第12話 腹部圧迫の危険度

 どこかの誰かが真面目に検証しました。

 宅配業を営む某魔女っ子が同年代の少年を空中キャッチする筋力がエゲツナイ件について、至極真面目に検証したらしい。

 そして明らかとなる衝撃の事実。

 魔女っ子はゴリラも真っ青な豪腕の持ち主だったのです。



『まったく!世話の焼ける主だっ!』


 背中に炎王の掌のあたたかさを感じながら、俺は思いました。

 魔法ってチョー都合いいね。

 前世の常識とか、あっさりぶち壊して、不可能を可能にするんだから。


 常識的に考えて、5歳の子どもが落下している10歳(※見た目)の体を支えられるわけねぇーじゃん。

 だが、ファンタジーの世界では、そんなのカンケーねぇ。

 一歳で巧みに言葉を操り、二歳で冒険者になり、三歳で新事業を確立して、四歳でハーレムでうはっwwな、俺TUEEEEチート転生者どもがごろごろいるのが昨今のライトノベルの世界じょうしきです。

 いったい、年間何人の少年少女、青年、中年、老人、人外たちが、異世界に送り込まれているのだろうか……。

 かく言う俺も、椅子を消し炭にするチートな守護精霊持ちです。

 そんなわけで、すべては予定調和。

 俺が窓の外に思わず飛び出したのも、ちゃんと計画の内なんです。

 闇雲だとか、直情だとか、猪突とか、無謀とかそんなモノはこれっぽっちもありません。

 無いったら無い。

 炎王が背中を押してくれなかったら、弟に追いつく前に地面に激突していたんじゃね?……なんて事実も無い!無いったら無い!


「つ、かまえ、た!」


 落ちていくロイの体を掴み、ぎゅっと抱きついた。

 地面はもうすぐそこまで迫っている。

 時の精霊が俺の体を包み込むように抱き締めた。


『雑多の小精霊共!力を貸せ!』


 炎王の力強い声を聞く。

 そして、俺とロイの体は瞬く間に黄金色の光の粒に飲み込まれた。


「ぐふ……な、なんだ?」


 それは柔らかな草の地面に寝転んだような、そんな感覚だ。

 しかし、腹の上に乗った弟の体が重くてちょっと息が苦しい。

 で……この金色の野みたいな光の集合体は、精霊だよな多分……うん、どうやらそのようだ。

 俺の体は白の精霊や、金色の精霊に支えられているが、弟の腕が精霊を貫通してるからね。

 弟、上着の色は青なのに、金色の野には降り立てないようだ。残念だったね。

 因みに俺の服は灰色です。


 そんなわけで、俺は空中で精霊と弟にサンドウィッチされてる状態です。

 内蔵がケロリと出ちゃう前に、地面に下ろして欲しいです。


『ああ、良かった……ご主人が助かって良かった』


 時の精霊が声を震わせながら何度も繰り返した。

 何だかしんみりしちゃって、腹が重いとか言い出せない雰囲気だね。ううっ、俺の涙腺も刺激されるよ。

 時の精霊につられて泣いちゃ……あれ、泣いてはいない、ね。

 ああ、そういえば精霊って涙は流せないんだっけ。


『泣くほど、怖かったのか?』


 腕を組み、結んだ口の端を僅かに歪めながら、炎王が俺を見下ろした。

 いや、あのね、時の精霊につられてちょっと涙が滲んだだけですよ?

 肝心の時の精霊は泣いてませんけどね。


下種げすの一匹のために自らの命を危険に晒すなど、二度としてはならない』


 俺の頬に触れた指先が、そろりと涙を拭っていく。

 言葉のトゲトゲしさとは裏腹に、誰かさんの手は優しい。

 なんだこのギャップ。

 なんだこの、胸がもだもだする気持ち。


「だ、だから、炎王がゲス、呼ばわり、してるの、僕の弟、だからね?」


 落ち着け俺。

 男の子はこれしきの事で動揺してはいけないんだ。

 耐えろ。耐えるんだ。


 俺の反論が気にくわなかったのか、涙を拭っていた指が思いっきり頬をつねった。

 視線の先にいる守護精霊さまは、美しく整ったご尊顔を、拗ねた幼子のような表情に変えました。

 わー……美形はどんな顔してもかっこいーんですねー爆ぜろー。

 そして正気を保つのだ坂谷くん!


『それがどうした。お前の価値は血ではなく魂にあるのだ。この俺の主に相応しい行いをしろ。軽率な行動をとられると俺の身が持たん』


『……尊きお方の主さま。炎の王は貴方さまが心配だと仰られているのです』


『余計は発言は控えろ時の精霊。それに、いつまで俺の主にくっついているつもりだ!』


『……小精霊たちは王の命令を優先いたしますので、彼らにワタクシたちを地に降ろすよう、命じて頂けますか?』


 あの……俺とロイを間に挟んで喧嘩しないでくらはれ。

 あと、炎王はいつまで俺の頬っぺたをつねるおつもりでしょうか?

 俺、お前のご主人様だよね?

 扱いが酷くない?

 なんだか、悲しいよ。

 白状すると俺さ、実はさっきからちょっとカラダが変なんだよね。

 胸がドキドキして、息が苦しくって……。

 耐えなきゃいけないって、わかってるのに、もう……現実から、目を逸らせそうにないよ。


『小精霊!失せろ!』


 惚れ惚れするほど力強くてカッコイイ炎王の声に、俺たちを包んでいた金色の光が飛散するように消えた。

 そして、地面に降ろされた僅かな振動に、俺は限界を越えまして。


「うげぇぇえええ!」


 盛大に吐いた。

 いや、だって、腹部圧迫とかされたらね。

 そーなりますよね。

 根性で耐えようとしたけどさ、平静を保とうとしたけどさ……人間、精神力だけじゃぁどうにもなら無いことがあるよね。

 坂谷くんはそれをよく理解しているんだよ。

 それでも、地面におろされるまで耐えた俺ってスゴくね?

 弟に吐瀉物を吐きかけないように、必死で顔をそらした俺ってホント偉くね?


『…………』


『…………』


 圧迫による呼吸困難&吐き気と格闘する俺に、気づきもしねぇーでやんややんやしてやがった精霊どもは、俺とロイから無言ですすすっと距離を置いた。

 

 ちゃっかり安全ゾーンに逃げ出していた時の精霊が、心底憎々しかったです。


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