エピローグ「あなたを見ていたい」

 見慣れた校舎。

 聞き慣れたチャイムの音。


 まもなく授業が始まるというのに、えいいちは机にへばったまま起き上がる気もしなかった。

 案の定、たまに注意される。


「おいおいだらしないぜ鋭ちゃん。素行には気をつけろって言ってるっしょ~?」

「なかなかつかれが取れないんだよ……」


「もう何日かったでしょーが。いやーそれにしてもすごかったよね、閉会式!」

「ああ、あれなあ……」


 大会は、あおいの優勝で幕を閉じた。彼女にはおきなわで行われる全国大会の出場権があたえられた。そして優勝者インタビューをふくめたせいだいな閉会セレモニーが行われる、はずだった。


 だがここで運営最大の誤算が起きた。


「なのに、気が付いたらいないんだもんなあ……」


 よりにもよってそのタイミングで、葵はしつそうしてしまったのだ!


「このじようきようで『ねこ』やらかすとか、ホント自由よねー。うらやましいわ」


 後で聞くと、まず鋭一に優勝を伝えたくて、探していたのだという。彼女にとっては表彰よりもインタビューよりも……大事なことだったのだ。


「つーわけでそろそろ起きたまえよひらプロ。キミだって沖縄行きの希望がなくなったワケじゃないんだよ? かつやくした選手には招待状がくるチャンスもあるんだからさ」

「それはそれとして、今は疲れてるんだよ……」


 これだけ話しても結局、鋭一は起き上がらない。

 珠姫から言われつつも、どうもしゃんとする気がしないのである。


「まったく、ゲームの時とはずいぶんちがうのね」

「そうなのよ~、言ってやってよ。スポンサーとしてあたしも、困ってるんだから」


「ここまで来る必要、なかったかなあ……」

「まあ、鋭ちゃんの素行から学ぶことはないかもね~」


「一人暮らしって、ちゃんとできてるの……?」

「さあ、どうなんだろ。ロクなもん食ってないってうわさはあるけどね……」


 するとどうやら、話題が変わり始めた。


 延々と続く話題に、流石さすがに鋭一も聞き流せなくなってくる。しかも何か……別の声が混ざっていないだろうか?

 気になった鋭一はやむなく顔を上げる。


「おい、いつまでも好き勝手言ってんじゃ……?」


 そこで鋭一は固まった。


「おっ。起きた」


 珠姫が反応する。だがぶっちゃけ、今そちらはどうでも良い。


「な……なんで……?」

「ま、強くなるため……ってとこかな?」


 くりいろのツインテールが印象的な少女は、強気な顔でうなずいた。



 あまアカリが、そこに立っていた。



「え? だってここ学校で、教室で、まだ朝だよな?」

「おや、おく力のなさに定評のある鋭ちゃんにしては正解だ」

「ど、どういうこと……?」


 すっかり目の覚めた鋭一はアカリに聞いた。彼女はうでみし、得意げに言った。


「今日から! こちらのクラスでお世話になります。天野アカリです。職業は、アイドルやってます。よろしくねー♪」

「………………えええええ?」


 そんな話があるものか、と思った。

 だが、あるのだった。


 大会で葵が優勝し、アカリが準優勝した。

 そこでアカリは鋭一からさらなるゲームスキルを学ぶため、彼の学校への転校を決意したのだ。


 幸いにして彼女にも、鋭一のように一人暮らしをする程度の収入があったし……珠姫に相談したところ、あっという間に転校の手続きを整えてもらうことができた。


「──あかりちゃん!」

「お、葵ちゃん!」


 鋭一がおどろいていると、となりのクラスから葵がやってきた。心底嬉しそうだ。


「ほんとだった、あかりちゃん来た!」

「葵ちゃんには先にチャット入れといたもんねー。また遊ぼうね」

「うん!」


 決勝でとうを戦ったコンビは笑顔でうなずきあった。

 この「また遊ぼう」には、二つの意味がある。それを二人はわかっている。


 一つは──前のようにボーリングやプリクラで遊ぼう、ということ。

 そしてもう一つは──この間のように全力で、殺し合おう、ということだ。


「ねえ、鋭一」


 葵とひとしきり再会を喜んだアカリは、鋭一のほうへ向き直り、再び話しかけた。


「教えてあげようか。私がなんで、アンタ達のところへ通ってたか。で、この学校にまで……わざわざ来たか」

「え? な、何でだよ」

「ふふ」


 アカリは、いつかのVRルームでの仕草と同じように人差し指を口元へ運び、声のトーンを落とした。


「尊敬するゲーマーを……もっと近くで見てたいからだよ、『A1さん』」

「……えっ?」

「はい。この話はおしまーい! 一回しか言いませんからね」


 アカリはくるりと体を反転させ、鋭一に背を向けた。

 鋭一は思わず顔を上げるが、サラリと揺れる髪に隠れて、彼女の表情はわからない。


「むー。あかりちゃん、また鋭一とお話してる。ずるい」


 頰を膨らませた葵がこちらへ寄ってくる。


「あっ、ごめんごめん。取ったりしないってば」


 アカリは葵の肩に手を回し、鋭一のほうへぐい、と引き寄せる。そしてウインクした。


「これからも、仲良くしてよね? もちろん、三人で」


***


 アカリは思う。


 ──頂点とは、どくなものだ。

 それはそうだろう。並び立つ者がいないからこそのトップである。


 自分が目指しているのは、そういうものだ。アイドルとしても、覚醒者アウエイクとしても。

 だからそうなるよう努力してきた。


 するとどうだろう。確かに彼女には実力が積みあがっていた。人気者にもなれた。

 同時に、ファンは増えたが……友達はいなくなっていた。


 当然のことではある。遊びを切り捨ててやってきたのだ。アカリ自身、遊ぶよりも自分を高めることに喜びを感じていた。

 だが今、改めて考える。


 ──自分の理想とするヒロインには、友達がいないのか?


 そんなことはないはずだ。

 アカリの考える「最高のヒロイン」である『完全なる戦歌姫パーフエクト・デイーヴア』はかんぺきな美少女。一番強く、一番の人気者で……友達とは、笑って楽しく毎日を過ごしている。そういう女の子だ。


 自分と、鋭一と、葵。ライバル意識やたいこう心があり、二人がカップルだったこともあり、三人の関係が何なのか、ずっとつかめなかった。

 だが……わかってみれば何のことはない。


 しつしたりめいわくかけたりすることはあるけれど、また明日も遊びたくなって、つい会いに来てしまう。そしていざゲームで向かい合えば……「本気」の「全力」でなぐり合う。それも、勝敗がついても、何度でもだ。


 仲間だ。これこそが──仲間じゃないか。

 アカリは二人に見えないようにこっそり笑い……感謝した。



 学校もプラネットも、これからまだまだ……楽しくなりそうだ。

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