竜殺しの熟女とニセモノのムスメ

細茅ゆき

プロローグ~宿命。そして宿敵~

「地獄」と形容するに相応しい様相であった。

 業火になめつくされ、焼けついた大地からは無数の陽炎かげろうがわきたっている。空には陽光を一切通さない分厚い雲がかかっているが、大地を覆う炎が雲の底を照らしていた。

 炎と黒煙が織りなす黒と赤が混ざりあう禍々しい空の中心に、「そいつ」はいた。

 炎の色を映して輝く白金プラチナ色の鱗。背中から生えた、三対の銀色の翼。臀部から長く伸びる二本の尾。そして真っ赤な瞳を備える怪獣のような顔。


 そう。それは竜だ。竜と呼ばれる生き物、そのものである。


 この惨状を生み出した、恐るべき存在。

 そのものの名は、輝銀竜プラチナ・ドラゴン


 そして、何者をも生きてはいられないはずの、この焼け焦げた地上に、一人の女がいた。

 金色シャンパンゴールドに輝くシュシュでまとめた髪を暴風に煽られるままにして、煤だらけになった整った顔にうつろな表情を浮かべ、暗雲が覆う空を呆然と見上げていた。

「なにやってるんだ、サユリ! シャキッとしろ!」

 キーンと鋭く澄んだ音が鳴る。

 左腕にくくりつけられた、人間の半身ほどはあろう大きな鏡が

「こんなところで世界を終わらせる気か!」

 鏡はなおも甲高い越えで叫び続ける。

「…」

 しかし、サユリと呼ばれたその女は、一度下唇を嚙むと、声にならない言葉をつぶやく。

「あいつに勝てるのは、世界でただ一人、サユリしかいないんだ!」

「…」

竜王キングドラゴンたるサユリにしか、あいつは倒せないんだぞ!」

 刹那、蒼い光が空を走った。

「ちぃ!」

 鏡がサユリの視界を遮った。鏡から発せられたプリズムのような障壁バリアが広がり、サユリを襲おうとした蒼い光を拡散させた。

 シュシュでまとめられた髪が揺れた。

「ボケッとするなサユリ!!」

「だけど…」

 サユリはようやく、言葉を口にした。

「弔い合戦だ! そう心に定めるんだ!」

 沈黙。さゆりはまた、声にならない言葉を口元に発すると、やがて唇を真一文字に結んだ。

「…そうだね…弔い合戦だよね!」

 ようやく、サユリの眼に輝きが戻った。

 ギロッと空の一点を睨みあげた。

「よくもあたしの大切な人を奪ったな! 輝銀竜!」

『だから、どうしたっていうんだ』

 竜の声は、まるで直接脳内に響くように聞こえた。

 竜語ドラゴン・ロア。竜同士だけが使える、テレパシーである。

「殺すに決まっているだろう!」

 サユリは右手に握った、まるで羽箒はねぼうきのように見える杖を振るった。

「伸びろ! ヴォーパル・ウェポン!」

 さゆりの手元から伸びた光の刀身は、数キロに達する。これなら、地上にいながら空飛ぶ輝銀竜と戦える。

みのるが作ってくれた、この最強の竜殺しドラゴンスレイヤーで、お前を斬る!」

『やれるものならやってみろ』

 剣先が音速を超え、黒煙もろとも空間を引き裂いた。

 だが輝銀竜は軽々とその斬撃をかわすと、右手を突き出し、蒼い光の弾を生み出す。

『なかなかの攻撃じゃないか。ほら、ご褒美だ!』

 ふざけた言いぐさと共に光の球を撃ち出す。それは空中で爆発し、キノコ型の爆煙を生み出した。

 だが、サユリは生きていた。その顔には、勝ち誇ったような表情を浮かべている。

「ハハッ。最強の防御力を誇る金剛ダイヤモンドの鱗に、永久に壊れない魔法の鏡たるオレがいるんだ。この程度の核爆発で倒せるなんて思わないでほしいぜ」

 キーンと甲高い笑い声が響いた。

「教えてやるよ! この世界で最強の竜は、金剛竜ダイヤモンド・ドラゴンであることを!」


 二匹の竜は死力を尽くして戦った。それはまさに、世界を滅ぼす戦いであったかもしれない。

 世界にたった二匹しかいない竜王は、竜が滅びた世界で戦いを繰り広げる。光の刃が宙に舞い、蒼い閃光が空を走る。光の球が破裂して衝撃波を生んだかと思えば、稲妻のような轟音を鳴らして幾重もの光条が雲を貫く。


 その戦いは、永遠に続くかとさえ思われた。


 だが。戦いの決着はあっけなくついた。

 疲れのためか、動きを鈍らせた輝銀竜に、剣先が触れたのだ。

 それだけで、十分だった。

「もらったっ!」

 ヴォーパル・ウェポンの刃を受け、胴を真っ二つにされた輝銀竜の上半身が自らが焼き尽くした大地に墜ちた。下半身は斬られた直後に虹色の泡のかたまりとなって消えていった。


 ハァハァと、息を切らしたさゆりは、その場に崩れるように座り込んだ。

「勝った…んだよね?」

 その視線は、地上に伏し、微動だにしない輝銀竜の頭を見つめていた。

「よくやったな、サユリ。これで人類は救われる。竜に怯えずに済む世界が、はじまるんだ」

 左腕から鏡を外し、それを杖代わりにして、動かなくなった輝銀竜に近づいた。

「サユリ!」

 あと数歩近づけば、輝銀竜の頭に触れられる距離まで近づいた時、鏡が例によってキーンと甲高い音を鳴らして叫んだ。

 見れば、輝銀竜のまぶたが開き、真っ赤な瞳がこちらを見ていた。

「な、なんで…」

『俺が下半身を失っただけで死ぬと思ったか? 俺達はドラゴンなんだぜ?』

 両腕を突き立て、輝銀竜は上半身を持ち上げる。

『この距離からならば、自慢の障壁バリアも通用しまい!』

 そして口腔を開く。牙の間から、蒼い光条こうじょうが漏れてくる。

『ゲームオーバーだ! おろかな金剛竜め!』

「しま…」

 鏡は腕から外れている。今から持ち上げても、もう間に合わないだろう。

 やがてサユリの視界は、蒼い光で満たされていった。

「サユリ! サユリ!!」

 蒼い光が呼び寄せた轟音の中で、鏡が呼び甲高い音だけが聞こえた…。

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