第22話 空に憧れる気持ち
ベッドに寝転んで見上げると、天井に描かれた黒い鳥と、それを守るように寄り添う赤い鳥の絵が見える。
二羽を中心に抽象的な世界が描かれていた。
その世界で明確な姿を持つ者は黒と赤の鳥だけだ。
黒い鳥はこの国の王さまを意味する。
そして赤い鳥は。
『この国の神話だねぇ。王家の始祖は黒い翼を持った人であったとか。寄り添う赤い鳥は、始祖の翼の片方と魂の欠片で生み出されたらしぃねぇ。故に、この国では王の特別な側近を『王の右翼・王の左翼』と呼ぶのだよ』
ベッドに腰掛けるように(すり抜けるのであくまでも振りでしかないが)側に寄ってきたミソラが、俺の前髪を指先で弄びながらそう言った。
透かさず炎王が飛んできて、ミソラの手を払い落とした。
「うわっ……!」
寝転んでいた俺を抱き上げ、ベッドの端まで炎王が逃げる。
そして、服の裾でごしごしと頭を擦られた。ちょっ、痛いし禿げる。
『我は汚物かぇ?』
炎王の行動に、朗らかに笑うミソラさんです。
明るい声音が逆に怖いです。
「えっ、えっと!ミソラはこの国の神話を知ってるの?」
ちょっと強引に話を逸らしてみたよ。
でも、疑問に思ったのも本当ですよ。だって精霊ってさ、ヒトに興味が無いんだと思っていましたし。
炎王とか『ヒトは愚かで下等な生物だ』って認識だもん。
『ふふ。我は巡る事を好むからのぉ。水に属する精霊は、池や湖や海で眠り続ける者が多いが、我のように雨や地下を流れる水を辿って、世界を巡る者もおる』
なぬ!
ってことは精霊さんは、世界旅行に行きまくりって事ですか!
う、羨ましいっ。
俺なんて、生まれてこの方、外に出たのが僅か3回(記憶上)ですよ。
塔から別の場所に移されて、はや13日。
朝起きて、ぼんやり、ぼんやり過ごして、ご飯を食べて、ぼんやり、ぼんやり過ごして、眠って、起きて、夕方前にご飯を食べて、ぼんやりして、夜が来て、眠って、また朝になる。
そんな生活が今日で13日目です。
お世話係?
いませんよ。そんなの。
悲しいことに、ベッドと机と暖炉しか無いんだよこの部屋。
塔の部屋と変わらないって?
んーん。
本が無い。
本が無いんだよ!
子ども向けの絵本とか童話とかばっかりだったけど、塔の部屋には本があったんだ!それを読んで暇を潰していたのに、此方に移ってからはそれも出来なくなった。
ご飯を運んで来てくれるメイドさんに、本を貸して貰えないかお願いしてみたんだけど『御伝えしておきます』と能面みたいな表情で頭を下げられて、戦意喪失です。
3日後くらいにもう一回チャレンジしてみたけど、おんなじ回答でした。
いつ此処から出られますか?という質問には『
勿論能面フェイス。
アルバートさんやデュッセンに会いたいと伝えて下さいと言えば『将軍さま方は御忙しいので難しいかと思われます』と頭を下げられた。
勿論能面フェイスで。
心が折れました。
炎王とミソラがいなかったらと思うと、本当にゾッとするね。まともな精神状態ではいられなかっただろうな。
「ねぇ。他にはどんな神話があるの?」
定位置になりつつある炎王の膝の上に座って、ミソラに尋ねた。
ヤローの膝だっことかそれどんな罰ゲームだ!と思わないでも無いけれど、慣れって怖い。
僅かに残った羞恥すら、心地好さに塗りつぶされるんだよ。
慣れって怖い。
俺の問いかけに、ミソラは『そうだねぇ』と目を細めた。
『羽を持つヒトや獣の伝承は、この国に限ったことではないねぇ。とある国では翼を持つ獣を守り神としているよ。その獣は双子で太陽と月を取り合って争い、世界に昼と夜が出来たそうだ』
おお!
原作には書かれていない設定だな!
なんか原作に記されていない事を知ると、此処が現実なんだなぁって実感するよ。
いや……とっくに現実だとは理解しているんだが、なんか、こう、ね?
動揺とか、疑問とか、もっとあっても良かったんじゃないかなーとか、今さらですが思ったりもするんです。
15歳までの記憶がある、感情がある。
家族がいてダチがいて、脳みそ腐らせた彼女モドキの幼馴染みがいた。
彼らを大切に思う、気持ちが確かにある。
だけど、それを突然奪われて、別人の人生を歩むことになっても、泣いて暮らすほどの悲しみは湧いてこなかった。
はじめは現実に、心が追い付かないんだと思っていたんだけど、どうやら、違うみたいだ。
『別の国では神の姿を竜で描くのぅ。地に栄えたヒト故に、空に憧れるのやもしれぬ』
「うん……憧れる気持ち、ちょっとだけ分かるかも」
青い髪と瞳の精霊を見上げた。
それは自由の色だ。
視界一杯の青空を知っている
だから、これはナジィカの感情だ。
憧れて、憧れて、木々の僅かな隙間から、見上げ続けたモノ。
手に入らないから、いらない振りをした。
(俺は一葉じゃないんだな……)
でも、ナジィカでもない。
『逃げたいのなら、俺が連れて逃げてやるぞ』
炎王の指が、俺の頬を優しく撫でた。
視線の先では、ミソラが『それも楽しそうだねぇ』と笑っている。
多分、俺が望んだら、本気でそうするんだろうな。
「炎王はヒトが好きじゃないんだよね?」
『当然だ。此の地を食い荒らす害虫に与える情などない』
「僕も、ヒトなんだけど……」
『前にも言っただろう。お前の価値は魂にあるのだと。
魂なんて言われても、俺にはよくわかりません。
それって結局どういうことなんだろうね。
ナジィカの魂と俺の魂っておんなじモノですか?
じゃあ、心ってなんですかね?
「なんだか……難しいね」
『ふふ、我が君は見目も麗しいから安心おし』
別にそんな心配は微塵もしてねぇーんですけどね?
ミソラは微笑みながら俺の頭を撫でて、炎王がその手を払い落とした。
知ってるか守護精霊たちよ。
それって"てんどん"ってゆーんだぜ。
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