第23話 異変
薄暗がりのなか朧気に白く輝く床。足を踏み出す度にグシャグシャと何かが潰れる嫌な感触に襲われる。
辺り一面に散らばるのは人骨だ。よく見ると同じ部位にもかかわらず骨の太さや長さがそれぞれ違った。罅が入っているものや、歪に太くなっているのもあった。
「アンテッドは冒険者の成れの果てか。あながち嘘じゃないかもしれないな」
「うおお! 体が軽いぜ!」
疾風のように駆けまわるレッド。スケルトンナイトとすれ違うたびに新たな骨の山が築かれていく。
「しかしまあ、次から次と湧いてくるな」
「九階はアンテッドの巣窟と言われていますから」
この階を踏破すれば、その下はパーティでDランク、ソロでCランク以上の階層が待ち受ける。みんなのギルドランクがDに上がらないとこれ以上は下には行けないけどね。どうだろう、だいぶ貯まったからそろそろランクあがるかな。
「鬱陶しいですわ。さっさと逝ってしまいなさい。『ホーリーバニッシュ!』」
「うおっ!?」
レオーラが掲げた杖の先端が白く眩い光を放つ。とてもじゃないが直視できない。暗がりだった洞窟が一瞬で明るくなった。
視界内のスケルトンが一瞬で崩れ落ちた。
「わあ! レオーラすごい!」
「ふふふ、さあ、仕上げですわよ」
杖を前に傾けると、聖なる光球がダンジョンの奥へと消えていった。
「これでこの階層のアンデッドは全て昇天いたしましたわ」
「その杖って、魔法のためだったんだな」
「当たり前ですわ。他になにがありまして?」
だって、ここまでずっとシンドイ、シンドイって歩行補助に使ってたじゃん。
しかし、なんだよいまの魔法。やっぱりただの巨乳ねーちゃんじゃなかったんだな。てっきり痛めた体と荒んだ心を癒すポジションかと思ってたわ。
「おー! 一気に力が漲ったぞ!」
「ほんとね!」
「わたくしは全然感じませんわ」
しかし、不思議だよな。パーティを組んでいると魔物を倒した時の魔力が共有されるのだ。さすがに倒した人が一番多く手に入るようだけどな。これってパワーレベリングができるってことだよな。
だが、この世界はステータスもレベルもない。というか確認のしようがない。なので定量的な評価ができない。ダンジョンに潜った当初よりも、かなり強くなったとの自覚はある。しかしそれがどの程度なのかよくわからないのだ。
ただ、あれだけ倒したレオーラが全然感じないとは。これは相当レベルが高いか、超不感症かのどちらかだな。
「ん? どうした?」
レオーラがジト目でこっちを見ていた。
「いえ、なぜかやましいオーラを感じましたの」
「そうか。もしかしたら逃げのびたアンデッドがいたのかもしれんな」
「まさか、そんなはずは……」
辺りに散らばった魔結晶を回収してダンジョンを進む。確かにアンテッドは一匹も出てこなかった。ふう、どうやら今日は半日程度で外に出れそうだ。ああ、一人でなにしようかな。
グォォォオオオオオオ!
「なんだいまの声は……」
ルンルン気分を邪魔しやがって。
「ボス部屋の方からのようです」
「九階のボスって何だっけ」
「大蜥蜴のゾンビですわ。わたくしの聖魔法で一発ですの」
「あ!? ルイスさん! 部屋の前で誰か倒れてます!」
「レオーラ!」
「わかってますわ!」
血だまりの上に横たわるのは全身プレートメイルの男だった。レオーラが走り寄り、ヒールをかける。
「ぐっ…ぁ…」
「だめですの! 傷は塞がりますが、すでに出血量が多すぎて……」
「あ、この人! ギルド関係者のようです」
傷だらけになった鎧の中央に鷹のマークが彫られていた。ギルドのシンボルマークだ。
「この鎧をつけることができる人ってBランク以上ですよ……。そんな人がなぜこんな階で」
「おい! 何があった!」
「ぅぅ……。回収…た…魔結晶……奪わ…た……」
「どういうことだ?」
俺は皆を見回すが、みな首を横に振るばかり。
「に……げ……ぁ……」
男はそれ以上口を開くことはなかった。
俺は亡骸となった仏の隣にしゃがみ込み手を合わせる。アンテッドになることなく成仏しろよ。
「酷い! 一体なにが!」
「ぁぁ……」
「アクアどうした」
「駄目です……。に、逃げないと……」
急にぶるぶると震え出すアクア。その瞳は一点を凝視していた。ボス部屋の扉だ。
「逃げるって、五階まで戻るってことか?」
「大丈夫ですわ! わたくしの聖魔法なら例えドラゴンゾンビであったとしても一撃ですわよ」
それってソロで倒せたらAランクだぞ。お前は何者だ。
「よっしゃ! レオーラがいるなら無敵だぜ」
「あ、おい!」
止める間もなくレッドが扉を蹴破る。お前は普通に開けれないのかよ。
部屋の中に入った俺は後悔した。やはりアクアの言う通り戻るべきだったのだ。
「これはどういうことだ……」
「「「ぁ…ぁ……」」」
「あ、ありえないですわ……」
レオーラの額には珠のような汗がにじむ。辛うじて言葉を紡ぐがその声は完全に掠れていた。他の三人は声にもならない。それどころか腰を抜かして震えていた。
「レオーラ。ドラゴンであっても一発でいけるんだよな」
「アンデッドならですわ! あれは、どう見てもお角違いですわ……」
グゥォオオオオォオオオ!
目の前に立ちはだかるのは巨大な黒い塊り。全長二十メートルを超える漆黒の龍だった。恐る恐るギルドカードで鑑定してみた。
□エルダードラゴン(邪龍)
災厄級。チーム討伐B+ランク、ソロ討伐A+ランク以上。その雄叫びは威圧効果大。闇のブレスに触れるだけでレベルの低い者は即死を免れない。遭遇したら絶対に戦ってはならない。なんとしても戦闘を回避し、直ちにギルドへと報告しなければならない。
「相手が悪すぎだろ……」
ォォォォォォオオオオ!
「ひいっ!?」
ドラゴンの腹が膨れ上がる。やばいブレスを吐く気だ。レオーラは顔を青褪めて動けないでいる。
「ちっ! させるか――」
吐かせた時点でパーティが全滅しかねない。レオーラはわからないが他の三人は完全に即死だろう。
利き足に力を籠めて踏み込み、距離を一瞬で詰める。ドラゴンが大きく口が開く。口腔内まで漆黒に染まっていた。くっ、やばい! 地面を強く蹴りあげドラゴンの頭に向かって跳躍する。
「うぉぉりゃぁああ!」
下顎を思いっきり蹴りあげた。ブーツが壊れなきゃいいが……。
ドラゴンの口から漆黒のブレスが噴き出し、天井へと当たった。とりあえず回避には成功した。
「おいおい、まじかよ……」
ブレスが天井を溶かし突き抜けていった。上の階が丸見えだ。なんでこんな所にこんな奴がいるんだ。三十階層を超えるとドラゴンが出る事があるとは聞いていたが、ここはまだ九階だぞ。
「ああ、主よ。我が御霊を天国へ思し召しください」
レオーラは完全に戦意を喪失したようだ。涙を流し、膝をついて神に祈りを捧げていた。他の三人は身じろぎ一つしない。もしかしたら失神しているのかもしれない。
ここまでくると仕方ないな。
「いいだろう。爬虫類野郎め、全力で相手してやろうじゃないか」
俺はアイテムボックスから漆黒の剣を取り出す。さあ、《インフィニティ》の完全解放だ。
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