第9話 それ俺の弟ぉぉおお!!

 

 ナジィカ・サウザンバルトには多くの兄弟がいる。

 まぁ、一応王族だからね。

 前世の歴史を振り返ってみても、時の権力者は多くの美女を侍らせ、数えきれない子どもをつくってましたよね。

 それに比べるとナジィカの父、王さまは慎ましいほうですよ多分。

 20人兄弟姉妹きょうだいくらいでしたかね?正確な人数は覚えていない。

 お嫁さんの連れ子で、血の繋がりもなく、継承権を持たない兄弟も数人いますしね。

 ま、みんなナジィカに粛清されて、死ぬか生涯幽閉のどちらかになりました。


 そんな中、一人だけナジィカの側に居ることを許された兄弟がいた。

 それが彼だ。

 白い髪の王子さま。

 ロイ・プロキオン・サウザンバルド。

 彼はナジィカが唯一大切にした兄弟だ。

 うん。

 多分。

 小説では、そーだった。


「なんで、お前がここにいる?」


 思わず、そう問いかけていた。

 窓の外の木の上にいる、確実に5歳は年が上に見える少年に。


 あっれー……白い髪だから、確実に彼がロイだよな?

 弟以外にナジィカのまわりに白髪のキャラは居なかった。

 つまりそれは、彼が俺の双子の弟・・・・だってことだよね。


「ロイ」


 ぴくりと少年の肩が跳ねた。

 それがまるで、親に叱られた幼子のように見えて、無意識に眉をひそめた。


「な、なんでお前が僕の事を、知っているんだ」

 

 あ。やっぱりロイか……。

 忙しなく視線をさ迷わせながら、ロイが言って、俺はそれに答えた。


「なんでって。ロイは僕の兄弟だ、当然知っている」


 弟、という確信が持てなくて、わざと兄弟と言っておく。

 それにしても、どういうことだ。

 ナジィカとロイは双子だぞ。

 いくらナジィカが発育不足でちみっちゃくて比較対照にならないとしても……目の前の少年が5歳だとかありえない。

 10歳は越えているよね?

 なんだこの矛盾……ここは本の中の世界じゃなくて、それに酷似した別の世界なのか……。

 ん……?なんだ?


 ロイの横に白いふわふわした何かが見えて、混乱しかけた思考が不意にクリアになる。


「……ああ、そうか。時の精霊か」


 思い出した。

 ロイもナジィカと同じように、精霊の守護を得ていたな。


 ロイの守護精霊は時を司る存在で、彼は精霊の力で通常よりも長い生を得ることとなった。

 老化は非常に緩やかに訪れた。

 しかし、幼い頃は通常の約2倍ほどの早さで成長したらしい。

 10歳を迎える頃、外見は20歳前後にまで育ち成長を止めた。

 それから先は何年たとうとも、時が止まったかのように若く精悍な青年の姿だった。


 色がない真っ白な体の精霊が、ロイの隣でふよふよと浮いていた。

 見た目は10代後半の少女のようだ。

 長い髪の毛の先に至るまで真っ白で、そこだけ見ると老人のようだが、少女です、ね?

 胸はぺったんこでまったく無いけど……少女だよね?


「クロノスが見えるのか!」


 く、クロノス?

 それって確か、ギリシャだかローマだかの神さまだよね?

 よくゲームとか小説でも使用されるよな。

 つーか、ここに来てイキナリ神話ぶっこんでくるの?

 一応、原作じゃあロイの守護精霊が時の精霊であることは語られたが、名前までは記述されなかったよね。

 余談だが、俺がクロノスで真っ先に思い浮かぶのはクロ●・トリガーとクロスな。


 閑話休題。


 取り敢えず、彼がロイだって事は分かった。

 見た目が実年齢を裏切っている理由も理解した。

 だけど、なんで彼が俺を攻撃するんだ?

  

(もしかして……なにかやっちまったのか)


 原作のストーリーを変えようとすれば、当然何かしらの弊害は生まれるだろう。

 何となく覚悟はしていたが、まさか弟に嫌われるなんて……。

 原作だと、ナジィカが信じられる二人の内のひとりが友人の赤鷹あかたかで、もうひとりがロイだった。


 ナジィカは幽閉され、ロイは白い髪と人よりも成長の早かった肉体を持つことで迫害された。

 別々に育ったけれど、同じような痛みと孤独を抱いて生きてきた双子。

 ナジィカがロイを大切にしたように、ロイもナジィカを大切に思っていた。

 彼らの兄弟愛を本を読んで知っているだけに、ロイに嫌われるのは少し……いやかなり、精神的に来るものかあるんだが。


「兄たちに、唆されでもしたか」


「……っ!」


 ぽそりと呟いた独り言が聞こえたらしく、ロイは肩をびくつかせて、顔を真っ赤に染めた。

 もしや、図星だったのか。

 どの兄に何を言われたのかは知らないが……ナジィカの言葉を借りると『兄弟姉妹きょうだいたちは揃いも揃ってヘドが出そうなクソどもばかり』らしい。

 ナジィカのこの台詞を聞いたロイはナジィカの友人の赤鷹に『誰が兄上にヘドだのクソだのなんて、下品な言葉を教えたんだろうね』と凍りつきそうな笑顔で詰め寄っていたな。

 他人事なら微笑ましいエピソードで済むけれど、自分の兄弟姉妹きょうだいがヘドクソなら最悪としか言いようがねぇな。


「バカ兄たちに良いように利用されて……お前の精霊はこんなことをする為に加護を与えた訳じゃないだろう。愚かしい真似はやめてさっさとそこから降りろ」


 坂谷くん的には『ロイ君。そんな背の高い木に登るのは見た目10歳の君でも危ないよ……。落ちたら怪我するから早く降りて。時の精霊さんも心配してるよ。それから何を言われたか知らないけど、人に向かって石を投げちゃ駄目だぜ?坂谷くんがビックリして泣いちゃうよ?』くらいの気持ちだったんですが……ナジィカ王子を意識して喋ると何故だか高圧的な感じになってしまう。

 コミュ症ですがなにか?


「う、うるさい!うるさいうるさい!!」


 あ。癇癪かんしゃくおこした。

 

 ロイ選手。振りかぶって投げました。

 守護者炎王。視認不可の防壁展開。

 時の精霊。ロイを止めようとするが間に合わず。

 ロイくん、第二球は低めのナックルボールです。

 守護精霊の無敵の防御魔法は如何なる変化球にも対応しますが……仏よりは気が短い炎王様がブチキレた。


『時の精霊ごときに護られる下等種が!精霊王の主に手出しして無事で済むと思うな!』


 いや。時の精霊って結構上位なんじゃね?ごときとか言ってやんなよ!

 あとさ炎王さんよ、貴方が下等種呼ばわりしたの俺の弟なんだけど、双子の。

 当然、俺の心の中の突っ込みなんて、聞こえるはずもなく、プッツンしちゃった炎の精霊王は、窓の外に向けて火炎放射。

 一通りの流れが数十秒の間に起こり、俺の脳みそが付いていけません。

 取り敢えずですね……。


「守護精霊ぃぃぃ!!それ俺の弟ぉぉぉ!!」


 炎を放射する腕にぶら下がって、俺は力一杯叫びました。


 


 

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