第24話 俺の守護精霊が変だ……
幼子の愛で方を知らない。ミソラにそう言われてから、炎王はちょっぴり様子がおかしいです。
考え事をしているみたいで、ミソラがからかうような事を言っても、反応がとても薄い。
俺を膝だっこして、ぼうっとしています。
動くのは、俺の頭を撫でるミソラの手を、払い除ける時くらいですよ。
あー、それは反応するのね、と呆れるような安心するような、変な感じです。
いつもなら『気安く触るな、じじぃ』なんていう暴言がセットで付いてくるんだけどね。
静かです。
まぁもっとも、このところミソラがからかうから過剰に反応して騒がしかったけだけで、もともとコイツはそんなに喋る方ではないのですよ……でも、それにしても静かすぎるよね。
もしかして、体調でも悪いのか?と心配になってきました。
「御食事を御持ちしました」
鉄面皮武装のメイドさん、てっぴちゃんがトレーに乗せた夕食を持ってきた。
スコーンのようなパンと、スープと少量のフルーツが今日の夕食です。まぁ、いつも似たようなものなんですけどね。
てっぴちゃんが、トレーをテーブルに置いた。
おひとり様用のちっこいテーブルです。
精霊はモノを食べないので、孤食と変わらないです。まぁ、側にいてくれるだけでも、寂しさは和らぎますけどね。
「炎王、ご飯食べるから離してー?」
ぼやっとしている炎王を下から仰ぎ見る。
どーしちゃったのさ、お前。
心ここにあらずですよ。
俺の腹を押さえている手を、トントントンと叩いて炎王の気を引きます。
真剣な赤い目が、俺の姿を映した。
見上げながら、イケメンだなぁとしみじみ思う。
一瞬だけ"爆ぜろ"と願ってしまったのは、前世の俺のちみっちゃい嫉妬心です。
炎王は俺とテーブルとを交互に見て、ふぅ、と小さく息を吐き出した。
『……よし』
小さく何かを呟いた炎王が、俺を抱き上げてテーブルまで移動する。
トレーが置かれたテーブル前で静止。
腕に抱かれた俺は、意味が分からなくて始終困惑です。
炎王は、じっと夕食を見下ろした後、意を決したように片手を伸ばした。
そして。
『あーん』
は、い?
……今起こったことを、ありのまま説明しよう。
炎王が神妙な顔をして手に取ったのは、ツボが深めの木のスプーンだ。
具材が細かく刻まれたスープを掬ったそれを、俺の口元まで持ってきました。
そして、彼は真剣な顔をして言いました。
"あーん"と。
ごめん。全力で逃げていいですか?
根性だけの坂谷くんでも、流石に立ち向かえることと立ち向かえないことがありますよ。
なんで此処に来てイキナシ"あーんでご飯"なんだよ?
俺、今までちゃんと一人で食事出来てたからね?
なんで、食べさせようと思ったの?
ねぇ、なんで?
全力で俺は今こう言おう。
展開の速さと突飛さに俺の脳みそが置いてきぼりだ!誰か迎えに来て!メーデー!メーデー!!
「い、いやいやいや、突然どうしたのっ」
『ん?どうした主、"あーん"の意味を知らないのか?』
知ってるよ!
ちっちゃい子どもにご飯を食べさせるヤツだろ!それかイチャイチャバカップルのラブラブ劇場か介護職員の日常だろ!
「いや知ってはいるけどそーじゃなくてっ、なんで今、炎王がソレをするかなぁと」
『勿論、主を愛でる為だ。人族は幼子に餌付けをするのだろう?』
大いなる誤解が生じている。
はっ!ま、まさか炎王、お前ずーとソレを考えていたのか?それで静かだったの?
ど、どんだけ負けず嫌いなんだよ……。
『主、早くしないと匙が炭に変わるかも知れないが』
炎王が手にしているのは、木製のスプーンです。
木製です。
さぞかし燃えることでしょう。
「ぎゃぁぁ!食べますっ!今すぐにぃぃ!」
ぱくりっとスプーンに食いついてから、別にスプーンを奪い取れば食いつく必要なかったんじゃね、と思いました。
俺の守護精霊は、実に誇らしげな顔をしております。
『ふっ、理解したか水の。幼子の扱いくらい心得ているのだ』
すげぇどや声で炎王は仰いました。
『ふむ、やるねぇ』なんて、呑気な事を言ってないで、この公開羞恥プレイを止めさせてくれよミソラさん。
心の中の願いは悲しいことに叶うことはありません。
炎王とミソラにしか見られてないなら、まぁセーフだろう、と自分に言い聞かせながらスープを飲み込み、ふっと誰かの視線を感じて顔をあげました。
バチっと視線が合って、俺の思考は完全停止です。
視線の先には鉄面皮のメイド、てっぴちゃんが立っていました。
彼女は、完全無敵の鋼の
「……な、ななな」
何故に貴女が部屋の中にっ!?
何時もはトレーを置いたら部屋から一回出ていくじゃん!
強制ボッチタイムを発動するじゃん!いや、いつもボッチなんだけどもそんな事はどーでもいい!!
なんでどうして
み、見たの?
見たんですね!!
俺のはじめての"あーん、ぱく"を無表情で見ていたんですね!いやぁっ!恥ずか死ぬぅぅぅっっ!
その日の夕食は味がしませんでした。
「食器をお下げします」
「はい、お下げしてください。ありがとうございました。ついでにここで見たことは誰にも言わないでくださいお願いします」
全身が燃えるように熱いです。
全身隈無く洗われた時よりも、数倍恥ずかしいのはなぜでしょうか?
味の感じられない晩御飯を、根性だけで間食した俺は、赤く染まった顔を俯けて隠しながら、てっぴちゃんに心の底からお願いしました。
俺の守護精霊たちが不思議そうな様子だったのが、何よりも腹立たしい。
お前ら、ご主人様を辱しめて楽しいの?
頭頂部に視線を感じて顔をあげると、てっぴちゃんが俺を見ていた。
じーっと、無言で、てっぴちゃんが見ている。
正直、守護精霊たちより迫力があるかも知れません。
「殿下、誠に申し訳ございませんが、此方で見聞きしたことは全て、クレイツァー将軍に御伝えすることになっております」
「え……」
「それでは
安定のクールフェイス。
いつも通りの完璧なお辞儀を最後に彼女は退室し、無情にも扉は閉じられた。
鍵が掛かる音が、やけに大きく響いた。
そして、その夜俺は、枕を大量の涙で濡らしたのでした。
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