第38話 我、主、肉


 ツン、ツン、ツン


「ぅ、ぅぅ……」


(おい、ぬしいきてるか?)


 ツン、ツン、ツン


「ぐぅ…ぅ……」


(ぐう? さては寝てるか? 確かヒトは目を瞑って眠る。ならば……)


 ツン――


 グサッ


「ぐぁああああ!?」


(うぁぁあ!?)


 眼球に走った鋭い痛みが俺の意識を覚醒させた。


「い、痛え!? 誰だ人の目に何か刺しやがったのは!」


(ビックリ。ヒト起床する際に叫ぶ。知らなかった)


 じんじんと痛む右目を押さえて、俺は上半身を起こす。


「あ、何者だお前?」


(我、エンシェントドラゴン)


「いや、どうみても違うよな」


 枕を抱きかかえた寝間着姿の少女。というか五、六歳にしか見えないから幼女だな。 


(この眩いタテガミ! 主、見えないか! 片目だからか?)


「確かに銀白だけど。ポニーテールじゃねーか。片目なのはお前が何か刺したからだ!」


(ぬぬぬぬ、我、怒り最高潮)


 ゴールドとブルーのオッドアイをウルウルさせて俺を睨みつける。なにこれ。まるで俺が幼女を虐待しているみたいじゃないか。あ、止めて。高校時代のトラウマが蘇る。


「なんでこんなところにいるんだ? あれ? 俺そういえば塔から落ちたんじゃなかったっけか」


(主、寝てる我の上から落ちてきた。我、力抜けて飛行維持できなくなった)


「墜落したってことか」


(気づいたら、我、小さき姿なってた)


「幼女の自覚あんじゃねーかよ」


(主、我に力返せ)


「は? 意味がわからん」


(主、寝ている間。我の力を吸い続けた)


「うん、まったく事態が飲み込めない」


(主、大怪我負っていた。我の力吸い取って怪我回復した)


「そうなのか? お、ほんとだ……」


 背中を触ると黒いマントに大きな穴が開いていた。皮の鎧もボロボロになり肌が見えている。にもかかわらず、肌には傷一つ付いていない。よくわからないが、こいつの言うことは嘘じゃないのかもしれない。


「で? どうやって返すんだ?」


(我の手、握り、力こめる。ただそれだけ)


「こうか?」


(あう!? や、止めろ! 激しすぎ!)


 幼女の全身が朱色に染め、身悶える。


「あ――」


(ぬっ?)


 俺は目眩を覚え、膝をつく。


「駄目だ。力がこれ以上入らん」


(主、まさか我の力使い切ったのか)


「知らんが猛烈に眠い。やばい、気を失う前に宿に戻らないと」


 俺はフラフラとした足取りで宿を目指す。


(主、どこいく。待て)


 そこからあとはあとはほとんど記憶がない――。




 次に目を覚ましたときはベッドの上だった。帰巣本能なのか、なんとか宿へは帰り着いたようだ。


「ぅぅ……。力を使い切ったせいか。これまでになく体が鉛のように重い」


 外の明るさからするとまだ日が昇って間もないようだ。今日はもう少しだけ寝ようかな。なんかぬくぬくするし。布団の肌ざわりが最高だ。


 ぐきゅるるるる


 大きな腹の虫が鳴った。どうやら体は睡眠よりもカロリーを欲しているらしい。


 仕方ないな。


 重い体を引きずってでも下の食堂に降りるか。食べたら元気になるかもしれないしな。


 俺は布団をめくって体をおこす。


(ぬ? なんだ朝か?)


 そこには俺の胸に張りつく何かがいた。


「ぎゃぁぁああ!?」


(煩い!)


「な、な、な、お前は誰だ! 俺に何をした!」


(ぬ、確かに、名乗ってなかった)


「お、お前なんて俺は知らんぞ!」


(というか、我に名はない)


「その喋り方……。お前、もしかしてあの時のエンシェントドラゴンか!?」


(そうだが? 我が名。知りたかった? 違う?)


「名前なんてどうでもいい! それよりも何故そんな姿に変わっているんだよ!」


(ぬ? 大して変わっていないはず)


「いやいやいや! どうみても成長してるだろ」


 見た目が十四、五歳になっていた。どこかの国のアイドルかと見紛うほどの美少女だ。


(我、少しだけ力、取り戻した)


「そ、そ、それよりもだ! なんでお前は裸なんだよ!?」


(はて? 主もそうだが?)


「きゃぁぁあああ!?」


(煩い!)


「なんで裸なんだよ!」


 俺は布団で体を覆い隠す。だってパンツすら履いてなかったんだ。


(力の吸収高める。肌と肌合わせるの、効率いい)


「い、いいから! お前も早く服を着ろ!」


 控えめながらも女性らしい膨らみ湛えるシルエット。陶磁器のような艶やかな肌に目が眩む。糞、ドキドキが止まらない。駄目だ。DTには刺激が強すぎる。


(ぬぬぬ、小さすぎて入らぬ)


 幼児用の寝間着を無理に着ようともがく、裸体の美少女。


「ちょ! なんて格好してるんだよ! ああもう! いいからこれを着ろ! サイズは勝手に調整されるから」


 俺はアイテムボックスから女性物の下着と上着をとりだし投げ渡す。良かった。服屋でいらないものまで渡されていて。


(これでいいか?)

 

 俺の前でくるくると回転する少女。


「あ、ああ……」


 水夫の格好……。いや、これどうみてもセーラー服だよな。なんでこんなものがこの世界にあるんだ。しかも超絶似合ってる。マジ可愛い。純粋な意味でだぞ。


 ぐきゅるるるるる


(我、腹減った。さっきから腹の音、鳴りやまない)


「お前だったのかよ!?」


 どうやら、体が重かったのも、腹が減ったと思ったのも、こいつの所為だったようだ。


(何か食わせろ)


「お前、人間の食べ物なんて食えるのか」


(食えばわかる)


「なんてアバウトな……。仕方ないな。一階の食堂にいけば朝飯があるだろ」


 食堂に降りると、すでに多くのテーブルが客で賑わっていた。この世界の住人は朝も夜も早いのだ。基本的に日中しか働かないからだろう。


「あ、ルイスさん。おはようございますー」


「ああ、おはよう。ラピス」


 ウサ耳のウエイトレスが水と一緒にメニューを持って来た。この宿の看板娘だ。俺のお気に入りでもある。ああ、あの耳をモフモフしたい。


「だからその手の動きは止めてください! 気持ち悪いですよ。あれ? その可愛い娘はまさか妹さんですか?」


「ああ、まあな」


「美男美女の兄妹ですねー」


 美少女なのは認めるが。美男の方はいつものお世辞だろう。客商売がうまいもんだ。


「それで? 朝食は何にします?」


(我、肉食いたい)


「朝からステーキかよ……」


「え? いえ、何でもありますよ。むしろモーニングはステーキじゃありません」


「ん? あ、ああ。ステーキって出せるのか?」


「勿論出せますけど、別料金になりますよ」


「構わない。俺は普通にモーニングで」


(我、最低でも十キロ食う)


「食いすぎだろ!」


「ル、ルイスさん、どうされたんですか?」


「んん? あ、いやステーキ十キロで頼む」


「ええ!? さすがに食べ過ぎじゃないですか!?」


 いやだからそう言ったじゃん。


「いいから頼む。余ってもアイテムボックスがあるから大丈夫だ」


「わ、わかりました! 何度かに分けてもいいですか? 一度にそんなに焼けないので」


「ああ、そりゃそうだよな。それで構わない。面倒かけるな」


「いえいえ。それでは少々お待ちください」


   ****


(ぬぬぬぬ!?)


「どうした? やっぱり人間の味付けだと駄目か?」


 食うとしたら生肉だろうしな。


(ヒト、いつもこんなの食ってるか?)


「ああ、そんな量は食わんけどな」


(ズルい。こんなに旨いもの毎日食べる)


「なあ、ナイフとフォークとか……。まあ、使えないよな」


 次々と手掴みで肉を頬張っていく。ああ、白いセーラー服にステーキの汁が飛んで……。


(ぬぬぬぬ、これあと百キロ食える)


「頼むから、今日は十キロで我慢してくれ」


 ウエイトレスのラピスが可哀想だから。さっきからずっとテーブルと厨房の間を忙しそうに駆けずり回っている。


(そういえば、疑問ある)


「ん? 食器の使い方か?」


(お前の生殖器。カラダのサイズの割にデカかった。ヒトあれが普通か?)


「ぶほっ!? ゲホゲホゲホ!」


 やべ、鼻と気管に飲み物が入った。うぐ、苦しい……。


(なんだ? お前病気か?)


「お前、公衆の面前でなんてこと言うんだ!」


 俺は左右のテーブルの客を見回す。あ、やべ視線を感じる。違う、違うよ。少女を襲ったりなんかしてないよ。あれは寝起きだったからだ!


(なにとは? デカいナニのことか?)


「てめーは黙りやがれ!」


 周りのテーブルの人たちが可哀想な視線を浴びせる。なんで俺の方を向く……。


「ねえ、あの子。一人で叫んでるけど大丈夫かしら」


「ほっとけ、春になるとあーいうわけのわからん奴が増えるんだ」


「あなた。でもいまは冬よ」


「あんな可愛い娘に向かってよく暴言吐けるよな」


「可哀想にさっきからずっと黙っているぞ」


「でも、手掴みで肉を頬張っているわよ」


「精神的な恐怖からだろ。ああ、可哀想に……」



「おい、どういうことだ……。なんで俺が変人扱いに」


(主、一人で声あげている)


「いやいやいや、お前だってしゃべってるじゃないか」


(我、主の頭に直接話しかけてる)


「え?」


(我、口開いているか?)


「開いてはいるけど……。確かに肉に齧りついているだけだな」


 なんてこった! まさかのテレパシーかよ。


「ねえ、あの子、やっぱり治療院に連れて行ってあげたほうがいいんじゃ?」


「やめとけ。気が触れた奴に関わると碌なことが起きないぞ」


「でもあの娘かわいそう……。きっと無理やり食べさせられているんだわ」



「よし! とにかくここを一旦でようか!」


(待つ! あとニ十キロ!)


「いいから行くぞ!」


(に、肉ぅうう!)


「止めねえか! その娘が嫌がっているだろうが!」


「そうだ! こっちに手を伸ばして涙を流す娘を放ってはおけない!」


「美少女の涙は俺の物だ!」


 いつのまにか俺は囲まれていた。正義感溢れる冒険者たちに……。一部変態あり。


 なにこれ超絶面倒くせえ!

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