澤井うさ子(中学2年生)感想文/夏の庭/湯本香樹実/新潮文庫

エル・カズネ

第1話 いつか空へと昇る凧

 私は祖父に塾の送り迎えをしてもらっている。

私がつかれているのに、いつもテレビのスポーツや落語の話を聞かされることが、

めんどうくさいし、うんざりしている。


 祖父は風変わりな人で、自分で作った帽子をかぶり、ハモニカを手作りし、

凧を作って部屋の壁一面に飾っている。

しかも、その凧を一度も飛ばしたことがないのだ。

そして

 「俺の凧は飛ぶと思うよ。」と笑っている。


 「夏の庭」は、小学六年生の三人組のうち一人の祖母の死をきっかけに、

「人の死ぬ瞬間」を見たくなった少年達が、荒れ果てた家に一人で住む

老人を見張り始めた。

夏休みに入り、老人と少年たちに不思議な友情が芽生える。

しかし、別れは突然やってきた。


 12才の彼らと私の年はあまり変わらない。

学校、塾、夏休みもある。

少年たちがたどり着いた答えはどのようなものだったのだろう。

この本は、私の心の見えないものにも、ひとつの答えを与えてくれた。


 私も身近な人の死を経験したことがないし、死は確実な未来だけれど、

真剣に考えたことはなかった。学校、塾の日々を生きている。

その積み重ねは将来につながっているのだろう。

「考えても答えの出ないことは、考えない。」というのが私の性格である。

 

 老人は弁当を買いに出る他は一日中、コタツでテレビを見ている生活を送っていたが、自分を観察する少年たちの存在に気がついてから、なぜか日に日に元気になっていった。

 少年たちと老人の距離はだんだんと縮まり、老人に言いつけられるままに、ゴミ出し、選択物干し、家の修繕をし、雑草だらけだった庭も手入れされた。

少年たちは、きれいになった庭に、たくさんのコスモスの種をまいた。


 この本の中には、美しい情景を表す文章がたくさんある。

庭をながめながら西瓜を食べる場面では

「ひんやりした台所から見る庭は夏の日にあふれて、四角く切りとられた光の箱のようだった」

夕立の場面では

「乾いた白っぽい土の上に、黒いしみが、いくつもできていく。やがてそれは庭全体に広がり、大粒の雨の降る音がぼくらの耳をおおった。湿った土と蚊取り線香の匂いが、強く立ち上がる」

と、視覚、聴覚、嗅覚にうったえ、「夏の庭」へと読者をいざなう。


 この少年たち同様、私も夏休み中にも塾があり、相変わらず祖父が送り迎えをしてくれている。一体あと何回の夏休みを祖父と過ごすことができるのだろう。

だから、この頃の私はおじいちゃんの話をたくさん聞いて、自分もいろんな話をして、おじいちゃんの記憶をたくさん心に入れている。

おじいちゃんはいつかいなくなるけれど、おじいちゃんが私の心の中に、ずっと生きていられるように。

 ただ一緒にいるだけの時間を持てば、それで良いのかもしれない。


 大切なことって、なんだろう。


 八月の最後の日、少年たちは、四日間のサッカー合宿を終え、老人を訪ねた。

庭には、コスモスがたくさんの蕾をつけ、お膳に置かれた四房の葡萄の甘い香りで、部屋は満たされていた。

そして、老人は布団に横たわって、眠るように死んでいた。


 初めて見る遺体は、恐ろしくなかった。

長い間着古した服のように、優しく、親しげに横たわっていた。

少年たちは、それぞれの思いを胸に、泣いた。


 福祉事務所の人が葬式をとり行い、火葬の煙はほんの少しだけだった。

少年は骨を見て老人が亡くなったことを実感したが、心は不思議なほど

静かで素直な気持ちに満たされていた。

寂しさや、心細さは自分の問題であり、

老人は十分立派に、めいいっぱい生きたのだ。

少年は「僕も頑張るよ」と、心の中で老人に話しかけた。


 少年たちは見てみたかった「死」に直面した。

それは、さみしいけれど、優しく親しげだったとあるが、

もし私の祖父か祖母が死んだなら、私はどのように感じるだろうか。

少年たちと同じような気持ちでいられるだろうか。


 十月のはじめ、取り壊しが明日に迫った老人の家の前に三人は集まった。

コスモスが満開の庭で、

 「この家は忘れない。俺たちはあの世に知り合いがいるんだ。

それってとても心強い。」と、それぞれは別の道へと駆け出した。


 文中に「暗闇には何がいるかわからない。わからないから怖いんだ。

よく考えて、図に書いて、自分なりに理解すれば怖くなくなる。」

という場面があった。

私は、考えても答えの出ないことは、考えようとしなかった。

今は、深く考えて、答えを見つけようとすることは大切だと思う。

私のおじいちゃんが、一度も飛ばしたことのない凧を、

 「俺の凧は飛ぶよ。」と笑っているように、私もそんな風に自信を持って生きていきたいと思う。

人はいつか死ぬ。迷いも不安もある。

でもそれを恐れずに種をまいていこう。


おじいちゃんは、死ぬとき、あの凧に乗って、空へと昇っていくのだろう。



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