第32話 魔族


 目を覚ますと白い空間だった。


「ここは? ああそうか。そういえば昨日はテントで寝たんだったな」


 外に出ると太陽が低い位置にあった。


 といってもこれから沈むのではなく昇ったばかりだ。この階層での一日が外の世界とどの程度ずれているかはわからない。それでも相当寝たことだけは確かだ。

 

 繰り返されるさざ波の音と吹き寄せる潮の香りに、暫し身を任せる。


「はー、朝の海ってなんか気持ちいいよな」


 あと睡眠って凄い。肉体だけじゃなく精神的にも回復するのだから。


「あ、兄貴!」


 両手を頭上にあげて体を伸ばしていたらレッドとアクアが駆け寄ってきた。モフモフの尻尾を振る姿はどうみても犬だな。


「おはようさん。なんだお前ら、随分と早起きだな」


「いや、昨日は兄貴の具合が悪そうだったし、姉御もあの後倒れちゃったからさ。心配であまり眠れなかったんだよ」


「ルイスさん大丈夫ですか? やはり昨日の魔族に食らった一撃が……」


「いや……。もう大丈夫だ。たくさん寝たから回復したぞ」


 出番を取られてふて寝したなんて言えません。


「はよー!」


「おはようございます」


 ちょうどアンヘレスとレオーラもテントから出てきた。アンヘレスはいつも通り元気百パーセント。レオーラはちょっと疲れ気味か?


「レオーラさん。大丈夫ですか」


「ええ、昨日は魔力切れで、お見苦しいところをお見せましたわ」


「何言ってるんだ! 俺は姉御のお陰で助かったんだ。すげー感謝してるんだからな!」


 回復魔法はやはり凄い。レッドの腕は元通りで傷跡すら残っていないようだ。


「でしたらレッドさん。一つお願いがありますの」


「なんでも言ってくれ! 恩人の姉御のためなら何だってするぜ!」


「その姉御という呼び方を止めて欲しいのですわ」


「ええっ!? 何でだよ!」


「そうよ、お兄ちゃん。レディに対してそれは失礼よ」


「う、うう……。わかったよ。でも何と呼んだらいいんだ」


「これまで通りレオーラでいいですわ」


「わ、わかったよ。レオーラ、これでいいんだな」


「ええ、それで宜しいですわ」


 満足そうに頷くレオーラ。


「俺も兄貴じゃなくてルイスでいいぞ」


「兄貴は兄貴だ! 恐ろしくて呼び捨てになんてできるか!」


 なら、さんを付ければいいだろうが。


「ルイスさんが兄貴と呼ばれるのは、もう慣れてしまいました。だから許してあげてください」


「そうよ! 男なのに細かいこと気にしない!」


「慕われている感じがしていいですわよ」


 これだ。これこそが既成事実というものなのだろう。


「もういい! さっさと下の階を目指すぞ!」


「あ、待ってください! まず先にすべきことがあるんじゃないでしょうか?」


「そうだよ! まだ朝飯食べてねーじゃねーか!」


「お兄ちゃんは黙ってて!」


「お、おう……」


 なんかレッドって妹に叱られてばかりだな。


「で、アクア。どうしたんだ?」


「例の魔族の件です。私はお伽話程度にしかその存在を聞いたことがなかったんです。なのに昨日……。ルイスさんは気にならないんですか!」


「ああ、気にならない」


「「「「えっ!?」」」」


「というか、気にしたくない? こういうのって知れば知るほど巻き込まれるからな。なら気にせずに我が道を行きたい」


「いいなー。私もそうなりたい」


「「「「……」」」」


 お前が一番自由だろ!と皆が思った事だろう。


「ま、まあ、ルイスさんらしいですわね。でも、今回は諦めた方がいいですわよ」


「なぜだ」


「奴を仕留めたならまだしも、逃したうえに、復讐すると言ってましたから」


「メンドクサイ野郎だな」


「では、朝ご飯を食べながらでいかがでしょうか? 少し長くなると思いますわ」


「そうか。じゃあとりあえず俺は飯を準備してくるわ」


「兄貴、俺も手伝うぞ」


 アイテムボックスから昨日の余った鮪を取り出す。うん、変わらず新鮮だ。時間が進まないってほんと便利だよな。


 アラをしっかり下処理し、余った身とかぶと、野菜を鍋にどかっと入れて煮込む。それに別の鍋で茹でたうどんを入れる。


「うん、出汁もしっかり取れたな。さて、仕上げはこれだ」


「兄貴! そんなグロイものを入れるのかよ! 折角の鍋が台無しになるだろ!」


「文句をいうのは食ってからにしろ」


 ビバティースが市場で見つけてきた調味料。そのなかに待望のものがあったのだ。


「よし、出来たぞ」


 テントをタープにして皆で朝食をとる。


 青い海を眺めながら、浜辺での朝食。優雅だねー。


「旨い! 兄貴これ以外にいける!」


「香りと風味がとても豊かですわ。王宮で出しても受けること間違いありませんわ」


 絶対ださないけどな。


「暖ったまりますね」


 熱帯のようかダンジョンであるが、朝は少しだけ肌寒い。やはり味噌は温まるなー。なんかちょっと懐かしい味に涙が出そうになったよ。


「うどんもつるつるで美味しいよ!」


 コシが強くて喉越しの良いのを探したのだ。気に入ってもらえて何よりだ。


「それで、魔族っていうのなどういう連中なんだ?」


「オセオス大陸とは別の大陸をご存知でしょうか?」


「「「は?」」」


「そうですよね。他に大陸があると聞いてもピンときませんわよね」


「すみません。もしかして私たちが今いるここがオセオスという大陸なのですか?」


「あら、そうですわよ。知りませんでしたの?」


「ええ、初めて聞きました」


 だよな。俺も初めて知ったよ。


「私も最近やっと覚えたの! だから大丈夫だよ」


「アンヘレスは小さい頃から何度も聞かされているはずですわ」


「もう! 細かいことはいいの!」


「それで?」


「ええ、ゼオスはオセオス大陸のほぼ西端に位置しますの」


「ゼオスってなんだ?」


「「「「は?」」」」


 今度は俺以外がハモった。


「え? みんな知ってるのか?」


「兄貴なにいってるんだよ! この国の名前じゃないか!」


「あ、そうなの」


「そうなのじゃないわよ! ルイスって本当にこの国の国民なの!」


 アンヘレスが少しご立腹だ。はてなぜだろう。


「いやー、細かいこと気にしない性質だからさ」


「さすがにそういう問題じゃないかと思いますわ」


「ま、まあいいじゃないか。それで?」


「ゼオスより遥か先のオセオス大陸の東の果て。そこから先には大海が広がっていますの。まあ、東西南北どちらにいっても果ては同じようなものですが」


「もしかしてこの大陸には魔族がいないのか?」


「そうですの。オセオス大陸は基本的に人族と獣人族が中心ですわね」


「基本的にというと、他にも?」


「ええ、エルフ族とドワーフ族もおりますが、彼らはある特定の場所に篭って出て来ませんので。稀に他の国に出てくる代わり者もいるようですわ」


 おお、エルフにドワーフ。夢が広がるじゃないか。


「オセオス大陸の東、海を隔てた遥か先に魔族の大陸があると言われていますの。アズールと名付けられていますわ」


「レオーラさん、もしかしてあの伝奇って本当の話なのですか?」


「勿論ですわ。一千年ほど前の世界、そこは今よりも高度に文明が発展していたそうです。それこそスタンピードなんてものともしないほどに。そんな繁栄した世界に突如、アズール大陸から紫目の悪魔たちが侵攻してきてのですわ。瞬く間に多くの都市や国が滅ぼされてしまったのです」


「それが魔族か。そいつらは何の目的で?」


「よくわかっていませんわ。ただ、人の魔力を食らうとの言い伝えが残っています」


「そういえば、あいつも魔珠が何たらとか言ってたな」


「その魔族を打ち倒したのが伝奇の通り?」


「ええ、連合騎士隊カラードと異能獣人隊、そして高位神官戦士隊ですわ。彼らの活躍により魔族をアズール大陸へと押し返しましたの」


 カラードってあのカラードか? いや千年も前だからまったく違う組織なのか。あ、でも昨日の魔族もカラードって言ってたな。それと、異能の獣人か。気になるな。もしかしてインフィニティのことを指しているのかもしれない。


「いずれにしても、その後は魔族は襲って来ていないんだな」


「ええ、ただ数年に一度ですが、大陸の国のどこかで魔族の目撃情報などが報告されていますの。なので魔族がいつまた襲ってくるかはわかりませんわ」


「たしかに奴らは厄介そうだな。相当な強さだったし」


「おそらくあれはC級魔族ですわ」


「ん? クラスが何個もあるのか」


「見た目で区分していますの。魔族の特徴の紫の目は共通ですが、B級になると頭に角が一本、A級は二本生えているとされていますわ」


「C級よりも強いと」


「ええ、クラスが上がると桁違いになるとされていますわ」


「まじかよ。どんだけだよ」


「国や都市を滅ぼすほどの集団ですから」


「遭遇したのがC級で良かったー!」


 そんな魔族を追い返したレオーラの魔法。うん、ここは触れない方がいいな。 


「まあ、とにかく魔族は去った。おそらく暫くは遭遇しないだろう。だから、俺らはダンジョンの攻略を確実に進めよう。先の脅威よりも自らの目標を達成するのが先決だろ?」


「そうだね!」


 アンヘレスには明確な目標なんかあったっけ?


「よっしゃ! いこうぜ兄貴! 早い所ランクを上げないとな!」


 しかし、あの魔族は何の目的だったのだろうか。身を偽ってまで海賊に紛れ込んでいたし。ああ、とっても嫌な感じがするな。


 とにかく早くこの国から出よう。無人島に住めば関係のない話だ。

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