013 一方その頃、マーレに危機が

 半数のメイドに長時間待機している事は普通の人間には無理そうな体勢になってもらった。

 普通の人間なら十分も耐えられない体勢はたっち・みーが監修した。

「これもまた圧巻ですな。……しかし、十分経っても微動だにしないとは」

「メイドを拷問にかけているようで心が痛むな」

「そういうつもりはないんだけど……。姉貴、好きなだけ食事させてもいいよね?」

「許す」

「あと、命はかけなくていいからな。失敗もまた経験だから」

「はい!」

 と二十人近くのメイドは答えた。

 姉が居なければ一人ひとり頭を撫で回すところだが、手が出せないのはもどかしい。

 ペロロンチーノの頭にはメイド達の卑猥な体勢ばかり脳裏に浮かぶ。

 本来なら全裸にしたいところなのに、とか。

 ヘロヘロは真面目に資料をまとめているようだし、ふざけた気持ちが入ると職人でもある彼らに怒られそうな気がした。

「単純作業をどこまでやれるのか。画数の多い漢字の書き取りをやってみようか」

 まずは五人ほどに文字の書き取りをさせる。

 右手と左手に違う動作を命じる。

「あとは雑巾の絞り汁をどこまで飲めるか」

「それは可哀相だ」

 冗談だがたっち・みー達は揃って同じ言葉を発した。

 今のところ要求した動作を寸分の狂いも無くメイド達は達成していく。それは機械で制御された動きのようで一見美しく見える。

 踊りを仕込めば素晴らしい景色になるかもしれない。しかし、舞踊に関するクラスを取得していないので出来るかどうかは実験しないと分からないけれど。

 ただ、確実に●●開脚は確認出来た。四十一人のメイドによる統制された卑猥なダンスも夢物語ではないかもしれない。その時がペロロンチーノの見る最後の景色になるかもしれないけれど。

 一日では程度が知れているけれど、改めて見ると色々と驚かされる。それはたっち・みーも獣王メコン川もヘロヘロも同じ感想だった。

「後は百年間逆立ちさせても平気かどうか……」

「もし可能だったら凄いけれど、無駄な時間を過ごさせるのは拷問と変わらない」

「個人的には妊娠するのか気になる……」

「しないと思うな。人造だし。天然生物という訳ではないから。自動人形オートマトンのシズのような感じだろう」

「発想がエロに繋がるのはどうかと思うが……、可能性の探求としては正しいのかもしれない」

 小一時間の議論の後でメイド達には食事と休息を命じた。場合によればマッサージを受けることも許可しておく。

 試しに眠れるのか尋ねると眠ろうとする意志を強く持てば眠れそうだと答えてきた。

 種族が違うから睡眠の感じ方が違っても不思議ではない。

 眠れるなら今の内に休ませる事も大事だ。


 ◆ ● ◆


 ペロロンチーノ達がメイド達で遊んでいる頃にモモンガは城塞都市●●・ランテルの検問所に到着していた。

 既に検査待ちの馬車が待機していて数十分後には自分達の出番になる予定だった。

 不可視化して侵入する手も考えたが後々、問題が大きくなりそうなので正攻法で入る事にした。

 それで拒否されるようであれば強引に突破するだけだ。

 モモンガはルプスレギナに不可視化を命じて検査内容を観察させ、自身は御者台で周りを観察する。

 馬車の多くのは村から来た者と他の都市から来た商人たちだ。

 旅人も検問所にて身元確認を受けるが、軽い身体検査で次々と中に入っていく。

 本来なら入国料がかかる。だが、金銭以外の物々交換でも良いとされている。

 戦争を控えているので武器はあるだけ望まれているとか。

「入国料は高いんですか?」

「我々は手形を領主様から頂いていますが……。基本的に銅貨二枚が相場です」

 荷物検査で銅貨五枚相当になる事もある。

 大半は薬草を売った利益でまかなえるので今まで問題は起きなかった。

「大きな都市くらいですよ」

 今回はエンリが肩代わりしてくれる事になっている。

 御礼はいつかしてくださいね、と微笑みながら言われた。

 旅人には親切にすべし、という風潮でもあるのか。

 近代社会で生まれたモモンガにとっては助け合い精神はゲームの中だけだと思っていた。だから、それが演技であった場合を考慮してしまうのは心の狭さを現しているようで情けなくなる。

 もちろん、油断はしない。

 あまり人を疑いすぎるのも考え物なのは分かっているけれど。

 と、物思いに耽っているうちに自分達の番になった。

 検査は簡単なもので、ざっと兵士達が荷物を確認する程度。

 見た目で怪しいというのは後回しになっている。

 全身鎧フルプレートは珍しくなく、冒険者としては特に問題の無い格好だとエンリに教えられていた。だからだろうか、兵士は指摘して来なかった。ただ、立派な鎧だ、と感心はしていた。

 素顔を見せろ、と言われなかったのが逆にモモンガは心配した。

 自分なら全部脱げ、とか言いそうな気がする程、相手を疑う。それはそれで神経質で心の狭い人間だと思われてしまうのだけれど。

 不可視化したルプスレギナに気づいた者は誰もいないようなので、引き続き彼女ルプスレギナにはほろの上で身を潜めているように命令しておいた。

 そうして何も指摘されないまま街の中に入る許可を得る。

 通常であれば異形種が街中に入ろうとすると警告メッセージなどが出たりして追い返されることがあったり、どこからとも無く憲兵がやってきて襲いかかるものだが何も起きなかった。

 普段から警戒している自分にとっては何も起きない事が一番不安だった。

 それは犯罪を犯した犯人の心境のようで情けなくなる。


 無事に●●・ランテルに入った後は一通りの案内を受ける。

 飲食店に冒険者ギルド。広大な墓地の位置。

 大雑把だがエンリは一生懸命にモモンガに伝えていった。最後に友人の薬師くすしの店に向かう。

 そこは町工場まちこうばの集まりのような細々とした場所でアイテムを売買する店がたくさん並んでいた。

 その一角に街で高名な薬師バ●●●の店があった。

 店名だけ聞くと薬師の店とは到底思えない。頭のおかしい家だ、絶対。

 モモンガは自然と中に入りたくないな、と思った。

 頭が悪い人以外お断り、というハイレベルな店にしか見えない。

 エンリはそんな残念店に入り、友人の名前を呼ぶ。何の躊躇も無く。

 名前は酷いが姿はまとも。それだけでも安心しなければならない。名前の通りなら救いようが無い人間だ。全身から悪臭が漂う病人が良く似合う。

 店内は名前とは裏腹に、というか当たり前だが多くの薬草類や冒険者に必須のアイテムが並んでいた。

 独特の匂いは薬草によるものらしいが姿を現しているルプスレギナにとっては悪臭並みのようで鼻を押さえていた。

 臭いに敏感なので仕方が無い。モモンガは僅かに香草の臭いを感じる程度だ。

 中身が骸骨なのに嗅覚が多少あるのが不思議なのだが。

「ルプスレギナ。外で待機してていいぞ。折角の顔が台無しだ」

「は、はい。申し訳ありません」

「渡した仮面をつけておけ。無理はしなくていいからな」

 人狼ワーウルフである彼女にとって臭いの強い店は自然のペナルティのようなものかもしれない。

 エンリの声に応じて店の奥から姿を現したのは汚い格好の金髪の人物だった。

 汚れたエプロンは今も作業をしてきた証しで、緑色の色合いから薬草の加工をする仕事のようだ。

 目元を隠すような独特の髪型はエロゲー主人公の中に居そうな雰囲気を感じさせた。

 性別は男性だが華奢な体格に見える。

 年の頃はエンリと同世代。つまり十代後半の青年という感じだ。髪型に特徴があるせいか、他の部分は特に目だっているようなところが無い。いかにも平凡で純朴そうな雰囲気を感じさせる。

「こちらのモモンガさんを案内してあげて」

「エンリの頼みなら。ようこそ●●・ランテルへ。●●●ーレア・バ●●●です」

 自分で名乗るところからも変な名前だとは思っていないようだ。そうだとすると指摘するのは筋違いかもしれないし、今更改名はできない。

 というよりはこの世界では普通の名前でモモンガの指摘こそ理解不能なことかもしれない。

 ふと、変な音が聞こえたので外に顔を向けるとルプスレギナが嘔吐していた。

 臭いに耐え切れなくなったのかもしれない。というかNPCノン・プレイヤー・キャラクターなのに嘔吐するとは驚きだ。

 すぐに駆け寄り背中をさする。

 二日酔いのまま街中を連れまわした状態のようだ。

「よしよし。全部、吐き出せ」

 もし自分がもっと臭いに敏感なら今のルプスレギナと同じく嘔吐する自信がある。今は骸骨の姿なので平気だが、気持ちはよく理解出来る。

 反応が人間的なので何故か安心した。あと部下を労わる心はあるようだと。


 店から椅子を持ってきてルプスレギナを座らせ、辺りを掃除する頃には気分も落ち着いてきたようだ。

 臭いに敏感な彼女を連れてくるべきではなかったかもしれない、と反省するモモンガ。

 街の案内を●●●ーレアに任せてエンリは村に戻る事になった。

「ここまでの案内、ありがとうございました」

「よい旅を」

 最後まで親切丁寧な対応にモモンガは感動する。

 今の日本では失われてしまった優しさがこの世界にはまだあるのだと。

「宿の前にお金でしたね」

「はい」

 宿の場所はどの道、探す予定に入っている。その前段階の資金調達が急務だった。

 何をするにもお金がかかる。それは異世界でも変わらない。

「武器の売買はものにもよりますが、どれほどの数になるんでしょうか? うちは薬草やアイテム専門なので」

「革製品と手ごろな武器といったところです」

 店の外ではあるけれどいくつかの武具を見せる。

 ●●●ーレアは『道具鑑定アプレイザル・マジックアイテム』の魔法を唱えた。

 この魔法はモモンガの知識にあった。

 自分たちが行使する魔法と同一かは確信が持てないが、かなりの部分で一致するはずだという思いがある。

「商品として充分な品質ですね。高くは売れないでしょうけれど……」

「売れればいいので。ちなみに……、良い武具はどの程度のものになりますか?」

「そりゃあミスリルやオリハルコンクラスでしょう。隣国の●●●ロ帝国ではアダマンタイト製の武器があるとか。この国では滅多にお目にかかれないと聞いた事があります」

 話しぶりではミスリル製品はそもそも店に転がるような低級アイテムではないという。そうなると持っていくと騒ぎになる確率が高くなる。

 ミスリルより質の落ちるものであれば無難かもしれない。

 あまりどっさり持ち込むのも不審がられる。そこら辺の調整も考えなければならない。

 そういう相場的な話しが聞けただけで充分に役立った。

「身分証明が今は出来ません。代わりに売ってもらう事は可能でしょうか?」

 通称『パシリ』ともいう。

 もし自分ならテメーで行け、と言う自信がある。だが、悲しいかな。この国の身分証明所は持っていない。

 冒険者ギルドで冒険者登録する場合に幾許いくばくかの登録料がかかるとも聞いている。

 どの道、恥を忍んで頼むしかない。あとは店を襲って金を強奪する。

 さすがに力技は不味いと思った。異形種だけど法律は守りたい。


 酷い名前の割りに親切な青年。だが、名前を呼ぶのが躊躇われる。

 あと意外と呼び難い。

 エンリは平然と言っていたが長年の付き合いのお陰とかなのかな、と。

「売買する時、鑑定で異常が無ければ大丈夫だと思います」

「そうだとしてもよそ者の武具を取り扱ってくれるでしょうか?」

請負人ワーカーという人達が居ますし……。では、うちの店をご贔屓ひいきにしてくれるのでしたら一肌脱ぎましょう」

「なかなかの商売人ですね」

 当たり前だろうけれど。顔見知りを得ておくのは今後の活動では必要な事だと思う。

 ●●●ーレアは●●・ランテルの情報を得るのに最適な人材だし、折角顔見知りになったのだから頼らせてもらおう。もちろん、店の背景の調査はしなければならない。

 疑り深い性格と言われても仕方が無いけれど、無報酬の善意ほど怖いものは無い。だからこそ慎重さが求められる。

 投資額は少ない。多少の散財は必要経費と見なしてもらう。

 とにかく貨幣を得なければ身動きが取れないのだから。逃げる事はいつでも出来るけれど。

 それとルプスレギナは宿が決まり次第、戻そう。モンスター避けの臭い袋は人狼ワーウルフに確実に効果を及ぼしている。一見、純朴そうだが実力者かもしれない。

 一旦、●●●ーレアに着替えてもらい、武具の売買をしてもらうことにした。

 ついでにミスリル以下の武具の調達も依頼しておく。

 革製品だけでは心許ないので。

 武器と防具は冒険者の他に警備兵も購入する。

 警備も商売になっているので新しい武器は高値で売れるらしい。

 ついでに飲食店の物価も聞いておく。ルプスレギナに何か食べさせてやらなければ可哀相だろうから。

 もし不味い飯ならナザリックに戻すつもりでいた。

 店から離れてしばらくするとルプスレギナは落ち着いてきたのか、伸びをしたり、辺りを興味深げに観察したりし始めた。

 臭いの強い場所は苦手なようだ。

「もう大丈夫なのか?」

「はい。お手数をお掛けして申し訳ありません」

「元気になったのなら良しとしよう。……まず、シモベを呼び彼の店の調査を命じておけ。その後で帰還しても構わん」

「い、いえ。モモンガ様を一人にするわけには……」

「宿が決まるまで付いてこれるか? あの店にまた戻ることは無いと思うが……」

 臭いの強くない場所ならばルプスレギナを伴なっても問題は無い筈だ。

 部下の苦しむ姿を見たいと思うほど鬼畜ではない。

 従順なNPCの様々な反応は今までの鬱屈した気分に光明を見せている。だからこそ、彼女達を大切にしたいと思う。


 ●●●ーレアと共に武具の店に向かうのだが、いきなり小さな袋から大量のアイテムを出すと驚かれると思うので、事前に手に持つ形にしておく。

 多少の口裏合わせも必要だ。

 製造者が不明だと無理だとか。現実的な事を言われるかもしれない、ということも考慮する。

 現代社会なら細かい部分まで確認されてしまうところだが、異世界ファンタジーはどうなるんだろうか。

 ミスリルの金属の塊だけ持ち込む、という手も考えた方がいいかもしれない。それも一つの手段だ。

「売りに出される武器を見せてもらえますか?」

 外に広げるのは少し恥ずかしいがいくつか取り出して見せておく。

 ふところにしまうには量が多く見えてしまうのだが、バレたらマジックアイテムと言い張ればいい、と思った。

 多少の怪しさは自分でも感じる。

 出された革製品を●●●ーレアは手に持って観察する。

「随分と新品のようですが……」

 当たり前だが製作したての新品だ。使い込んだ汚い武具ではない。

「使い込んでいないと駄目だとか?」

「いえ、そんなことは無いのですが……」

 普通に考えて、見た目が歴戦の戦士なのに新品の武具を持っているのは疑問に思う。

 自分の立場なら盗品という線がすぐに浮かんだ。

 傷があれば強奪品、ともいえなくはない。

「エンリに頼まれた商品ですね」

「えっ? あ、は、はい。そうです」

 モモンガの言葉に●●●ーレアは口角を上げて苦笑する。つまりということだ。

 意外と油断の出来ない相手だとモモンガは思った。

 名前は酷いのに。

 それはそれで偏見だが。自分はそれ程差別主義者ではないのだが少し反省する。

 自分がされて嫌なことは相手にやっていい理由にはならない。もちろん、ゲームの中なら平然と仕返しをすることもだと思うことはある。

「盗品でなければ売ることは出来ますが……。一応、確認します。大丈夫な品なんですよね?」

 この確認作業の最大の目的はエンリに迷惑がかかるかどうかだ。それはモモンガもすぐに思い至った。

 口裏合わせ自体は問題は無い筈だ。だが、それは自己責任においてのみ適用される。

 エンリの名前を出した以上は実は彼女に頼まれて、などとは言えない。

 いくら異形種の身とはいえ恩をあだで返す冷血漢ではない。それに『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスターとして彼女を守ると誓ったのだから。

 自分で立てた誓いは破らない。

「資金源にする為に用意した物が未使用品しか無くて……」

「僕の目から見ても新しすぎますよ。……わざと汚すのも勿体ないし……」

 戦士が売るというよりは武器商人が直接売りに来た、という感じだ。多少は不審に思われるが仕方が無い。

 おそらく●●●ーレアは言い訳などを考えていると思われる。それに彼は薬師だ。

 職種の違う商品を取り扱う場合は面倒な決まりごとがあったように思える。

 本当にここに『音改ねあらた』が居れば、と切望する。

 居たら居たで象人間ガネーシャに驚かれるかもしれない。というのはさっきも思った気がしたが、異形種は人間世界では色々と面倒くさそうだと思わざるを得ない。


 革製品は売値は安いが新しい分、買い取りやすいはずだ、と青年はブツブツと呟く。

 数が多いし、不審に思われない言い訳を考えた方が後々の売買も成立させやすくなる。

「ちなみに他の武具もあったりしますか?」

「一応は……」

 それも当然、新品同然だ。

「ちょっと待ってて下さいね」

 と、●●●ーレアは自宅に引き返していった。そのすぐ後で影がうごめき、モモンガの足下に移動する。そして、その影から影の悪魔シャドウ・デーモンが少しだけ姿を現し、ミスリル以下の武具を入れた皮袋を届けて消えていった。

 事態は悪化しているわけではない、とモモンガは自分に言い聞かせる。

「このままだと不味いっすか? あっ、不味いでしょうか」

「色々と面倒な手続きがあるのは想定内だ。かといって使い古しを装うのも勿体ない気がするけどな」

 使うなら新品の方が耐久性に問題がない、と。

 伝説の武器でもない限り、手ごろな武具は結局のところ消耗品にしか過ぎない。

 戦争はどうでもいい。今必要なのは宿に泊まる、などの活動資金だ。

「我々は異邦人だ。こちらのことわりに従うのが筋だ」

 そして、相手に自分達の常識を押し付けることは騒動の種になる。

 他者の意見を聞き、今後の糧とすることに対してモモンガは低姿勢も辞さない構えだ。

 相手の会社に乗り込んで我に従え、なんて傲慢な飛び込み営業など聞いた事が無い。仮に会ったとしたら暴力団まがいだ。

 昔の言葉で言えば『押し売り』だ。

「……他に方法があればいいのだが、何事も手探りでおこなわなければならない。折角訪れた街から追い出されるのは嫌だからな」

 それに多くの情報を得る拠点というのはどうしても必要だ。いきなり最初から拒絶されては今後の活動どころか、人間不信になるかもしれない。

 ゲーム時代なら人間種に恨まれても平気だ。恨まれる様な事をたくさんしてきた自覚はある。だが、知らない土地でいきなり追い出されるのは精神的にきつい。

 まだ何もしていないのに。

 物騒な事をしでかす気も無いけれど。

「モモンガ様が不都合なら私が売りに行けばいいんじゃないですか?」

「うら若い娘が大量の武器を持ち込めば必然的に怪しまれると思うが……。それは最後の手段にしたいな」

 確かに全身鎧フルプレートの怪しい人物が売るよりルプスレギナの方が警戒が緩むかもしれない。

 色々と悩んでいるうちに身奇麗にした●●●ーレアがやってきた。ただ、ルプスレギナは彼の姿に気付いた途端に一歩引き下がった。

 身体に染み付いた薬草の臭いはそう簡単には洗い落とせないようだ。

「お待たせしました。革製品については僕が交渉してみます。金属に関しては少しずつ売らないと兵士に怪しまれるおそれがあると思います」

「……お世話をお掛けします。一応、これらは盗品ではありませんよ」

「見た感じではまだ持っているような気がしますが……。マジックアイテムでしょうか?」

「ま、まあ、そんなようなものです」

 とりあえず、●●●ーレアの助言でいくつか売るのだが、安く買い叩かれてもいいのか聞かれた。

 安いかどうか物価が分からないのでお任せするしか無い。

 一品銅貨五枚程度。それを二十人分も売れば結構な枚数となる。

 続いて金属製も試しに頼んでおいた。

 最終的に小さな袋いっぱいになるのだが、金貨しかなかったユグドラシル時代とは違い、どれだけの価値なのか全く見当がつかない。

 一通りの売買を終えたあと、近くの居酒屋で貨幣の枚数を数える。

 銅貨二十枚で銀貨一枚。

 銀貨二十枚で金貨一枚。

 ゆえに銅貨四百枚で金貨一枚となる。

「宿屋の相場は一泊、ただ泊まるだけなら銅貨五枚ほどです。食事つきだと二枚追加となっています」

 そう聞いた時、随分と物価は安いんだなと思った。

 ただ、使えば無くなるので稼がなければ滞在費用はもたない。

 食事の内容から銅貨一枚の価値は高め。ユグドラシル金貨だと銅貨一枚の価値は百倍以上かもしれない。

 少なくともユグドラシルでの宿賃は最安で一泊五百枚くらいだったと思う。


 ◆ ● ◆


 モモンガが売買方法に悪戦苦闘している頃、ナザリック地下大墳墓の第九階層ではアルベドの部屋の製作がおこなわれていた。

 既存の空き室を利用するだけだがギルドメンバー数人が立ち会うのでNPC達が多く集まっていた。

 力仕事は一般メイドには出来ないので掃除担当だけ任せておいた。

「本来ならモモンガさんの部屋を使うんでしょうけれど……。執務室の利用を考えると別室にした方がいいだろうね」

「女性の部屋らしく作らないと味気ないわ。ただでさえ灰色の色気の無い部屋なんですもの」

「風呂はどうします?」

 図面を引いたり、家具の配置などを相談しあうメンバー。

 自分の部屋が与えられる事になったアルベド自身はただただ見守っていた。

 要望があれば意見を出してもいい事になっていたが、なかなか声がかけられない。

「守護者統括に相応しい部屋といっても……。意味も無く広いだけでは物足りないだろう」

「読書が趣味とかだったら良いのに」

「各NPCが自我を持つなんて思って作ったわけじゃないだろう?」

「それはそうなんだけど……」

 ゲーム時代のNPCは室内を飾るオブジェクトのようなもの。家具と同等だった。

 それが今は自由意志で動き回っているし、自分の意見を言うようになった。

 メイド達ももりもり食事を平らげる。

「それにしても壁が壊せるとは……。ゲームでは破壊不能オブジェクトだったはず」

 破壊できないからこそ室内で戦闘が出来た。

 超位魔法も専用のものでもない限り、拠点そのものを吹き飛ばすことは出来ない。出来てしまうと攻略がしにくくなる。

 ダンジョン奥に居るレイドボスと戦った場合は派手に極大魔法を撃ち合ったりするものだから簡単に壊れては困る。


 製作にかかわらない他のメンバーは第六階層に来ていた。

 他にもそれぞれの階層に赴いている者も居たけれど。

 森林地帯の奥深くに巨木が植えられている地域があり、そこを双子の闇妖精ダークエルフであるアウラとマーレが寝床にしていた。

 外敵が居ない分、意外と物静かな階層だが特訓の場として存在する施設がある。

 洞窟内でも真昼のように明るいのは天井に作られた擬似的な天候のお陰だ。

 時間経過と共に朝昼晩を演出する。だが、今は二時間の時差で少し狂い始めていた。

 今はまだ目立たないがあと数日で色々と違いが出始める。

「まずはたっちさん。マーレの腕をぶった切ってみてください」

 と、バカな事を言い出すのはペロロンチーノだ。

「治癒魔法実験とはいえ、いきなりマーレは可哀相だ」

 それよりも良くそんな事を平然と頼めるなと白銀の騎士であるたっち・みーは呆れた。

「アンデッドの腕を落としても面白くないでしょう」

「……種族の特性に引っ張られる、というのはそういうことか。少なくともNPCをぞんざいに扱うのはペロロンチーノ君らしくないな」

「今の内に自分の非人間っぷりを知るのは悪くないと思いますけどね。鳥人バードマンが人間を食べる日も遠くないような気がして。今の内に嫌な事を体験して免疫をつけようかと」

 身体を切られる予定の闇妖精ダークエルフであるマーレ・ベロ・フィオーレはブルブルと震えていたが至高の存在の役に立つのであれば我慢すると言い出した。

 そう答える事は分かっていたが、実際に覚悟を聞くと可哀相だという思いは感じられる。

「私はマーレに恨まれたくないな。というか、そんなことをしてどうするんだ?」

「ゲームだと腕がもげても治癒魔法で治るし、治った後は切れた腕は消えますよね?」

「消えるな。ただ、それはプレイヤーならではの仕様だろう?」

 海外ではリアルな切り口や血の出方が再現されていて気持ち悪いのだが、日本では比較的、デフォルメされている。

 規制に厳しいせいもある。

 当たり前だが、エロい事は出来ないし、仮想現実では大して意味が無い。

 そもそもゲームのデータを表情などに割かない会社が作ったのだから、期待するだけ虚しくなる。

 クリエイターを目指すものにとっては色々と恩恵があったようだが。

 少なくとも味気ないキャラクターに自分の好みを与えることが出来るのがユグドラシルの強みだ。

 それでも『ちょっと腕一本落すくらいいいだろう』と小さなマーレに頼むのはどうかしている。

 それが例えゲームキャラクターだとしても。

 モンスターを殺している自分たちが言う言葉としては最低ではないだろうか。

 ゲームだから許されることはあっても、倫理観は無くしたくない。少なくともたっち・みーは現実では警察官だ。

 今は過去形のような気がするけれど。

「ウルベルトさん、黙ってないで何か言ってくれませんか?」

 腕を組んだままマーレを見つめていた黒い山羊のプレイヤー『ウルベルト・アレイン・オードル』は軽くため息をつく。

「呆れて言葉も無かった。……ペロロン君。言い分は理解出来るがNPCも痛みを感じるようだぞ。あまり追い詰めるのは良くない」

「善人ぶってどうしたんですか? ウルベルトさんなら解剖大好き派ではないんですか?」

 こちらの世界に来てペロロンチーノの発言は何かがおかしい。もちろん、それが世界に最適化されることだと頭では分かっているのだが、妙な違和感が結論を出させてくれない。

 メイドを裸にしようとするのは別段、不思議は無いのだが。

「素人が解剖しようとしても痛がって死なせるだけだ。そういう事は好きではなかったんじゃないか。鳥人バードマンの特性とも思えないんだが……」

「そ、そうですか? 自分としては特に変わった、という気がしないんですけど……」

 時間が経つ毎に人間的な感じ方を失ってきているのかもしれない。

 事実、睡眠を取らなくても平気というのは本来ならばありえない事態だ。

 便利なアイテムで食事不要というのはあくまでゲームの設定だ。現実の身体はそうはいかない。

「異形種より人間種を試すのが良いなと思っただけなんですけどね」

「それでも麻酔とかかけないと痛いだろう」

「レベル100なら痛みに平気そうなんですけど」

「NPCは使い捨てにしたりするから、っていう事なんだろうけど……。それでも酷いな」

 切断に関してたっち・みーなら綺麗にやってくれるんだろうけれど。

 そんな事を平気でするようになったら、ギルドはどうなってしまうのかウルベルトでも怖いと思ってしまう。

 もちろん、今は、と付くけれど。

 腕を落としておいて再生しませんでした、ごめんなさい。となるのは嫌だ。もちろん失敗はしないかもしれないけれど、怖いとは思う。

 上位者に囲まれてマーレも身動きが取れないようだにウルベルトには見えたので、移動させるべきか考えた。

 命令すれば従う存在のNPC達だ。それがどうなろうと知った事ではない。本来ならば。

 自分のNPCではないけれど心配する気持ちがある。そしてそれがいずれは無くしてしまうものかもしれない。そうなれば二つ返事で解体しようとする筈だ。

 現実の厳しさには一家言いっかげんあるけれど二次元では自由に振舞いたい。そして、それが曖昧な境界となっている世界ではどういう風に振舞えば良いのか。

「治癒できるとしても痛いのは嫌だろう?」

「ご、ご命令ならば……」

 人間ではないし、データであるマーレに人間と同じ反応を求めるのは本来ならばおかしい。所詮は人形と大差の無い存在だ。それがどうなろうと知った事ではない。

 自我を得たせいで自分はおそらく戸惑っている。

 それは悪い事ではないはずだ。

「キャラ作りは卒業した筈なのだがな……。ペロロン君、まず君から解体しようか。何事も手本を見せるのは大事だから」

「そうですね。まずは去勢から……」

 と、たっち・みーが剣を抜く。

「おう……。痛みを感じにくいとはいえ……、心の準備が欲しいデスネー」

 と、二人の強者に睨まれてたじろぐペロロンチーノ。

 明らかに怒らせてしまったようだ。

「心配しなくても私は変態を倒すのは得意だから」

「奇遇ですね、たっちさん。私もですよ。救いようが無い変態は尚更です」

 飛んで逃げようとしたペロロンチーノの翼をたっち・みーは遠距離から斬撃で断つ。

 ウルベルトは治癒要員を呼ぶように様々なシモベに命令する。

 その後で変態ペロロンチーノがどうなったかは定かではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る