N3-3
『キミは、「ゴースト・キャット」を知っているか?』
WEB画面上に、宣伝文句がでかでかと躍る。
『不吉な黒猫が暗示するのは、対戦相手の、死――』
『突如プラネットに舞い降りた、戦慄の新人「アオイ」を見逃すな』
闇の中から浮かび上がる、黒猫少女のアバター。そこで画面は、白背景に切り替わる。
『それに挑むは、プラネット最速の男』
『サドンデス王者「A1」、ついにデュエル本格参戦!』
『本日、注目の一戦。対戦は三十分後!』
――パタン。
一仕事を終えた珠姫は、スマホのカバーを得意げに閉じた。
「ふうー。ま、こんなもんかな?」
彼女はまず、自らのSNSアカウントで宣伝を発信した。
さらに経営する会社を通してWEBの広告枠をいくつか購入。短期間だけ、この試合の宣伝バナーを掲載させた。プラネットを扱う専門サイトは多数あり、そこに情報を載せるだけでも試合の観戦者を集めるのは難しくない。
プラネットの試合は基本的にすべてネットを通じて観戦可能であり、宣伝をクリックすれば誰でも闘技場を覗くことができる。
「……おいおい、客集めるなんて聞いてないぞ」
「集めないとも言ってませーん。こんな注目カード、人に見せなかったらそれこそ商売人失格っしょ」
「マジかよ……。しかし相変わらず、手が早いなぁ」
「そりゃー、商売はスピードが命だからね」
鋭一が感心すると、珠姫は楽しそうに脚を組んだ。
「ゴースト・キャットってのは……?」
「ふっふっふ。異名ってのはね、囁かれるまで待ってちゃ遅いのだよ。葵ちゃん、『幽霊』で『野良猫』だからね。ピッタリっしょ?」
「はは、抜け目ねえな」
「……さて、平田プロ。そろそろ準備しなよ。彼女もお待ちかねみたいだしさ」
珠姫は一息つくと、画面の前で待機している葵を示した。
「客の入りも上々だし、本気で頼むよ? この試合で、キミたちはデュエル・ルールの第一線にデビューするの。それだけのポテンシャルを持ってるからね。葵ちゃんも……鋭ちゃんも」
珠姫はわざとらしくウインクした。ちょっと芝居がかってはいるが……彼女の言葉に偽りは、ない。
鋭一は覚悟を決めてゴーグルを手に取った。そして――
プラネットの大地に、二人の戦士が降り立つ。
初撃という一点を極めたサドンデスの王者、A1。
アカウント登録からここまで無敗の新星、アオイ。
赤茶けた大地の闘技場で向かい合う二人の戦士の間を、風が通り抜けて隔てた。
特にどちらも口を開いたりはしなかった。両者は互いの目を見る。それだけでも、今すべきことが会話でないことはわかる。今考えるべきは、そう。
いかにして目の前の相手を倒すか。それだけだ。
二人は「こいびと」である。それぞれ特別な相手ではある。だが、鋭一は「ゲーム」に、葵は「戦い」に、それぞれ嘘はつけない。それはつまり、本気だということだ。そこに加減や情の入り込む余地はない。
[DUEL RULE 1on1]
[READY]
アナウンスが始まる。
アオイは両手を下げたままの自然体。A1は両肘をぐっと後方へ引き、不自然なほど前傾した奇妙な構えをとった。
試合開始のタイミングはランダム。それまで両者の間を行き来するのは呼吸音のみ。たまらない緊張感だ。ゴーグルの下の、鋭一の口元がわずかに緩む。
そう――この感じは、嫌いではない。
そして。
[FIGHT!!]
戦いが、始まった。葵の冷徹な瞳が鋭一を捉える。
――と、同時。
葵の体の動きが、急激なものに変わる!
滑るように動く細い脚。鋭い踏み込み。足が地面を叩く音。
風を切ってしなる、白鳥の首のような白い腕。
そして鋭一の眼球めがけて突き出される二本の、
指
……を、かわす!
この目突きは今までに何度も見切っている。いつも通りここで〈フラッシュ〉を放ち、相手のタイミングと狙いを狂わせてカウンター。……できる。
〈フラッシュ〉発動のトリガーは両目での
目潰しにきていた指が、跳ね返るように戻る。
――フェイント。
葵は一度、A1の戦いを見ている。
相手の攻撃のタイミングを読んで〈フラッシュ〉を放つ戦法。それをアオイは重々に警戒していた。だから、出会いの時に放った目突きを囮にした。
騙されたA1が早まって閃光を使ってしまえば、この先の攻撃に対しては何もできなくなる。
「くそっ、よく考えてるな。――でも」
葵は自らの技を暴力的に振るうだけのファイターではなかった。相手を分析し、対応することもできるのだ。まったく恐ろしい。
「
この最初の交錯だけは、取る。取ってみせる。鋭一にとってこれは唯一の誇りだ。
最高峰であるAランクを相手にした時だって、これだけは譲ったことがない。
A1は一歩引き、相手の間合いの外に出た。しかしアオイは目潰しと逆の手でフックを繰り出しながら一歩踏み出している。精密な間合いのやりとり。
A1は前傾姿勢。アオイから狙える的は顔面だけだ。左手で横合いから頬を狙うフック……それが、A1の眼前を素通りした。これもまた、囮!
フックによる体の回転を活かしたまま、アオイの上半身はA1に背を向けた形になる。その時すでに彼女の片足が浮いているのを、A1はどうにか視界の端に捉えた。後ろ回し蹴りが来る。
「――はぁッ!」
こっち……が本命か!
A1は直感した。目くらましを使う相手に、背を向けながら攻撃する。合理的だ。だが有効であるがゆえに、それが本命だと読めた。
まだ十分に間合いはある。アオイがこの位置から狙えるのはやはり顔面のみだ。ならば、対応できる。
凄まじい風圧を乗せて蹴り足が迫る。首でも刎ねるかのごとき勢いだ。アオイの体が回転し、徐々にこちらを向く。もう少し。もう少し。……今!
〈フラッシュ〉!
瞬間、閃光。
背を向けた状態からの攻撃であっても、こちらを見ないことはありえない。蹴りを命中させるその瞬間、必ず視界にA1を入れる。
それは正面から相対しているのに比べればほんの一瞬だが……そのタイミングさえ分かれば良い。
そしてそのタイミングを見切るための修練を、平田鋭一は積んできた。
「……ッ!? 目が……」
アオイの蹴りは止まらない。だが既に精度を失っている。閃光はピンポイントでアオイの両目を貫いていた。どれほどの威力があったとしても、目をつむったまま放ったような蹴りなら……
A1はわずかに身を沈めた。頭上を重い蹴りが通過する。
大技の後。アオイの体勢に隙ができた。そう、これを待っていた。
A1は腕を折りたたんだ状態から肩と肘の力を爆発させ、掌打を繰り出した。身をかがめていたため、今回はそれに膝のばねも加わる。
腕を伸ばす。掌が、アオイの肩口を貫いた。クリーンヒットの手応えを感じる。
心臓は外された。そこは流石と言うべきだろう。だが。
「…………っ!?」
アオイは呻き声をかみ殺す。驚愕が隠せていない。彼女は
彼女はそれでも攻撃の手を止めず、掌打のために伸びきったA1の腕を掴もうとした。掴みさえすれば、奥義ひとつで終わりだ――しかしその手もまた、空を切った。A1の姿が消える。
一瞬の後、アオイの間合いの外。二メートルほど離れた位置にA1は手をついて出現した。〈ショートワープ〉のスキル。
やれた。化物じみた動きを誇るアオイからでも、初撃は取れる。
A1は得意げに掌を向けてみせる。ここは格好をつけても良いところだ。
「たまには目潰しされてみるのも、悪くないだろ?」
放たれた決めゼリフに、観戦者たちが沸いた。
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