だったから、木が生えることが逆に……。まばらならそうでもないか……。それにしても創造者の命令じゃないとかたくなに聞かないのは面倒くさいわね」

「秩序、というやつなんでしょう」

「友達感覚が出来ないのは悲しい気もするけれど……。これも慣れるしかないのかしら」

 アウラは少なくとも友達感覚で付き合える気がした。

 序列についてもいずれ話題に出るかもしれない。

 とにかくNPCノン・プレイヤー・キャラクターは創造者であるギルドメンバーを神の如く扱っているふしがある。理屈としては間違っていないけれど。

 少しというか、かなりこそばゆい。

 それを逆手に取るのが変態だ。

 いや、いずれ自分もそんな変態的な命令をするのかもしれない。不思議と弟であるペロロンチーノの気持ちは今はだいぶ理解出来る。

 時間経過と共に自分は人間から異形種に傾きつつある証拠かもしれない。

 さすがに思考を失いたくは無いけれど。


 第六階層から第九階層に戻ったモモンガは自室の前で待つメイドに気がついた。

 今日のお世話係のようだ。

 日替わりでモモンガを世話するメイドは『オブスキュリテ』といった。

 黒髪の陰鬱な顔だが寝不足ではないのは確かだ。

 一般メイドの性格は多少の差異はあるけれど、一様に明るく設定されているという。

 見た目は個性と思って慣れるしかない。

「一日いっぱい待機していたのか?」

「本日は私が当番ですので」

「外出の時は当番は停止する事になっていたのではないか?」

「ご帰宅されたので開始されたものと……。ご迷惑ならば引き下がります」

 と、言いながら平伏しようとしたメイドを止める。

 別に咎める気持ちは無い。けれどもメイド達にかける言葉次第では命にかかわる事になる。

 メイド達は本来ならばこちらから声をかけない限り、与えられた行動をひたすらに繰り返すだけの存在だ。まして部屋の掃除などでしかない。

 それが今は本当に掃除し、仕事を求めている。

「まあ良い。せっかく来てくれたのに追い返すのは可哀相だ。特に用は無いが……、食事は自由に摂って良い」

 メイド達は食事に関して食べ方が汚い、という報告は無いし、例え汚しても自分で掃除する。

 というより、この部屋に洗面所はあったのか確認していなかった。

 汚れない仕様のキャラクターかもしれないけれど風呂は出来るだけ入るようにしていたし、その辺りは現実と混ざってて困惑する。

「オブスキュリテだったな」

「はい」

「この部屋に洗面所はあっただろうか」

「いいえ。モモンガ様のお部屋は重要機密が多い場所……。下水からの侵入がありえるかもしれないので水などは持ち込みだったと記憶しております」

 そうだったか、と意外に思った。

 ゲームの中で顔を洗っても現実の自分の顔が綺麗になるわけではないから当たり前ではある。

 そもそも食事も意味が無い。ヒットポイントHPの回復くらいか。

 ゲームキャラらしく振舞うのも難しいなと思った。


 部屋の点検をメイドと共におこなってみた。

 普段は使い慣れた部屋もゲームキャラらしく見回ると新しい発見が色々とあるものだ。

 トイレが無い。当たり前だがアンデッドには不要のものだ。

 洗面所も無かった。こちらは後で増設しようか迷うところだ。簡易的なものならギルド資産を消費しない。水源は風呂場から運ぶしか無い。

 そもそもナザリック地下大墳墓の元々の水源はどうなっているのか。

 知りたいようで知るのが怖い事かもしれない。

 金貨を消費して生み出されている、というのならばある程度は納得出来る。

「私はアンデッドだから平気だが……。お前たちはいちいち戻らなければならないだろう?」

 便所とか。

 排泄行為はどうしているのか。

「我々は『はいせつ』行為はできません」

「……はっ? トイレに行かないで我慢するという事か?」

「いいえ。人造人間ホムンクルスは排泄行為が出来ません。そういう仕様としか私には答えられません」

「………」

 様々な事が続いて慣れたと思っていたがまだまだ驚くことはあるようだ。

 絶句するのは久しぶりではないだろうか。というより人生でそう何度も絶句することは無いはずだ。

 言葉が出ない。そして、精神も抑制されない。

「……うんこは出ないのか……」

「……『うんこ』とは排泄物のことでしょうか?」

「そうだが……。あれ? 何故、伏字にならない? それは公開してもいいのか? ●●●ロ帝国は……、ああ、ちゃんと伏字になった。どういう基準なんだ?」

 色々と試してみたが『うんこ』は伏字にならなかった。

 つまりの二次創作で公開されたせいで解禁になったのかもしれない。

 どの二次創作なのか。どうせふざけた内容なんだろうな、と。

「排泄物だ。その認識でいい」

「はい」

人造人間ホムンクルスは少なくとも肉体を持つモンスターの筈だ。食事をすれば消化したものが肛門から出るのではないのか?」

「肛門や性器はございますが、排泄行為に類する事は出来ないようです。膨れたお腹は時間経過と共にしぼみ、また空腹を感じます。仮説として金貨で生み出せる水分や食事が胃の中で消滅するからというものがあります」

 メイドの言葉にモモンガは首を傾げる。

 確かペロロンチーノは排泄行為ができたと言っていなかったか。

 ゲームのキャラクターであるアバターが排泄行為などは設定として存在していればは出来る。だが、本当に排泄は出来ない。

 出来ない事が出来た。

 流石にアンデッドが飲食や排泄が出来ないのは常識内のようだが。

 人造人間ホムンクルスは他の生物とは違うがあるのかもしれない。

 胃の中が異次元に繋がっているとか。

 ありえなさそうでありえたら凄い。解剖してまで確かめたくはないけれど。

「種族的なペナルティも考えられるな」

 興味深い事だ。武器があれば腹を割こうとするかもしれない。

 この欲にあらがえるか、それとも従った方がいいのか。

 今後の課題としたいところだ。


 メイド達は自我が芽生えてから身奇麗にするようになったらしい。

 当たり前だがゲーム時代はウロウロするだけの存在だ。風呂に自発的に入ったりはしない。

 意味が無いから。

 細かい仕草について運営はデータを割かなかった。だからこそ感情エモーションアイコンで表情のデータを削ったと思う。

 容量制限でもあったのか。

 それにしては随分と課金でデータ量を増やせるような仕組みだったのは不思議だが。

「……出もしないのに肛門があるのか……」

 確かに性器もあると、と言ったところで『性器』も伏字になっていない。これは最初の頃は伏字になっていた言葉だったはずだ。

 ということは他の部分も開放されるおそれがある。

 小説が終わるような単語は流石に開放はされない筈だ。

 ただ終わるより、色んな規則に抵触して存在を抹消される、という意味なら嫌だなと思う。

「……幻想少女アリスの言っていた唐突に終わるとは、この事だろうか。それはそれで納得できないな。……下らないことで消されたくない……」

 そういえばナーベラルが爆発した、という報告が無い事に気付く。

 大急ぎで連続爆破するかもしれないけれど。

 ナーベラルに相当な恨みでもあるのか、そういう体質なのか。

 二重の影ドッペルゲンガーに爆発スキルは無かったはずだ。

「……あまり考えるとが起きそうだな。ナーベラルの身体に変調は無いのだな?」

「は、はい。普段通りでございました」

「それにしても広い部屋が続くな。こんなに広かっただろうか。他のメンバーも似たようなものだったか?」

 一般メイドに尋ねるよりコンソールで把握する方が早いかもしれないけれど、あえて尋ねてみた。せっかくメイドが仕事をしているのだから有効利用しない手はない。

「モモンガ様のお部屋が一番広くて大きいと思います」

「私一人では広すぎる。常駐させるわけにも行かない。……支配者は色々と面倒くさいな」

 支配者という言葉が自然と出てきたが自分はギルドマスターだ。

 いや、いずれは支配者という言葉に落ち着くのかもしれない。

 NPCに命令を続けていると支配者らしく振舞わなければならない気がしてきた。

 そうやってゲームキャラクターは世界に最適化されていくのかもしれない。

「頭ごなしに命令したいとは思わないが……。傲慢な人間にはなりたくないな」

「人間……でございますか? モモンガ様は至高の御方……。低俗な人間と同等になる必要はございません」

 と、鼻息荒く答えるメイド。

 人間を低俗というか下等な存在だと認識しているのかもしれない。

 確かに異形種は人間種を蔑視する存在だ。一部は本当にそういう風に設定している。

 それが目に見えて表現されるとこそばゆくもあり、今後の活動に対して不安を覚える。

 迂闊に現地の人間を呼べない、という点だ。

 ギルドメンバーはまだ人間に対して友人になれる可能性はある思うけれど、NPCは簡単にはいかない気がする。

「人間については後で考えるとして……。広い部屋を一人で占有するとなると寂しいのだが、メイド……。オブスキュリテ、お前なら寂しい部屋をどう変える? 意見を述べよ。即答は……望まないから焦らずにな」

「は、はい。……では、僭越せんえつながら申し上げます。灰色の色合いはモモンガ様にお似合いだと思われます。それは『死の支配者オーバーロード』という種族に華やかさは合わないと思うので。ですが、寂しいと思われるのでしたらば……、色鮮やかさが必要……。芸術のスキルを持ち合わせていないメイドにはこれ以上の意見は……」

「……う~ん。花でも置いた方が良いかと思ったのだが……」

「それでしたら花弁人アルラウネを配置する方が賑やかになるかと思われます。……残念ながらナザリックに花弁人アルラウネの在庫は確か無かったかと……」

 普通の花ではなくモンスターの花弁人アルラウネと答えるメイド。

 思わずモモンガは唸った。

 確かに華やかなモンスターではある。身体も大きいし、様々な色合いの花は見ごたえがある。

 ただし、身体は人間の女性に酷似している。

 残念ながら勝手に動くモンスターは気が散ると思う。あと、育て方が分からない。

 アウラ達に任せるにしても部屋で育てるのは遠慮したい。

 始終見つめられそうだから。

「ガーデニングは良い案かもしれないな。だが、ここは地下施設だからな」

 悪い意見ではない。

 条件が悪いだけだ。

 暗いじめじめした雰囲気にちなんで毒草の育成が相応しそうな場所だ。変なきのことかカビとか発生するのは勘弁願いたいところだが。

 少なくとも部屋は綺麗に掃除されていて清潔だ。それを汚す真似は遠慮したいところだった。

 実験として壁の一部の色でも変えてみようかな、と思った。

 そういう道具があったかは後で確認しなければならないけれど。

 天井が高いし、一人で作業するには良い暇つぶしになる。辺りを汚しそうだが。

「……俺、そういうのに特化した特殊技術スキル持ってなかった……」

 ただでさえデザイン性の無い死の支配者オーバーロードだ。綺麗にできるわけがない。

 スキルを取っていないと満足に剣も奮えない。

「綺麗な鉱石系のシモベでも配置してみようか」

「確かに、結晶モンスターは綺麗ですよね」

 生き物と違い、ちゃんと命令を聞いてくれないと魔法を勝手に行使する危険なところがある。

 ナザリック地下大墳墓の中に居る自動的に湧き出るPOPするモンスターはギルド所属のくくりに入っている為か、命令すればちゃんと従ってくれる。

 実際に吸血鬼の花嫁ヴァンパイア・ブライドというモンスターはナザリックにおける自動的に湧き出るPOPするタイプだが階層守護者である『シャルティア・ブラッドフォールン』の命令に従っているという報告があった。

 野良モンスターである『鎌鼬かまいたち』は襲ってきた。

 同じモンスターなのに何かが違う。その調査もしなければならない。

 もちろん自分一人で全部を調査など途方もない事だ。そこは仲間達に任せても良いだろう。

 ついつい知識欲にかられて自分で調べようとしてしまいがちだが。

 あと、思い出した事がある。

 おぞましいアンデッドモンスターらしく、人間の手足を壁に飾る血生臭い雰囲気というものを。

 腐りかけの死体を壁に飾る方が『死の支配者オーバーロード』らしいのかもしれないけれどモモンガ個人としては気持ち悪い部屋にするのは嫌だった。

 かといって裸の女を並べるわけにもいかない。

 変態呼ばわりされてしまう。

 そういう部屋を作りそうなのがペロロンチーノだ。しかし、個人の趣味であれば口出しする権利は無いけれど。

 余程の事でも無い限り。

 今のところゲーム会社から何の苦情も来ていない。

 警告メッセージも発生していない。

 おそらくは『システム・アリアドネ』も機能していない気がする。

 安心するのは早いけれど、一先ひとまず今はペロロンチーノの事を片付けなければならない。

 オブスキュリテを下がらせて『伝言メッセージ』の魔法を使う。

「ペロロンさん、元気ですか?」

『元気ですよ。頭もだいぶ冷えました』

 声の感じからは確かに元気そうだ。

 たっち・みー達に怒られて不貞寝ふてねでもしているかと思っていた。

「マーレの解体は流石さすがに不味いですよ。急に人体解剖に目覚めたんですか?」

『肉体を再生する魔法があったなと思って……。それを利用すれば何か凄い事が出来るかもって……。調子に乗りました』

「俺よりぶくぶく茶釜さんは相当怒ってたんじゃないですか?」

『姉貴は別に怒ってなかったみたいです。呆れていたのかも知れないけれど』

「……代わりにペロロンさんが解体されたと……」

 実際にどういう風に解体されたのかは見ていない。見たくない、という気持ちがあるのかもしれない。

 気持ち悪いアイテムやオブジェクトはゲームの演出で色々と見て来たけれど、ギルドメンバーの部位が入っている容器は見たくないな、と思った。

 不定形は特に問題は無いかもしれない、と思わないでもない。


 思っていたより元気そうなペロロンチーノの声が聞けただけで安心した。

 声をかけても答えてくれないくらいやさぐれていたらと思うと心配になる。

 仲間内でのトラブルは解決が難しいものだ。

 『質量保存の法則』という言葉が頭を過ぎった。

 消滅するのが当たり前の存在を維持させる技術があるとすれば試したくなるか、と質問されたとする。

 答えは『試す』となる。それもかなり高い確率で。

 人体解剖は流石に躊躇われるがアルベドの羽根から少しずつ無茶な事に挑戦するのは並みに向かって行く事なのかもしれない。

 なにせ命令すれば大抵の無茶な事も実行に移そうとするシモベやNPCがたくさん居るから。

 面白半分で自害せよ、というのは言わない方が良い。おそらくNPCに冗談は通じない気がする。

 設定によって生み出されたゲームの生命体なので元々が人間のプレイヤーとは常識が違って当然かもしれない。

 そうして思考したり悩んだりしながらも時間は刻々と過ぎていく。

 通常よりも二時間多い世界。

 大幅に増減されたわけではないから急に凄く何かが変わった、という気持ちは湧いてこない。景色も特に問題はないと思う。

 睡眠不要というのは眠気と戦わなくて良い反面、退屈になると不安になる。

 嫌な事があれば眠ってしまえ、が出来なくなるから。

 眠る代わりに風呂に入り浸る、という手がある。とはいえ、骸骨の身体で楽しめるものなのか。そもそも肉体的な感覚というのはどうなっているのか。

 オブスキュリテを戻し、時間を確認させる。

 まだ一日経っていないのにたくさんの問題点を考えた気がする。これを毎日繰り返すのはかなりの重労働の筈だ。

 二十四時間以上も戦わなければならない。

 何と、と聞かれたら何も答えたくないけれど。

「……前の世界であれば夜中の二時というところか……」

 昼まで十時間近くの余裕がある、という。というか既に次の日になっていた。

 地下の生活は時間経過が分かり難い。早めに時計などを配置するべきだと思い、メイドにメモを取らせる。

 通常なら視界内に時間が標準で表示されるものだ。それが今は何も無い。

 マスター・ソースを呼び出すところでも時間を確認する事ができるが、あの時間が現地の時間と同じなのか確認していなかった。

 序盤の街に行くだけでも重労働というのに冒険者登録して、まだ何も進んでいない事に愕然とする。

 こんな調子で冒険できるのか疑問だ。


 ◆ ● ◆


 既に翌日に変わっていたが睡眠不要のシモベ達は各階層で活発とまではいかないが活動を続けていた。

 当然、至高の存在であるギルドメンバーも。

 人鰐ワークロコダイルの『獣王メコン川』は第九階層の風呂場の点検をおこなっていた。

 種族的には眠っていてもおかしくはないけれど、時間とは関係なく起きていたようだ。

「水源に関して問題は無いな」

 無骨な姿からは想像できない繊細な作業を淡々とこなす。

 助手として『ナル』というメイドが付き添っていた。

 専用のメイドばかりでは不公平だと思うので、仕事の無いメイドにもメンバーの世話ができるように試験的に当ててみる事にする。

 使わない風呂場を止める事が出来るのも確認した。

 魔法的な作用のようだ。

 今から思えば、よくそんな技術が現実として存在できるものだ。

 ゲームの世界ならまだしも。

 魔法もちゃんと出るし。

「配管内の粘体スライムの様子はどうだ?」

「定期的に入れ替える事になっております。現時点では異常は無いようです」

 汚れ除去に粘体スライムはとても役に立つ。

 モンスターとしては厄介な相手で斬撃が効かないのと腐食で武器を傷める。

 種類によっては溶岩型も居るし、敵として出会えば苦労する。

 その中でも『ヘロヘロ』の種族『古き漆黒の粘体エルダー・ブラック・ウーズ』は最強種の粘体スライムだ。

 レベルも高く、あまり戦いたくない相手だ。

「そのヘロヘロさんはソリュシャンと一緒にくつろいでいるわけだが……。美人にお世話してもらって幸せそうだな」

 戦闘メイドの一人『ソリュシャン・イプシロン』は姿は金髪ロールのお嬢様風だが種族は粘体スライム系だ。

 暗殺者アサシンクラスを持つ物騒な存在だがあるじに尽くす姿は微笑ましい。

 粘体スライム一括ひとくくりにしているが種類は豊富で立方体型に溶岩、細菌、肉体変化、と他にも種類が居る。

 冒険者にとっては戦い難い相手として有名で、決して雑魚モンスターと侮ってはいけない。

 基本的に無敵のモンスターは存在しないので倒せない事は無い。倒し難いだけだ。

「メイド達は風呂場はよく利用するのか?」

 これはやましい気持ちからではなく純粋に興味から尋ねてみた。

「はい。仕事終わりのメイドはだいたい利用していると思われますし、私も利用します」

「何か不都合な事は無いか? 物騒な浴槽があるけれど……」

 何種類かある中で『チェレンコフ湯』という人体に有害そうな光りを放つ浴槽がある。

 非実体のモンスターでもなければ利用できない危険極まりないものだ。現メンバーでは死獣天朱雀が利用できそうな気がする。

「広さや湯加減について文句はありません」

「そうか。……そういえば厄介な動像ゴーレムが設置されていたはずだが……」

の事ですか? 今のところ反応はございませんよ」

 その厄介なライオンの動像ゴーレムは風呂場でマナー違反を犯すと制裁の為に起動するかなり強い動像ゴーレムだ。

 レベル100でも単体では止められないと聞いた覚えがある。しかも女湯にあるので入るのに勇気も必要だ。


 風呂場の点検をしていて気づいたことがある。

 ゲーム時代はただの設定でしかなかった風呂場を今は本当の意味で利用できることに。

 湯加減を感じ、アバターであるはずなのに自分の身体のように癒すことが出来る。

 おそらく『チェレンコフ湯』に行けば普通に死ぬかもしれない。

「お手伝いにうかがいました」

 と、新たなメイドが三人やってきた。

 胸の名札では『エイス』と『フォウ』と『フォス』と書かれていた。

 名前と姿はあまり一致していないはずだが急には覚えられないものだとため息を軽くつく。

 職業クラスの取得などで名前は身体を必ずしも表しているわけではない。

 『ぶくぶく茶釜』は現実の体型から名付けたらしいが今も太めかは不明だ。

 『弐式炎雷』という名前で何を想像できるだろうか。

 『ペロロンチーノ』もスパゲティをちょっと変えた程度だ。どういうこだわりでつけたのかは名づけた本人にしかわからない。

 『チグリス・ユーフラテス』は呼ぶのが大変だ。特にメイドはフルネームに近い呼び方をするので可哀相だなと思わないでもない。

 気軽に愛称でも、と思ってもきっと呼んでくれないと思う。

 立場が違うとか言い張って。

 『やまいこ』や『モモンガ』の方が幾分、呼びやすくて羨ましいと思う。

「獣王メコン川様? どうかされましたか?」

 こそばゆい呼ばれ方で現実に戻る人鰐ワークロコダイル

 何がメコン川だ、バカじゃねーのと自分で思ってしまう。

 それ人名じゃねーだろ、と。

「出来れば……、獣王と呼んでほしいな」

 メコンだけでもおかしな気がするが自分で出せる妥協点というものは必要だ。

 おそらく愛称で呼べ、と言ったら嫌がる気がする。恐れ多いとか言われて。

 呼びやすいNPCが羨ましいぜ、と思いつつ仕事に戻る。


 ◆ ● ◆


 ペロロンチーノはバラバラに解体された自分の部位が入った容器を眺める。

 異形のアバターのお陰か、それとも世界に最適化されたお陰か。

 見るもおぞましいはずの腕などは平然と観察できた。

 所詮はモンスターだから、という意識でも働いているのか。

「さすがは高位の治癒魔法といったところか……。もう少し研究すれば何かの役に立つかも」

「……懲りないのは立派だが……。命令遵守を逆手に取るな」

 というか、よく思いついたなと感心はしたけれど。

 姉として『ぶくぶく茶釜』は何か言わなければならない気がするのだが、何も出て来ない。

 それは自分も容器内の物体に対して興味を覚えているから、とも言える。

 異形種である自分が世界に溶け込んで、いずれは何かをしでかす予兆のような予感めいたもの。

 さすがに元々の人間としての常識や記憶は失ってほしくないけれど、いずれ忘れていくのならば無理に抵抗するのはやめた方が楽かもしれない。

 とはいえ、まだはっきりと地球での自分の記憶や思い出はだいたい覚えている。都合の悪い事は忘れたいと思うけれど。

 そんな彼らの前に『幻想少女アリス』が姿を現す。

「ごきげんよう、皆様」

 急な出現に対してぶくぶく茶釜は咄嗟に行動には出ず、視界を幻想少女アリスに合わせた。

 ただ、ペロロンチーノはかなり驚いたようだ。

「うわっ! 幻想少女アリスじゃん! なつかしい。そういえば、こんなクリーチャー居たっけ」

「……弟。今はちょっと黙っててくれないか。……ここは難攻不落のナザリックだぞ」

 呼んでもいないモンスターが急に姿を見せる事は本来はし、事だ。

 青いエプロンドレスに金髪碧眼の小さな女の子。

 それは確かに『ユグドラシル』のゲームに出てくるイベンドボスの姿に酷似している。

 ただ、一緒に出てくる『お供』の姿が見えないのが気になった。

 幻想少女アリスは単体でプレイヤーの前に現れない。セットが基本だ。

「そういえば、そうだね。イベントボスが何故、ここに?」

「皆とお茶会でもしようかと。敵対する意志はありません。モモンガお兄ちゃんとも会いました」

「……モモンガさんと? ……ああ、だからを……。随分と深刻な事を言ったのはお前のせいってことか」

「伝えるのが仕事だから怒らないでほしいな。別に私自身は何もしませんよ。のお話しをしましょう」

 両手を広げる幻想少女アリスの足下の影が揺らめいた。そして、それは一瞬で全てを飲み込む。

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