第15話 パーティ

 俺は銀色の剣を勢いよく振り抜いた。両手に確かな感触――。


「ギィッ!?」


 大蝙蝠の魔物が勢いよく地面へと叩きつけられた。一撃で即死したようだ。が、しかし両手が痺れる。


「斬れねえ……」


 この程度なら鉄製の剣であれば真っ二つなのに。なんだよこのなまくらは……。


「ルイス来るわよ!」


 いまの戦闘でこちらの存在がバレたようだ。黒い塊がわさわさと集まってくる。同様の蝙蝠が五十体はいそうだな。


「闇を貫け『シャイニングアロー!』」


 無数の光の矢が一斉に放たれる。その一本一本が逸れることなく蝙蝠を的確に射止めていく。敵が多いと魔法ってほんと便利だよな。


「見事だなアンヘレス」


「えへへ、私の手にかかればこんなの余裕ね」


 白装束の少女が胸を張る。

 

「おい、油断するな。まだ終わってないぞ!」


「えっ? きゃぁ!」


 撃ち漏らした蝙蝠が少女に襲いかかる。ここから走っても間に合わない。


「うりゃあ!」


「ギィッ!?」


 投げつけた剣が蝙蝠に直撃し、壁に縫い付けた。


「あ、ありがとう」


「アンヘレスが強いのはわかっているが、油断大敵だぞ」


「う、うん……」


 肩にかからない程度のショート。ふわふわゴールドな髪が揺れる。身長は俺よりも低い。百六十センチ程度だ。歳は十四、五といったところだ。秋葉辺りで踊ってそうな美少女だ。


「ごほん!」


 わざとらしい咳が聞こえた。アンヘレスの背後の闇に眼を凝らすとそいつが佇んでいるのがわかる。まさに闇に溶け込むような存在。全身黒装束の男だ。俺と格好が被るから止めて欲しい。


「あまり悠長に話をしているとタイムオーバーになりますよ」


「あ、そうだった」


「行くぞアンヘレス!」


「うん!」


 地下二階の最奥部は少し広い空間になっていた。その中央で、もぞもぞと何かが蠢く。体長は二メートルほどだが、その形は常に定まることがない。


「うわっ、気持ち悪いね」


「想像していたよりもデカいな」


 ギルドカードの鑑定結果はシルバースライム。討伐推奨ランクはチームでEランク以上。その名の通り銀色のドロドロ液だ。うーん、俺から言わせるとこれは水銀スライムだな。体に悪そう。


「食らえ『シャイニングアロー!』」


「おい――」


 数本の光の矢がスライムに襲いかかる。銀色の飛沫があがり、そのまま体を貫通していった。不味い! 俺は剣を投げ捨て――。


「きゃあ!?」


 アンヘレスを抱きかかえて後ろに飛びずさる。元いた場所にスライムの銀色の残渣が飛び散った。


「ちょ、急に何するのよ!」


「闇雲に攻撃するな。あれを見ろ」


「あっ……」


 床に投げ捨ててきた俺の剣に銀色の飛沫がかかった。ジュッと音をたててその部分が溶けていく。


「あいつの体液は強力な腐蝕性があるんだ」


「ご、ごめんなさい……。でも早く下ろして欲しいかな」


「あ、わりぃ」


 アンヘレスの顔が真っ赤に染まっていた。俺なんかが勝手に体に触れたので怒っているのだろう。


「ごほん! ですからじゃれ合っている時間はないですよ」


「じゃれてなんかいないわよ!」


「おい、余所見すんな! 戦闘中だぞ」


「だってあいつが変な事を言うから……。でもどうしたらいいの?」


「奴の体液と内部の魔結晶とを分離するんだ。そうすれば自然に消滅するさ」


「わかったわ。内部から爆発させればいいのね。《シャイニングバー―」


「わー! 待て待て待て!」


「なんで止めるの?」


「確かに倒せるかもしれんが、同時に腐蝕性の雨に打たれるぞ」


「むー、それは勘弁。でもどうやって分離するの?」


「凍らせればいいんだよ」


「え? でもわたし氷属性は使えないわ。ルイスは魔法自体が使えないんでしょ」


「これを使う」


 ポーチに手を突っ込み、小さな白いカプセルを取り出す。


「マジックカプセル?」


「ああ、《フリーズ》がインストールされている」


「随分と準備がいいのね」


「情報は最大の武器だからな」


 見た目はまさに風邪薬のカプセル錠剤。なかに魔法が籠められているのだ。カプセルの色は属性に応じた色合いだ。わかりやすいよな。


 中級魔法までなら籠められるらしい。それ以上だと容器が耐えられないとか。ビバティースから仕入れたのだ。下級魔法の癖に一万ギルもしたんだぞ。


 この表面の突起を押してから――。


「おらっ!」


 スライム目掛けて投げつけた。


「ピギッ!?」


「わっ、凄い。一瞬で凍ったね!」


「食らえっ!」

 

 剣を失った俺の攻撃手段は限られる。大きく跳躍するとスライムに踵蹴りを決める。なるべく力を籠めないよう細心の注意を払った。見られたくない奴がいるからな。


 ガラスの砕け散るような音が響き、スライムは粉々に砕け散った。銀色の破片が自然に消滅していく。その場に残されたのは黒い魔結晶だけだ。


「やったねルイス!」


「ああ、そうだな」


 魔結晶を拾い上げて、誰も居ない壁に語りかける。


「これでいいか?」


 闇の中からパチパチパチと拍手しながら出て来る男。その顔は微妙に歪んでいた。


「お見事です。正式にはギルドに戻ってからですがEランク昇格で問題ありませんね」


「ふぅ……」


「ところでルイスさん。なぜ私の居る場所が?」


「ん? いや俺って目がいいのだけが取り柄なんだよ」


「そうですか……。いやでも……」


 なにやらブツブツと呟いていた。俺は嘘をついていない。毎日ムーングラスをかけて寝ているからな。


「じゃあギルドに戻ろうぜ」


「うん!」


 俺とアンヘレスはいまパーティを組んでいる。人嫌いの俺がだ。なぜこのような羽目にあっているかというと、時を少し遡らなければならない。



   ****


 標高四千メートルに位置する王都ヘブンズ。商業区の中心は湖の畔だ。しかし、外周部の一角にも商店街区があった。陳列される品物は基本的にパチ物。しかしときたまこれはという希少なアイテムが見つかることがある。要はジャンク品の集まることで有名な地区だった。


 俺は、その中でも一際小さい店の中へと足を踏み入れる。外観とは違って店内は小綺麗だった。


「ビバティースはいるか?」


 戸惑いながらも奥に声をかける。


「誰すかこんな朝早く。ってルイスじゃないっすか」


「お前よくわかったな」


「やっぱり子供の格好に化けていたんすね」


「いや化けていたわけじゃないんだけどな」


 朝起きたら成長していた。前世と同じ位の年齢じゃないだろうか。顔のパーツはほぼ同じだが前世の自分とは明らかに違った。スリムなだけでここまで変わるとは。あれ、もしかしてデブじゃなかったら虐められなかった?


 なんで成長したかって? 知らんよそんなこと。俺が聞きたいわ。久々の一人部屋。そして太陽の香りのするふかふかの布団。そのせいもあってか爆睡した。よく考えると夜飯も食っていない。


 手足の関節に激しい痛みを感じて目が覚めた。起きて鏡を見た時、一瞬理解できなくて後ろを振り返ったくらいだ。


 うーん、やっぱ《インフィニティ》の副作用じゃないかな。


「それで今日はどうしたんすか? あ、もしかして買い物に来たっすか!」


「いや、そうじゃない。ちょっと聞きたいことがあってさ」


「なんすかもう……。期待したじゃないっすか」


「冒険者ギルドに新規登録したいんだけど。身元保証人になってくれないかと頼みに来たんだ。色々と怪しいと思うかも――」


「いいっすよ」


 即答だった。魔道列車に乗っていた時に見たはずだ。ギルドカードで魔物を鑑定していたからな。すでに加入しているのに新規登録と言ったのだ。すぐにわけありだと気づいたはずだ。


「そっか。いくらだ? 足りなかったら出世――」


「いらないっすよ」


「え?」


「友達じゃないっすか」


 いや、列車でたまたま席が隣だっただけだろ。別に命を賭けて一緒に戦った仲でもないし。


「怪しいな。逆に金をぼったくられた方が安心するわ」


「失礼っすね! 投資ですよ投資」


「は?」


「商人の勘というか、獣人の勘というか」


「なにが?」


「ルイスは何か大きな事をしでかしそうっす。それをビンビンと肌で感じるっす。だからおいらはその波に乗っかるっす」


「よくわからんが……。まあこっちとしては助かるけど」


「珍しいアイテムとかゲットしたらうちに売ってくれると助かるっす。もちろん適正な価格で買い取るっす」


「ああ、それはこっちとしても願ったり叶ったりだ。知らない店よりは知ってる奴が経営している店の方がいい」


「そいじゃあ、早速いくっす!」


 店を出ると入口の扉にクローズの札を掲げ、ビバティースは迷いなく歩き出す。


「あれ? 何やっているっすか? 置いてくっすよ」


「お、おい待てよ!」


 魔導列車であんなにビビっていた癖に。主導権をビバティースに握られている気がしてなんか悔しかった。

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